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猫の揉み処  作者: ゆも
第一章

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11/15

第10話:猫の癒しは、今夜もポカポカ

あの激しい嵐の夜から、3ヶ月が経った。


「お待たせいたしました。『巡り改善・二十四節気の薬膳鍋』です」


「わあ、おいしそう……! いただきます」


昼の部の『猫の癒やし』は、今日も完全予約制の穏やかな時間が流れている。


お客様の膝の上では、ももが気持ち良さそうに丸くなり、ゆずがフロアをゆったりとパトロールしている。


いつも通りの、愛おしい日常だ。


でも、今日はいつもと少しだけ違う。


「にゃ〜ん」「みゃーあ」「みゅ!」


カウンターの奥——住居スペースへと続くドアの隙間から、小さな声の大合唱が聞こえてくる。


あの嵐の夜に拾った、三毛猫の母猫のサチと5匹の子猫たちだ。


ボサボサだったサチの毛並みは私のケアですっかりツヤツヤになり、子猫たちは今や部屋中を走り回るおてんば盛り。


ドアの隙間から様子を覗いていたゆずが、ふいに振り返って私を見上げた。


「にゃ(……主、あの黒い子、いいステップ踏むようになってきたぞ)」


「ふふ、将来有望だね」


私が笑うと、ゆずはちょっと誇らしそうに鼻を鳴らした。





夜の帳が下り、時計の針が19時を回る。


外のスイッチを入れると、あの不思議な看板が、ぽつりと温かい光を灯した。


しばらくして——からん、ころん。


静かにドアが開いた。


入ってきたのは、あのサラリーマンの男性だった。


最初に来た夜、ベッドへ倒れ込んだあの人。プロジェクトを成功させて、リーダーに昇格したあの人。


今夜の彼は、くたびれたスーツ姿は変わらないけれど、その目に諦めの色はなかった。


「こんばんは。……やっぱり、ここに来ると落ち着くんです」


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」


男性が施術部屋へ向かうのを見送っていると、ももとゆずがすっと私の隣に並んだ。


二匹は言葉を交わすでもなく、ただ静かに、男性の背中を見ていた。


「にゃあ」


ももが短く鳴いて、先に部屋へ向かう。


ゆずもその後を追う。


案内し準備してから、扉を静かに閉めた。


やがて、部屋の奥から聞こえてきた。


ゴロゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロゴロ……。


幸せな、重低音。



私は厨房に戻り、明日の薬膳の仕込みを始めた。


包丁の音。出汁の匂い。


子猫たちの小さな寝息。


ごく当たり前の、なんでもない夜。


でも、この「なんでもない」が、誰かにとっては一番必要なものだと、私は知っている。


どれだけ疲れていても、どれだけ追い詰められていても——ここへ来れば、大丈夫。


そう思える場所を作りたかった。


それだけだった。




一時間後、男性が帰り支度をしながら、ふと足を止めた。


「あの……聞いてもいいですか」


「はい」


「なんで、こういう店を、貸切なんていうスタイルで、始めたんですか?」


私は少し考えて、正直に答えた。


「私自身が、限界まで頑張りすぎてしまう人間だったので。完璧でなければならないと、自分を追い込んでしまう癖があったんです。……でも、猫たちが、それを教えてくれた。そういう人に、『ちゃんと休んでいいよ』『完全じゃなくても、愛しい存在だよ』って、言える場所を作りたかったんです。私自身のためでもあったのかもしれません」


男性は小さく頷いた。


「……そうか。俺も、もう少し手を抜いていいかもしれないな。部下のミスも、予算のことも、全部、どうでもよくなるくらい……」


それだけ言って、以前来た時よりも、ずっと深く、感謝を込めて頭を下げ、足取り軽く夜の道へと歩いていった。


パタン、とドアが閉まる。


足元で、ももとゆずが静かにすり寄ってきた。


「にゃあ(主)」


「ん?」


「にゃ(今日のごはん、なんだ)」


思わず笑ってしまった。


「極上のマグロぶしをトッピングしてあげるよ」


「「にゃおーーーん!!」」


二匹のしっぽがピンと伸びる。




────からん、ころん。


看板の灯りが、夜風にそっと揺れた。


今夜も誰かが、この温かい光を見つけてくれますように。


疲れた誰かを受け入れる、逃げ場所でいられますように。


背後では、早くご飯にしろと言いたげに、二匹が尻尾を揺らしていた


小さなお店の、猫と一緒の、店主の小さな祈りは——今夜も静かに、夜の中へ溶けていった。


絆がさらに深まった『猫の癒し』の夜は、今夜も静かに、そして温かく更けていく。

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