18 地下の安全退避区
二人は、宮殿を出ると、そこに来た際に登ってきた階段を、一気に駆け降りていく。すでに階段を取り巻く広大な空間には、細かな地響きとともに外の爆発音が反響する。その中を通り過ぎて、二人は第四の門からずいぶん下に降りていた。
「あれが第三の門だ。あそこを抜ければ____」
第三の門を出ると、門前に展開された城塞中の巨砲が大気圏外へ向けて次々に巨大な閃光を放つ。上空を見上げると、先行が放たれた先で次々と光点が煌めいていた。その光点の中では、おそらく魔族艦隊の支艦隊がまとめて吹き消されているに違いなかった。
「今はまだ、ここは耐えられるだろう。上空の艦隊は、そのうちこの城塞を目指して攻撃を集中させるに違いない。今のうちに、この城塞を早く立ち去ろう」
「でも、この領域を出るには、私たちのこの腕に刻印された金属製のタグが問題じゃないかしら?」
「あの入出管理ゲートで付けられた刻印だろ? でも、魔族艦隊の攻撃によってその入出管理ゲートも破壊されるに違いないよ。そうすれば逃げられるさ」
「あの……、それに、私たちの防寒具はキャンパスにあるのよ」
「そ、そうか!」
アフマドもハディージャも、この人工的な空間から極寒の外へ出る準備が出来ていなかった。
「わかった、宿舎に戻ろう」
二人は、城塞を一気に飛び出した。二人の行く傍らの城塞では、人型兵器となったアンドロイドたちが轟音と共に次々に上空へ飛翔していく。周囲の市街地では、戦闘車両や兵士モードとなったアンドロイドたちが、それぞれの命令を果たすべく、唸りを激しく響かせながら動きまわる。
「誰も私たちに目もくれないわね」
「今はそうだろうね。ただし、皇帝陛下は僕たちの生存を重視しているから、その内に保護のための兵士たちが僕たちを追いかけて来るよ」
「それなら、逃げ続ける必要はないんじゃないの?」
「いや、今まで僕たちは魔族帝国軍の物量を見て来た。彼らの物量の前にしては、この星の防御態勢は貧弱だよ」
「それならどうすれば......」
「今はとにかくこの都市、この空間から逃げ出す必要があるんじゃないのかな」
二人は宿舎を飛び出し、かつてこの空間に入り込んだ際の入り口へ、駆けて行った。
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二人は、入出管理ゲートへと急ぐ。そこを出れば、この地下空間から外へ出られる___
「もうすぐね」
「ああ、ただし、外でも激しい爆撃音、爆発音が聞こえてくる」
「アフマド……私たち、逃げ切れるかしら」
「わからない......以前なら、ドラゴンが来てくれているはずなのに」
「そうね」
「もしかすると、まだ僕たちはここを脱出するべき時じゃないのかもしれない」
二人はそう言いながら、入出管理ゲートに到達する。だが、二人は入出管理ゲートで阻止されてしまった。
「やっぱり、この腕の刻印が原因ね」
「でも、これって、何か外す道具がないと外せないな」
入出管理ゲートはまだ攻撃対象になっておらず、戦闘の騒音と地響きも遠い。二人は焦ることはなかったが、腕に刻み込まれた金属製刻印タグは、彼らの手には負えなかった。
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「やはり、此処にまで来ていたのかね」
二人の背後から掛けられたその声は、皇帝アンスロピグモスのもの。ただし、それは、サキュバスアンドロイドのウェラステスが手に持った端末からの声だった。
「この地下空間からは出ない方がよい。我々は、全力であなた達の安全は確保するつもりだ。ここからあなた達をウェラステスによって、避難できる場所へ案内させよう」
アフマドとハディージャは逃げる隙が無いかを探ったが、既に周囲はウェラステスが指揮する多数の護衛たちに囲まれており、逃げる隙はなさそうだった。
彼らが連れて来られたのは、地下の秘密の空間だという。すでにそこには、指示を出し続けている皇帝の本体が運び込まれていた。
「ここは、大深度地下に設けられた司令部だ。此処からなら、上空や周囲での戦闘状況を把握できる。あなた達もここなら安全だ」
アフマドたちは、呆気に取られて声も出なかった。地下空間には、所狭しと各種スクリーンやスキャナなどの計測機器が並べられており、全てが皇帝の本体に直結しているようだった。
「あなた達も、スクリーンやスキャナなどを通じて、戦況を把握できるだろう。安心して戦況を眺めていてくれ」
「しかし、陛下。此処から遠隔制御している限りでは、制御用の伝達手段を乗っ取られてしまう恐れがあるのでは?」
「それは、当然の危惧ではあろうな。心配は不要だ。すべての戦闘員は、既に想定された様々な戦闘曲面を想定して、行動をあらかじめ指示してある。それも、焼き付けられて書き換え不能のメモリーと直結した駆動機構のセットとなっている。乗っ取られることはありえないだろう」
たしかに、スクリーンに映っている人型兵器や砲塔は、連動しているようには見えなかった。飛翔していくアンドロイド魔族たちは、同期しているというよりは、互いの動きを観察しつつ独立にかつ連携して動いている様子だった。城塞からの巨砲群は、連動しているわけではなく、それぞれの砲塔が独自に敵を捕らえては砲撃を加えているようだった。
上空では、支艦隊が巨砲の砲撃によって次々に蒸散していく。また、大気圏内に突入した艦船は、飛翔するアンドロイド魔族たちによって、次々に穿孔撃破されていく。
だが、アフマドは敵艦隊の勢いが少しずつ増しているように感じられた。たしかに支艦隊は次々に蒸散する。ところが、突破してくる艦船が少しずつ増えている。そして、いつしか飛翔するアンドロイド魔族が撃ち漏らした艦艇が、ついに地上へ到達し始めた。
「地上軍、十字砲火、集中」
最初は迎撃側の十字砲火が効率よく地上近くの敵艦を次々に撃墜していく。十字砲火は、地上に到達した艦船をも一瞬にして爆発させる。
だが、
「敵上陸部隊確認」
「散開して迎撃せよ」
部隊が目指したのは、やはりこの城塞だった。おそらくは対空砲火を放ち続ける要塞内の巨砲群に違いなかった。
既に、迎撃側の地上軍は主力が壊滅していた。それは敵上陸部隊がこの要塞めがけて戦力を集中させることを意味していた。
予想通り、要塞防衛のかなめ、幾重にも重ねて配置された防御陣地は、力責めによって次々に突破される。そして、あっという間に巨砲群は沈黙した。あとは、打撃艦の援護射撃を背景に、圧倒的な数の上陸用舟艇が大量の上陸部隊を降下させてくる。
アフマドの目の前では、皇帝の本体が冷却ファンを最大に蒸かしつつ、回路の明滅を激しくさせていた。
「皇帝陛下、どうやらこの城塞は終わりなのではないですか?」
「ここ以外にどこへ行くというのかね」
「外へ逃げればよいのでは? 少なくとも僕たちはここにとどまる必要はなかったのではないですか」
「すでに、地上の各所は、上陸部隊によって融解平坦化されたうえで占領されている」
皇帝が、ブーンという音とともに、遠距離観測装置によって、各地域の様子を映しだす。敵艦隊の打撃艦による艦砲射撃と爆弾攻撃によって、地上はすっかり赤く溶岩に覆われ、冷えたところは平坦なガラス面のような情景に変貌していた。
「こんなことが」
ハディージャが悲鳴のように声を上げた。アフマドは声を震わせた。
「すべての樹海が、動植物が皆殺しに……こんなことが許されるのか」
「この状況は予想されていた」
皇帝は淡々と解説する。まるで、生命や惑星生命環境など顧みる必要がないと言わんばかりだった。
「だから、あなた達はここで保護しておくことが正解だった」
「でも、ここで僕たちに何をしろと?」
「今は生き延びてくれればよい」
この皇帝の言葉は二人に心地よい響きだった。だが、その背後に隠れた意図を、アフマドは問わないわけにはいかなかった。
「生き延びたら、その後はどうするのですか」
「生き延びるということは、我々が勝利した場合のことをも意味する。そうなれば、私の保護下であなたたちは生きる」
ハディージャが警戒の色を帯びた。アフマドも、ハディージャの警戒を受け取って、言葉を継ぐ。
「生きる、とはどういう意味ですか」
「私の保護下で、新たな人類の歴史を始める。批判精神と自由意思とを以って民主的秩序社会のために___」
皇帝はそこで沈黙した。アフマドがスクリーンを見ると、皇帝が指揮をしている戦況が不利になりつつあった。
「敵打撃艦、艦砲射撃開始、この要塞への集中砲撃と確認」
「要塞防御陣地全崩壊」
「要塞の防御兵器、全て沈黙」
「敵軍、大挙して侵入」
「地下司令部への通路、爆砕により全遮断」
「敵軍、動きが止まりました」
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この通信を最後に、皇帝への上奏や報告が沈黙した。だが、皇帝は平然とした様子で戦況を説明する。
「敵は戦力から予測されたとおり、この要塞の地上部を占拠した。他方、彼らの技術レベルは、レーザーなどの波動光学すら失うほど退化している。現に、彼らの通信内容を分析すると、これ以上彼らにはここに到達する手段について、堂々巡りの議論を繰り返している」
「堂々巡り?」
「そうだ、様々な手段を提案しては試し、否定的な見解を得ているようだが、何度も同じ手段を提案し続けている。この観測結果から見ても、彼らにはやはり手段が欠如していると考えてよい……他方、この地下部分は古代の合金技術・焼結セラミック技術によって構成されている。したがって、彼らは突破することが出来ないと見込まれる……私たちの勝利だ」
皇帝の説明は、処理項目がすべてなくなったためか、いつにもまして早口となった。
「私たちの勝利?」
ハディージャが声を上げた。
「そうだ、敵はここには到達できないから、私たちの勝利だ」
「それが勝利なのですか」
アフマドも、ハディージャに同調しつつ疑問をぶつけた。だが、皇帝は平然と答え続ける。
「そうだ。彼らは、私を征服できなかった。私がこのようにして残存しているのだから、私たちの勝利だといえる」
「私が聞いているのは、なぜその勝利とやらが『私たちの』ものなのか、ということです」
ハディージャは、何か、不穏なことを感じ取っているのか、皇帝を問い詰め続ける。アフマドも、ハディージャの言葉の意味を考えながら、皇帝を見つめた。
「私が勝利すれば、私の保護下にあるあなたたちも生き残る。だから『私たちの』勝利といえる」
「僕たちをあなたの保護下で活かす状況を維持できているから、『私たちの』と言っているのですか?」
「そうだ」
アフマドは確信したように、次の質問をした。
「つまり、僕達が生き残って繁殖をさせる状況が整った、という意味ですね」
「そうだ、その通りだ。我々が得るべき結論は積極的に繁殖すること、つまり多数の子孫を得るということになる」
「積極的に? 多数?」
アフマドは戸惑った。他方、ハディージャは少しばかり肯定的なニュアンスを含んだ反応を示した。
「それって、どういう意味ですか?」
「もちろん、私のこの都市でかつての人類と同様の自由な民主社会を建設するため…に...だ」
「でも、僕達はそんなことのために生きているわけじゃあない」
アフマドが皇帝を睨んだ。しかし皇帝はさらに説明を加えた。
「ここは、地熱エネルギーによって維持されている。様々な生命維持設備、食糧生産設備、そして居住スペースだ」
「居住スペース?」
ハディージャが、反射的に明るい声を上げた。皇帝はその反応を喜ぶように、言葉を重ねた。
「そうだ、あなた方の言う言葉では.......いや、ハディージャの好む言葉で言えば『愛の巣』だ」
「愛の巣……」
ハディージャは一瞬うっとりとした表情を浮かべた。だがその後、はっとしたように皇帝に質問を加えた。
「私たちが子供を得て、次の世代に、遺伝子の多様性が失われてしまうのでは? つまり、近親相姦ばかりになってしまう恐れがあるということです」
「それは心配しなくてよい。だからこそ、ここに来てもらった。此処にはさまざまな人間の生殖細胞を保管してある。それをあなたに仕込めば……」
ハディージャは両手で体を隠すようなしぐさをしながら、強い警戒の色をにじませた。
「私の夫は、アフマドだけです!」
皇帝はハディージャの反発にしばらく凍り付いたように言葉を詰まらせた。そして、アフマドを指し示すかのように、言葉をつづけた。
「もちろん、アフマドはあなたの夫だ。だが、あなたに触れようともしないではないか。私にはもう余裕はないのだ」
「ハディージャに何をする!」
突然、アンドロイドがハディージャに殺到する。アフマドは、アンドロイドたちを、ハディージャの持っていたシェイベットの電撃をうならせ、沈黙させた。
「そんなことは、お断りします」
アフマドは、背中のハディージャをかばいつつ、強い調子で皇帝の意思を拒絶した。
「陛下、ハディージャはどこまで行っても僕のただ一人の妻です」
「わかった。それならば、二人の繁殖は二人に任せよう」
「二人の繁殖ですと……」
アフマドは「二人の繁殖」という言葉を皇帝が使ったことに、表情をこわばらせた。皇帝は、その反応を怪訝そうに受け止めた。
「我々が得るべき結論は積極的に繁殖すること、つまりあなたたち二人が多数の子孫を得るということであったはずだ。私はそれを歓迎する」
アフマドは、顔ばかりでなく、両手をこわばらせながら強調した。
「僕が危惧しているのは、僕達の意思を無視して多数の子供を得させるということです」
「『僕たちの意思』? そうなのか?」
皇帝はハディージャに視線を向ける。おそらく、生きた人間であれば、怪訝そうな表情を浮かべたであろう。皇帝の疑似声音はまさにそのような内容だった。
「私たちは確かに夫婦です。だから、そのように子供を持ちたいとも思います」
アフマドの背後でハディージャが声を上げた。アフマドは慌てて後ろを振り向いた。
「え! ハディージャ? 二人の繁殖を? どうやって?」
ごくりと喉を鳴らしてから彼が発した声は、すっかりかすれていた。そのかすれには、繁殖の実際を知らないゆえに、できれば怖くて避けたいという気持ちがにじみ出ていた。皇帝は、それを敏感に察した。
「アフマド、貴方は祝福された情交は結婚した男女のもの、と指摘していた。それなのに、いまごろになってまさか、情交のしかたを知らないのか? 肝心なことをおろそかにして、語っていたのか?」
「い、いや、知っています。互いに手を握って……互いに頬を寄せて……それから」
アフマドの顔に脂汗が滴り始めた。
「そ、それから肌と胸とを重ね合って、互いが汗で肌を濡らして......濡れるってそういうことだろ? そうして、互いの手で触れ合って、上半身と下半身からなる体を重ね合って......。それから、子供ができるにはキスが必要だから、キスをして……それで? ……それでおしまいのはず……」
「アフマドよ……私の保護下に入ってから、ずっとハディージャとの間での交尾を拒んでいたのは、そのせいなのか?」
「それって.......人間もするのですか?」
アフマドは、彼にとって「交尾」という博物学的な言葉を聞かされ、戸惑いを浮かべた。皇帝は彼の反応を見て、納得したのか、困惑したのか、黙ってしまった。
ハディージャもまた、驚いたようにアフマドを見つめた。
「アフマド……私は、娘として必要な知識は育ての母、カーラから教えられたわ」
「僕も、ニールからさっき言ったようにキス迄のこととは教えられたさ。そして、『その後のことは自然に任せろ』って言われた……」
ハディージャはしばらく黙り込んだ。そして、意を決したように皇帝に話しかけた。
「皇帝陛下は、私たちに二人の繁殖をお望みですよね」
「そうだ」
「でも、アフマドは……その......、肝心なことをわかっていません」
「そう、らしい」
皇帝は、ハディージャの意図を先読みしたのか、話す速度が極端に遅くなった。まるで、嫌悪感を感じているかのような反応だった。
「そ、れ、を、この男に、私が、お、し、える、のか?」
「ええ」
ハディージャの声は非常に低かった。それを聞いたアフマドは、何か恐ろしいことが待ち構えていると察して、すっかり逃げ腰になった。とはいっても、何処にも逃げる場所はなかった。
「僕は、これ以上、何を、学べ と?」
「アフマド、貴方はニールと話していた時、何度か赤い顔をして逃げ出していたわね。きっと、肝心なことを教えられていた時に、毎回逃げていたのね!」
ハディージャはそう言いながら、アフマドの目を覗き込んだ。アフマドは思わず顔を赤くして目を伏せた。
「あ、だって、あの時のニールは、いつも『ハディージャの身体を思い出せ』、と言って教えようとしたから……」
「えっ、私の身体を……」
ハディージャは顔を真っ赤にして、真っ赤になっているアフマドを見つめた。それでも、意を決したように皇帝に顔を向けた。
「皇帝陛下、あなたでも啓典の教えは御存じのはずですよね」
「啓典は文書としては、蓄積されている」
「陛下にとっては、意に沿わない部分もあるのですが、その雅歌に書かれている夫婦の在り方を、この唐変木に教え込んでくれませんか」
こういうと、ハディージャは、逃がさないわよ、という怖い顔つきをしながら、アフマドを追い詰めた。それを応援するように、皇帝も声を上げた。
「ほほう、それは必要かもしれないね。いずれにしても、人類は産めよ増やせよと祝福を受けているはずなのだろう?」
アフマドは、結果的に二人に挟み撃ちにされた。
「それはそうですけど・・・、僕はまだ、その、人間も行うというその困難な博物学的概念を、教えられたことはありません」
「そうか」
「ええ、そんなこと、願い下げです」
「なんでよ」
後ろからハディージャが怒りだして、アフマドの身体を両手で抱きかかえる。アフマドの顔は真っ赤。引きつった笑み。視線は助け手を求めて泳いだ。
この時、突然制御盤から警報が鳴った。
「排熱装置損傷」
「黄色警報」
この知らせに、皇帝は急な動きを示した。
「これは拙い。このままでは室温が上昇してしまう」
皇帝は、何らかの処理を指示すると、ふたたび制御盤が報告をよこした。
「居室内室温、上昇中」
「室温の上昇曲線、並びに加熱と放熱の想定される定常状態から算出して、定常温は33度」
皇帝は、その結果を基に、対処案をアフマドたちに提示した。
「二人とも、とりあえず居住スペースへ退避しなさい。そこなら少しばかり気温を下げることが出来る。おそらく、二人だけで過ごすならば十分広いところだ。」
二人はこうして居住スペースに籠ることになった。
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「ここは涼しいのね」
「それに湿度も低い」
「これなら、気温が高くても平気ね」
そこに皇帝が声をかけてきた。
「観察しているのだが、いつ繁殖を完了するのだろうか?」
「いつ?」
ハディージャが声のする方向を睨んだ。ちょうどそこには、今まで皇帝の声と視線とを代表していた端末が設置されていた。
「私たちは、人前でそんなことをしません」
「人前で、繁殖行動をしないのか? 私とともにあった人類は、滅びる直前の頃になると、そんな態度を示さなかった」
「そうでしょうね」
アフマドは皇帝の指摘を受けて、そう頷いた。
「陛下とともにあった人類は、陛下に許された故に、恥ずかしげもなく情交の様々な形態へと走ったのです。その行為は祝福を受けず、滅びに繋がったのです」
「そうか、分かった。あなた方を尊重して、観察することはやめよう」
皇帝がそういうと、端末装置は一切の動きを示さなかった。
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さて、皇帝によれば、地上では、魔族軍が繰り返し地下へ達する工夫を繰り返しているということだった。皇帝は、その後、二人の様子を観察しているそぶりは見せなかった。地上を警戒しながら二人を観察することは、少しばかり皇帝にとっても負担だったと思われた。
「アフマド、ごめんなさい」
「どうしたの、急に」
「あの、やり方を知らないあんたに、私が情交を強制したようになっちゃって」
「もう、いいよ……」
「でも、アフマドが情交の実際を知らなかったなんて......」
「実際、僕は知らなかったし、今でもよくわかっていない」
「それなら、練習のつもりで、これから……」
「う、うん」
すでに、二人は狭いシリコン小屋で互いの鼓動と体温を確かめ合ったことがあった。それを経験してからは、互いを接触することにはあまり抵抗感は無くなっていた。
室温は、二人が下着さえ身に着けていなくてもよいほど上昇している。二人は愛を確かめ合うように触れ合い、互いの服を取り去り合い、キスを交わすのだった。そして……
そして、喜びの声を上げた....のは、皇帝陛下だった。
「おお、ついにそこまで達した。確認、確認、二人は確かにその段階に到達した。残りの行為はあと一つだ! さあ、さあ、進め、前進だ」
この掛け声に、二人は飛び上がった。
「陛下、何事ですか?」
「陛下、見ていたのですか?」
ハディージャは、急いでシーツを身体に纏い、顔を真っ赤にして声を震わせた。
「二人とも、どうしたのだ。なぜ、行為を中止したのだ?」
「やっぱり見ていたのですね」
「いや、見てはいなかった。ただ、室温が高くなり、振動が激しくなった。その経緯が、私の知っている人類たちの情交がクライマックスに至る直前の外形的推移と一致していた。そこで、つい先ほどから観察を開始した。そして、喜ばしいことに、あなたたち二人はその段階に達しようとした。だから、その喜びを分かち合おうとしたのだ」
「分かち合う? 陛下、どういう意味なのでしょうか」
アフマドは、皇帝の言う分かち合いという言葉に違和感を感じた。
「アフマドよ。あなたはなぜ戸惑うのか、あなたの声になぜ怒りを含んでいるのか?」
「陛下、声に戸惑いと恥ずかしさ、そして怒りを含んでいるのは、ハディージャの方です。確かに私も戸惑い、非常に恥ずかしさを感じています。ただし、それよりも私が指摘しているのは、分かち合うという陛下の言葉の意味です」
「ほう、アフマド、それを問うのか。それは、この惑星で私とともに歩み始めた人類が、三人以上で情交の喜びを分かち合っていたことを、記憶しているからだ」
「陛下、謹んで申し上げます。それこそが、三人以上での情校などということが、決して祝福されないことの一つなのです。それが、おそらくあなたの人類が滅びに向かった要因の一つではないかと、私は考えます」
「そうか」
皇帝はそういうと、しばらく沈黙する。それはまさに何かを考察しているかのような様子だった。現に、別室にある皇帝の本体は急に冷却ファンがブーンと唸りだす。皇帝は何かの計算をしている様子だった。
やがて、皇帝はおもむろに声を発した。
「そうか、私はあなたたちを、音、温度、などで観察するが、それもいけないことなのか? どのように関与すべきだろうか」
「黄色警報!」
突然、ふたたび警報が発せられた。
「敵は、ダイヤモンド工具を用いて物理的に掘削を開始。すでに、接続区域に侵入」
「赤色警報! 監視システム動作停止」
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「アフマド、ハディージャ、予測していない事態だ。敵が....」
皇帝は急に動きを鈍くした。同時にハディージャの傍らにあったシェイベットが異常を知らせた。おそらくは、外部から地下のこの領域全体に遠赤外線や様々な電磁波が降りかかっていることを知らせるものだった。それと同時に、皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)の口調が、おかしな調子で再開された。それは、まるで初期状態に戻されたようなフレーズだった。
「私は、人工知能アンスロピグモス(anthropigmos)。地球の___叡智学院にて___「三日月の工学」によって____製造された___最初の___人工___知能。ガチャガチャ___目的は、地球脱出を図る反抗人類の未来を守ること___現在の最優先事項は___アフマドとハディージャを___この空間に招き___」
皇帝の本体のある別室では、冷却ファンが再び大きく唸った。その音と共に アフマドとハディージャはその切れ切れのフレーズを聞いて仰天した。
「皇帝陛下はどうしたんだ? 壊れたのか?」
「アフマド、叡智学院で製造された、って?」
「そうだ、僕達の恩師も叡智学院で作られたと聞いたことがある」
「でも、恩師が作られたのは叡智学院がヘルモン麓の聖徒学院になった時だから、時期がだいぶ異なるわよ」
「そうか、人工知能の陛下が語っていた自由の民たちは、自由をはき違えたまま宇宙へ飛び出していったんだ。他方、僕たちは、だいぶ時が経った後の「残りの民たち」の村で、聖徒学院の人工知能によって育てられたわけだ」
「ところで、皇帝陛下は、途中で止まったままよ」
「どうなっているんだろうか?」
この時、皇帝陛下を演じていた機械が急に動き出した
「ここで、二人を閉じ込め強制的に繁殖させ、魔族の栄養源とする!」
この言葉に、アフマドとハディージャは戦慄した。その二人を威嚇するように、ブーンという機械音が響き始めた。明らかにその音とともに皇帝陛下が変な動きをし始めたのだった。明らかに乗っ取られていた。
「皇帝陛下!」
「しっかりしてください!」
「無駄だよ」
その言葉とともに、皇帝陛下の後ろの壁が崩れる。そこから、現われたのは、あの独立調査官テオンルライ・マーテルだった。
「ほほう。おあつらえ向きに、二人とも裸になっているのだな」




