第9話:嵐の夜の迷い猫と、小さな6つの命
「あぁ……本当に、すごかった。もも、ゆず、ありがとね」
先程の2匹のセラピストによる至高の施術、特にゆずの爪切りたての肉球によるデコルテマッサージと、ももの頭上での重低音ゴロゴロ音のおかげで、私の体は、軽くなっていた。
頭を悩ませていた計量スプーンのプレッシャーも、お店を完璧に回さなきゃという焦りも、すべてが綺麗さっぱり消え去っていた。
外はあいにくの嵐だ
窓ガラスを激しく叩く雨音と、家全体を揺らす暴風の音を聞きながら、私はももと、ゆずをソファの両脇に抱えて、リビングで久しぶりの、のんびりとした時間を満喫していた。
その時だった。
「……!」
腕の中のももとゆずが、同時に耳をピクッと動かした。2匹の身体が、一瞬でハンターのそれへと硬直する。
彼らは私の腕から流れるように抜け出すと、低い姿勢のまま、勝手口のドアのほうをじっと見つめて動かなくなった。
「ふにゃー(今、外に、別の誰か……何か、生き物の気配がする)」
「にゃ(普通のお客じゃないぞ。なんだか、すごく、ちいさくて、か弱い音がする)」
「え……? 別の誰か? こんな夜に?」
ただの風の音じゃない。
2匹の真剣な目付きと、鼻先をピクつかせるゆずの様子に、私の背中に緊張が走る。
窓から見るが誰かいる気配はない。
嵐の中、外に出るのは危ないから戸惑ったが、靴を履き、意味ないかもしれないけど、レインコートを着て、そっと勝手口に近づき、ドアを開けた。
その瞬間、激しい暴風雨が容赦なく私の顔を濡らし、店内の温かい空気を一瞬で奪い去った。
「冷たっ……! って、あれは……?」
外灯のわずかな光の中に、ぽつんと、歪んだ四角い影が見えた。
「何あれ…?」
それは、激しい雨に打たれて今にも潰れそうな、ふやけた段ボール箱だった。ガタガタと、箱自体が小さく震えている。
「まさか……!」
私は、外へ飛び出し、駆け寄って、水を含んだ箱の蓋を開けた。
「……っ!」
激しい怒りと悲しみで、一瞬、呼吸が止まった。
こんな嵐の夜に、命を何だと思っているのか。
箱の底には、ゴミ袋に入れられ、見えにくかったが、その中でガタガタと震える、痩せこけた三毛猫の母猫がいた。母猫は私を威嚇する気力すらないようで、ただ悲痛な、掠れた声で「にゃあ……」と鳴いてるようだった。
そして、そのお腹の下には、お互いの体温で必死に耐えている、数匹の小さな小さな子猫たちが、身を寄せ合って隠されていた。
「大丈夫、大丈夫だからね……! 今、助けるから!」
私は怒りを抑え込み、ビニール袋を慎重に、かつ大急ぎで抱え込んで、我が家の中へと運び入れた。
「もも、ゆず! ごめん、ちょっとそこで見てて! 隔離室を開ける!」
通常なら、見知らぬ猫を突入させたら縄張り争いの大パニックになるところだ。けれど、うちのプロたちは違った。
「にゃー(暖かくしろー!)」
「にゃ(タオル! あったかいタオルをたくさん持ってこい!)」
ももとゆずは、事態の深刻さを完全に理解していた。
ももは私を案内するように隔離室へ走り、ゆずは心配そうに、袋から出された親子猫の周りをぐるぐると回っている。鼻先が彼らの健康状態を心配するようにピクピクしている。
「みんな、よく頑張ったね。もう安心だよ」
何かあった時のために隔離用の予備ケージを常に準備していた。
私はバスタオルや毛布を何枚も引っ張り出し、まずベッドのように形を整えた。
冷えてる体が体温を取り戻せるよう、隔離室の暖房を入れ、ケージの中に簡易のペットボトル湯たんぽをいくつもタオルや毛布の中にいれる。
さらに、子猫たちにも粉ミルクを入れたふやかしたキャットフードを与える。
「よく、この子たちを守り抜いたね。えらいよ」
母猫にもカリカリとパウチをあげると、ゴロゴロと小さく喉を鳴らして、私の手をペロリと舐めた。
その安堵したような表情に、私の目からも涙が落ちそうになる。
ハチワレ、二匹の黒、茶トラ、そしてお母さんそっくりの三毛猫の五匹の子猫たちは、まだ生後2ヶ月半か3ヶ月ぐらいだった。
「よし、今夜は、ここでゆっくり眠るんだよ」
病気の感染を防ぐため、徹底的に部屋を分けるのが鉄則だ。ももとゆずには、ドア越しに見守ってもらう形にして、その夜は何度も隔離室の様子を確認しながら、2匹とともに夜を明かした。
翌朝。
昨夜の嵐が嘘のように、窓の外は雲一つない綺麗な青空が広がっていた。
幸い、今日の昼の部は、午後からの予約があるだけだ。
「よし、みんなで病院へ行こう!」
朝一番で予備のキャリーバッグを取り出し、かかりつけの動物病院へ行く。
「昨夜、勝手口に捨てられていて……」
「それは災難でしたね。よし、順番に診てみましょう」
獣医の先生が、母猫と五匹の子猫たちを丁寧に診察していく。ノミ・ダニの駆除、体重測定、そして一番心配だった猫風邪や白血病のチェック。
私が最も恐れていた部分だ。もし、ももとゆずに感染したら…と不安があった。
結果は――。
「問題ありませんでしたよ。猫風邪も引いていないし、みんなお腹に虫もいません。母猫猫が、本当に命がけで雨から守ったんでしょう。少し栄養不足ですが、しっかりご飯を食べさせれば、すぐに元気に跳ね回りますよ」
「……よかったぁ……!」
先生の言葉に、ホッとした。
病院から帰宅し、ひとまず2週間の徹底的な「隔離期間」がスタートする。
ももやゆず、そしてカフェのお客様への安全を考えて、最初は徹底的に部屋を分けるのが、 鉄則だ。
ケージの中で、お腹いっぱいになってすやすやと眠る六匹の親子。
「主、あいつら、なかなか見込みがありそうだな。将来の候補生だ」
「にゃ(特に、あの黒い子、俺の動きに似ていいステップ踏みそうだぞ。ステップの基礎を叩き込んでやる)」
ドアの隙間から覗き見していたきなももと、ゆずが、早くも「先輩面」をしてヒソヒソと話している。ゆずがやる気満々だ。
「ふふ、気が早いなぁ。でも、まずはしっかり体力をつけてからね」
隔離部屋の中では、母猫にくっついて、子猫たちが小さく身を寄せ合って眠っていた。
……しばらくは大変だけど、賑やかになりそうだ。
さて、まずは──あの子たちに、とびきりの名前をつけてあげなきゃね。
新しい家族との、穏やかで優しい時間が過ぎて行く
書き直し中




