17 皇帝アンスロピグモス
古代地球の人類の多くは、批判的的思考や論理を拒む『衆愚段階』、断片化情報を快・不快で選ぶ『惰民段階』、自らの特質すら無視し外部管理にまかせる『没個段階』、断片化情報や魔族を偶像崇拝し、反対者・弱者を生贄にし続ける『家畜人類』になり果てていた……その頃、彼は古代地球から荒野たる宇宙へ追い立てられた、批判精神と自由意思を持つ者たちが作り上げた技術の粋、それが、皇帝の本当の姿だった。
「惑星間空間に謎の物体反応です」
「何?」
監視部司令が顔を上げる。観測員の声がいつもと違い、上ずっていたせいだった。
「巨大な惑星規模の天体が、当該惑星との衝突コースを取っています」
「天体の規模は? 総質量を算出しろ」
計算結果を手に、観測員が震え始めた。
「変です…..天体の大きさに比べて、総質量は想定の6万分の一なんて」
「なに? では小惑星化彗星の集合体なのか?」
「電磁観測・赤外観測の結果では、まだ不明です」
別の観測員が、彼の後を引き継いだ。
「あと30分で光学映像を捕捉できます」
光学系を操作していた別の観測員が超長距離光学観測機器を起動しつつ、声を上げた。だが、別の光学系計測装置からは、コリジョンコースであることを告げる警報音が鳴った。司令は大声で別の波動光学観測系の起動を命じた。
「これでは対隕石対策起動に間に合わないぞ......波動光学系によって観測せよ」
「はい、すぐ出ます……いま、映像出ます! オンスクリーン」
観測員の声に合わせて映像信号が出ると、司令は絶句した。
「こ、これは!?」
「司令!」
それは、巨大な金属飛翔体の群れ、いや、大規模な支艦隊をいくつも従えた3000メートル級の艦船からなる2個宇宙艦隊だった。
「金属飛翔体ではないぞ! 観測員! これは異形の宇宙船、いや衛星軌道上のあの輸送艦ほどではないにしても、それに準じた大きさの異形宇宙艦の集団だ!」
「か、数はおよそ6万……です」
「そ、それはどういうことで?」
「宇宙艦隊だ、大規模な宇宙艦隊だ」
「司令!」
「皇帝府へつなげ! 防衛体制を奏上する」
この直後、皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)に、大艦隊襲来が報告された。
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「そこに座ってもらおうか……私は、皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)である」
皇帝府宮殿の最奥、謁見の間にしては狭く暗いそして静寂に包まれた空間に響く声。それは、二人に慈愛の幻と同時に鋭利な疑心を冷たく伝えた。だが、当の皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)の姿は見えなかった。
「なぜ、私たちを召喚なされたのですか?」
アフマドが誰がいるかもわからない暗闇に向けて、鋭く問いただした。それをさも正面で受け止めたかのように、室内の空気が震えた。
「いちいちあなたたちの疑問に答えるつもりはない」
皇帝は、優雅なオーラを拡散させながら、尊大な態度をみせた。
「私は今、困難な状況下にあるのだが…まあ良いだろう」
アフマドとハディージャは、聞こえてくる疑似声音に多少困惑を覚えながらも、皇帝に質問をぶつけた。
「僕たちは、皇帝陛下の保護下にあって、自由行動が許されていたはずです」
「それなのに、なぜ私たちが逮捕されたのでしょうか」
「なぜ、此処に召喚されたでしょうか」
「あなた方がアンドロイドだったことを暴いたからですか?」
「それとも、僕達が破壊活動を行ったからですか?」
二人が次々にぶつける疑問にもかかわらず、皇帝は冷たい沈黙を二人に向ける。二人はやがて静かになると、皇帝は優雅に答えた。
「破壊活動を行ったからあなた達を逮捕したわけでは、ない」
まるで、ゆったりした呼吸音が聞こえてきそうな、ゆっくりとした口調だ。
「このような事態になってしまっては、あなた達に多くの疑問が生じただろうし、また多くの誤解も生じたのだろう」
睥睨する視線まで肌に感じられる。
「それゆえ、ここに来てもらったのだ」
アフマドたちは、気おされながらも意を決して質問した。
「それって、やっぱり僕たちにはもう自由がないということですよね」
「でも、陛下の支配の下では、『批判的な態度、自由を許す秩序』を理想としていたはずです」
二人には、この社会を構築した際に原則とされたはずの点を皇帝がないがしろにしているとしか思えなかった。
「それが、こんな簡単に私たちの批判や自由を許さなくなるなんて!」
二人の頭には、皇帝を追い詰める言葉が次々に浮かんだ。だが、皇帝はまるで彼らの青臭い反応を楽しむように、彼らを見つめる。そして、おもむろに、彼は何事も無かったように言葉をつづけた。
「そうだな、どうやらあなた達には話す必要があるようだな___」
この言葉と同時に、暗闇から猛烈な空調機の音を響かせながら、機械の姿がゆっくり現れた。
「___我々のこれまでの歩みと現状、そしてあなた達に何を期待して待ったか、今になってなぜそれを待てないのかを、ね」
機械の姿は、非常に古い素材ながら、今の時代では見ることのなくなった量子コンピュータと小型ながら超高密度メモリーだった。
「あなた達は、わざわざ暴露などというよけいなことをしてくれたわけだ___」
目の前には単に機械があるだけなのだが、鋭い視線はまだ続いているように感じられた。
「___この都市の魔族たちが、中央から制御されていることを、ね」
確かに、アフマドもハディージャもこの都市の魔族たちが遠赤外線を介した中央からの制御下にあることは把握していた。その事実から、中央に何らかの制御装置があることも推定していた。だが、皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)の正体までは、把握していなかった。
「それならば、皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)たる私が人工知能であることも、あなた達には薄々わかっていたのであろう? どうかな?」
「い、いえ、私たちには……陛下が中央の制御装置であることは、分かっていませんでした。ましてや、陛下が人工知能であることなど、どうしてわかるでしょうか」
ハディージャは、あまりのことに汗と戸惑いと驚きをにじませ、やっとのことで応えた。アフマドは、少しばかりです開き直りながら、暫く量子コンピュータの全景を眺める。
「陛下のお姿は、たいへん古い骨組みで構成され、かつ何度も構成部品が交換されていますね」
「そうだ、アフマドよ、あなたならそれは見ただけでもいろいろ理解できるであろう?」
「骨組みの材質は、熱を逃がしやすい合金や焼結セラミックス……そして、交換を繰り返した部品群はその大きさから超高密度で集積した回路……」
「ほお」
「陛下の反応と部品群の体積とから見ると、おそらく回路修繕はX線によって焼き付けていますね……おそらく陛下は古代地球文明の粋たる電子頭脳なのでしょう」
「アフマド、あなたは見ただけでそこまで推定できるのか? 大したものだな」
アフマドは、目の前の機械から改めて見つめられているような気がした。間違いなく、皇帝からの視線……。
「私は、古代の地球文明の……批判精神と自由意思をもって高度な民主的秩序社会を作り上げた者たちによってつくられた人工知能だ」
この言葉は、アフマドたちに再び強い疑問を呼び起こした。
「それなら、なおさら自由が第一に尊重されるはずではないですか!」
アフマドはそういうと、皇帝を睨みつけた。
「あなた方は人類が戦いの末に獲得してきた自由を、簡単に考えすぎています!」
「確かに、自由は第一に尊重されるべき事柄だな」
皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)は、しばらく間をおいてからアフマドに応えた。
「ただし、現在、我々は存亡の危機にゆえ、一時的に自由を制限したのだ」
「存亡の危機?」
ハディージャは、反射的にその言葉に反応した。アフマドも、テオンルライ・マーゼルを突然思い出し、不安感の正体をはっきり意識した。
「先日逮捕されたテオンルライは、おそらく魔族星間帝国のスパイですね。それが意味していることは、魔族星間帝国がこの星系に忍び寄っている状況……それが危機の正体ですか?」
アフマドの指摘は、皇帝アンスロピグモス(anthropigmos)の声を少しばかりこわばらせた。
「忍び寄っているなどという生易しい事態ではない……」
こわばった後の皇帝の言葉は、気のせいか、さらに深刻な響きを伴った。
「我々は魔族に再び追い詰められている。それも、間近に迫る魔族星間帝国の大艦隊に……」
「えっ!」
皇帝の指摘に、ハディージャもアフマドも絶句した。
「先ほど惑星間空間監視部が、この星に迫りつつある魔族星間帝国の大艦隊を、目視で確認したという報告を奏上して来たのだよ」
「時間の許す限り、我々が認識している魔族たちの恐ろしさを、あなた達に説明しておこうか___」
皇帝の声は、淡々としたものに変わった。
「___私が地球で作られたころ、地球では多くの人類が家畜人類に変質していった」
皇帝だという機械本体は、説明とともにメモリー部分がちかちかと動き始める。
「『衆愚段階』に踏みとどまっていれば、彼等はまだ元に戻れたかもしれなかった。しかし、彼らはさらに『惰民段階』へと変貌した」
メモリー部分の光滅が次第に激しくなっていく。
「その後、彼らは『没個段階』へ落ち込み、あとは坂を転げ落ちる一方だった」
「坂を転げ、そして、どうなったのですか?」
アフマドは思わず声を上げた。そこに、皇帝が残念そうな口調を重ねた。
「あとは、断片化情報や魔族を偶像崇拝し反対者・弱者を生贄にし続けるようになった」
「古代の人間たちが、教育を多少とも受けた者たちが、そんな風になるはずが……」
アフマドが声を上げた。ハディージャはその後の人類の姿が目に浮かぶようだった。
「いや、彼らはもう、まるで偶像に飼われる『家畜人類』になり果てた___その家畜人類を、その人類とともにあったはずの人工知能を利用して背後から支配し、偶像として崇拝させる___それが魔族であり、家畜人類なのだよ」
アフマドが、怒りに震えながら、呪いのように苦い思い出を口にした。
「僕、知っていますよ、ちょうどそんな社会を! 僕たちの育った村では、学校でさえ僕たちは敵視されていました___
___昔からのやり方を批判して論理的にアーチ構造を説明した際に、友人や学校の先生にまで異端扱いされたんです……これはまるで「衆愚」でした……いや、昔からのやり方を絶対視して、村の方針に反対していた父母や僕たちを敵視し、果てはハディージャを生贄にした村人たちは、もう「惰眠」や「没個段階」を通り越して『家畜人類』そのものでした。そして、僕たちの育った村の守護神は、生贄のハディージャを求めて生命を貪ろうとする卑俗な牧神、というより魔族そのものでした」
ハディージャは無言のままアフマドを見つめ、涙を流した。彼らを慰めるように、皇帝本体のメモリー部分がさらに激しくカチカチと音を立てた。
「そうか、あなた達は反対者だったのだな」
メモリー部分の動きは、次第に何かのリズムを打つようにゆっくりと静かになった。
「ちょうどあの頃の地球でも、反対者たちがいた。彼らは、批判精神と自由意思を持つ者たちであり、「反抗人類」とよばれた」
「反抗人類……」
アフマドとハディージャは、その言葉の意味するところを考え、沈黙した。二人の反応を見つめながら、皇帝はさらに説明をつづけた。
「彼らは、しだいに衆愚たちの社会的排除・排他主義により追い立てられ、狩りたてられていった_____辺境の地とか宇宙とか言われた「荒野」へ」
すっかり静かになった装置の音と反対に、皇帝が告げた言葉は波乱に満ちた彼の出自の情報だった。
「そして、そんな彼らに伴ったのは、彼らによってつくられた人工知能たち、つまり私たち人工知能だった」
このあと、皇帝も静かになった。
「辺境の地、宇宙……それが『荒れ野』…」
アフマドはそういうと、何かを思い出したように再び黙り込んだ。皇帝はその言葉に重ねるように、話をつづけた。
「宇宙へ逃れた彼らは散り散りとなって逃れて行った。私も彼らと共に宇宙へ....」
このあとの皇帝の言葉は、冷たい宇宙空間での彼らの孤独を現わしていた。
「長い流浪の後、私と私の民たちである彼らは、この星の極地地方にたどり着いた……」
ここで、皇帝は、言葉に詰まったように口を閉じた。そこに何かの事情を感じ取ったハディージャが問いかけた。
「そのようにして逃れついたのであれば、あのエリアで、なぜ私とアフマドは人類を一人も見ることが出来なかったのでしょうか?」
「そうです。それに、なぜ、この惑星のいたるところに、破壊された魔族たちの都市廃墟があるのでしょうか?」
アフマドも疑問を口にした。
皇帝は、少しの沈黙の後、おもむろに説明をし始めた。
「私と私の民たちは、そこで、批判精神と自由意思を基に作り上げた民主政府とそれに従順に従うという社会を構築した。だが、……限界があった」
「限界…ですか...?」
ハディージャは、思わず声を上げた。目の前の皇帝に、不可能などないように思えたからだ。だが、皇帝は限界の意味をかみしめるように、その頃の事情を説明した。
「この星にはすでに二つの魔族陣営があった......彼らは、先にこの星に逃げ込んでいた反抗人類を征服し、反抗人類たちの人工知能を利用して彼らを家畜人類にしたばかりだった。だから___」
「だから.......?」
「___私と私の民たちは、自らを守るために、人工知能である私アンスロピグモス(anthropigmos)によって動かされるアンドロイド魔族を作り上げた」
ここで再び皇帝の本体のメモリーがカチカチと動き始めた。
「それは、彼ら人類たちがさも皇帝と魔族たちに支配されている帝国であるように、装うためだった。同時に、彼ら人類の自由についてもある程度制限せざるを得なかった」
カチカチというメモリーの音を聞きながら、ハディージャは今まで見てきた魔族アンドロイドたちを思い出した。
「それで、魔族に似せた多数のアンドロイドを、さも支配階級のように動かしていたのですね」
皇帝の声は沈んだままだった。
「こんな我々にとって、立ち居振る舞いの難しい時が訪れた。それは、二つの魔族陣営の抜き差しならぬ対立と、その後の惑星規模の大戦だった」
「惑星規模の大戦……」
アフマドは、この惑星の各所にあった、都市の破壊跡の様子をあらためて思い起こした。都市遺跡には、ほとんど魔族たちの骨や化石化したものは残っていなかった。
それを裏付けるように、皇帝の話は続いた。
「彼らとその人工知能は、あまりに好戦的だった。彼らは互いの魔族や人間を熱核爆弾の嵐によって蒸殺し合った」
皇帝は説明を終えると、言葉を切った。
「魔族とは、私の宝である人類を執念深く追い倒して、ついには餌食にする恐ろしい存在だ」
暫くの沈黙ののち、皇帝は、気を取り直したかのように再び口を開いた。
「私と私の民たちは生き残った。我々は、地下に都市空間をつくり、魔族たちの戦争に関わらなかったからだ______その後、我々の人類は暫くの繁栄の時を迎えた。」
ブーンという音と共に、皇帝は、最近の状況を改めて思い出したように口にした。
「その後、今度は、この恒星系の周辺に、恒星間規模の魔族星間帝国があることが分かった。それゆえに、我々は、以前と同様に魔族に似せた多数のアンドロイドを、さも支配階級のように動かす必要があった」
その声には、少しばかり勝ち誇ったようなニュアンスが含まれているように感じられた。アフマドはそれを感じて、心に浮かんだ疑問を口にした。
「でも、此処には人類はいなかったのでは?」
「確かに。残念ながら、私とともにあった人類は滅びてしまった……そこに私のできる限界があったのだろう」
「なぜですか?」
ハディージャはアフマドを一瞥し、皇帝を見つめた。皇帝は逡巡しながら言葉を選ぶように答えた。
「わからない……不思議なことに、その後、彼らは子孫を減らしていった___あれほど情交の様々な形態を許していたのに___」
「情交の様々な形態を許した、のですか? 祝福された情交は結婚した男女だけのものでは?」
しばらくたってから、アフマドはもう一言を口にした。
「すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない、つまり全てが祝福されるわけではなかった……」
それを受けて、皇帝は怪訝そうな口調を返した。
「あなたのその言葉は、啓典の言葉なのだろう。だが、それでは本当の自由はない」
アフマドは思わず反駁した。
「いいえ、本当に益になる自由とは何かを、僕たちは祈りによって悟ってきました。弱き者の傍で支える社会を目指すならば、弱き者も含めて啓典の父のために生きることを覚えてこそ、本当の自由を得られるはずだ、と」
だが、皇帝はそれを肯定も否定もせず、議論を切り上げてしまった。
「それについては、長い議論が必要だろう。今は残念ながらその余裕はない。私はあなた達を守り切らなければならないからだ」
皇帝はこういうと、全ての対話を中断して、暗闇へ再び姿を消してしまった。それと同時に、遠くの爆発音と砲撃の地響きが、アフマドとハディージャの足元に届く。それは、既に戦闘が始まっていることを物語っていた。
アフマドとハディージャはそのまま暗い謁見室に残された。
「戦闘が始まったのかしら?」
ハディージャが顔面を蒼白にしてアフマドを見た。
「逃げよう」
アフマドは、今まで入り込んできた経路を思い出し、二人で逃げ出す経路を想定した。
「多分、皇帝陛下は、戦闘指令のために執務に戻ったのだろう。陛下はいろいろ指示を出し始めているはずだ。その内、陛下の指示で僕達を守るための兵士たちがやってくるはずだ。でも、此処を脱出しないことには、いずれ猛爆撃に巻き込まれてしまう。今は、とにかく第三の門まで戻ってみよう」




