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猫の揉み処  作者: ゆも
第一章

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第9.5話:名前をつける日

あの嵐の夜から、三週間が経った。


動物病院の先生には「二週間も隔離すれば大丈夫」と言われていたけれど、心配性の私は念のために、もう一週間だけ期間を延ばした。


隔離期間が明け、ももとゆずとの「対面式」も無事に済んだ。


最初こそ互いに鼻をひくひくさせて警戒していたものの、今ではすっかり同じ空間で過ごせるようになっている。


先輩風を吹かせながらも、こっそり子猫たちの毛づくろいをしているももとゆずの姿を、私は何度か目撃していた。


「……ふふ、やっぱり優しいじゃないの」


「にゃ(見てたのか。……忘れろ)」


ゆずはそっぽを向いた。




さて、そんなある朝のこと。

私はリビングのテーブルに、小さなノートを広げた。


「よし、そろそろちゃんと名前をつけてあげようと思って」


六匹の親子が、ばらばらな方向を向きながら、リビングを自由に歩いている。


茶トラはやんちゃにソファへ飛びかかり、黒猫の男の子は、じっとりとした目で私を観察している。


ハチワレの女の子はくるくると自分のしっぽを追いかけ、黒猫の女の子はすみっこで丸くなって眠たそうにしている。


三毛の男の子はお母さん猫のお腹にぴったりくっついたまま、離れようとしない。


三毛のお母さん猫は、そんな子どもたちを穏やかな目で眺めていた。


「候補はいくつか考えてきたんだけど……。今回は事前に、男の子か女の子か、病院の先生にちゃーんと確認してもらったからね!」


私がノートを眺めながらつぶやくと、ももとゆずがテーブルの縁に並んでこちらを見た。


「にゃあ(言ってみろ)」


「にゃ(俺たちが確認してやる)」


なんとも頼もしい申し出だ。


「じゃあ……お母さん猫から。『サチ』はどうかな。幸せのサチ」


ももがテーブルをひらりと降り、お母さん猫の前にちょこんと座った。


「にゃーん(……お前、サチって呼ばれたいか?)」


お母さん猫はしばらくももをじっと見つめてから、鼻チューをしていた。


ゴロゴロゴロゴロ……。


「にゃ(気に入ったってよ)」


「サチちゃん、決定!」


次は子猫たちだ。


「茶トラの男の子は『レオ』。なんかこの子、風格があるから」


ゆずがすたすたと茶トラに近づいて、耳元で小さく「にゃ」と囁いた。


茶トラはぴくっと耳を動かしたかと思うと、胸を張ってソファからぴょんと飛び降り、私の足元をぐるりと一周した。


「……なんか、もう『レオ』って感じの動きしてる」


「にゃあ(すごく気に入ってる)」


「じゃあ、三毛の男の子は『フク』。フクを呼びそうだから」


ももがお母さん猫のお腹にくっついている三毛の男の子に顔を近づけた。


三毛の男の子はびくっと体をすくめたが、ももがそっと額をくっつけると、おずおずと目を細めた。


「にゃおん(どうだ、フクって名前)」


三毛の男の子は小さく「みゅ」と鳴いて、もものほっぺたをペロリと舐めた。


「にゃ(照れてるけど、嬉しいってよ)」


「フクちゃん、決定!」


「黒猫の男の子は『カイ』。なんか海みたいに深くて静かな目をしてるから」


ゆずが黒猫の男の子に近づくと、黒猫じっとゆずを見返した。


二匹はしばらく、無言で見つめ合った。


「……にゃ(こいつ、なかなか大物だぞ)」


黒猫はゆずの視線を受け止めたまま、ゆっくりと瞬きをした。猫同士の「信頼のサイン」だ。


それを横で見ていたももが、ニヤリとヒゲを揺らす。


「にゃあ(カイ、気に入ってる。というか主、こいつ将来ゆずのライバルになるかもな)」


「カイくん、決定! ……ゆず、ライバル認定してるの?」


「にゃ(知らん)」


そっぽを向いたゆずの耳が、気のせいだろうが、心なしか赤い気がした。


「ハチワレの女の子は『ソラ』。穏やかな感じがするから」


ももがくるくると走り回っているハチワレの前に立ちはだかった。

ハチワレはぴたっと止まって、ももを見上げた。


「にゃーん(ソラって呼ばれたい?)」


ハチワレはぱあっと表情を輝かせ、ももの周りをくるくると走り始めた。


「にゃ(大喜びだ)」


「ソラちゃん、決定!」


「最後に、すみっこで眠たそうにしてる黒猫の女の子は『メイ』。家族の中心になってくれたらいいなって事で」


ゆずがそっと黒猫の女の子に近づいた。

黒猫の女の子はうっすら目を開けて、ゆずをぼんやりと見上げた。

ゆずは何も言わず、ただそっと隣に丸くなった。

しばらくして、黒猫の女の子がゆずの体にぴったりと寄り添い、また目を閉じた。


「にゃあ(……気に入ってるって。こいつ、口より体で語るタイプだ)」


「メイちゃん、決定!」


ノートに六つの名前が並んだ。


サチ、レオ、フク、カイ、ソラ、メイ。


「ふふ、みんなちゃんと自分の名前を受け取ってくれたね」


私がノートを閉じると、ももとゆずが当然のような顔でキャットタワーへと戻っていった。


「にゃあ(まあな。俺たちがいれば、こういうことはお手のものだ)」


「にゃ(主、今夜のご飯はなんだ)」


「……早いな」


リビングでは、新しい名前を持った六匹が、思い思いの時間を過ごしている。


レオはソファの上でお座りし、カイはじっと窓の外を眺め、フクはサチのそばを離れず、ソラはメイの周りをくるくると走り、メイはそれを迷惑そうに、でも少し嬉しそうに受け止めていた。


呼ばれるたびに、この子たちの名前になっていくんだろう。


この子たちの名前を、これからたくさん呼ぼう。


褒める時も、ただ甘える時も。


「よし、みんな。今日からよろしくね

―─サチ、レオ、フク、カイ、ソラ、メイ」


六匹がそれぞれのやり方で、こちらを振り向いた。


それだけで、胸がいっぱいになった。


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