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猫の揉み処  作者: ゆもニャ
第一章

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第4話:お疲れママと、奇跡の「シンクロ添い寝」セラピー


「わあ、ママ、見て! ねこちゃん、ねこちゃん!」

「コラ、ショウ。お行儀よくしなさい。……すみません、お騒がせしてしまって」


───昼の部の『猫の癒し』。


暖かな陽光が差し込むカフェスペース。今日のお客様は、元気いっぱいの5歳の男の子、ショウくんを連れたお母さんだった。


「大丈夫ですよ。どうぞごゆっくり」


私は笑顔で答えつつ、自分の足元で、ももがイカ耳になっている様子をそっと伺った。


実は、ももとゆずは、人間の「子ども」が、かなり苦手だ。


大人のように静かにしてくれないし、動きが読めないからだ。何より、彼らが一番大切にしている「安眠の時間」を、悪気なく、踏み越えてくる。


案の定、ショウくんが近づいてくると、ももは全身の毛をわずかに逆立て、しっぽを床にペシペシと叩きつけ始めた。明らかに機嫌が悪い。


「にゃ、にゃー(主、このちびっ子、急に両手を広げて突進してくるぞ。イカ耳モード発動だ!)」


助けを求めるような目で私を見てくるもも。

それでも、お客様を引っ掻いたり威嚇したりしないのは、さすがプロの看板猫だ。


お母さんが「優しくナデナデ、だよ」とショウくんの手を引いてくれた隙に、ももは音もなくジャンプして、キャットタワーの最上階へと避難していった。安全圏からじっと親子を見下ろすももの横で、お母さんはようやく一息ついたように温かいほうじ茶を口に運んだ。


「はぁ……美味しい。誰かに淹れてもらったお茶なんて、一体いつぶりだろう……」


その横顔には、ファンデーションでは隠しきれない深いクマと、慢性的な疲れがにじみ出ていた。


毎日、自分の時間なんて一秒もないんだろうな……。


私はキッチンで、そっと胸を痛めた。


計量スプーンで正確に測ったマフィンは、今日も型通り綺麗に焼き上がった。


けれど、彼女の心の底にある疲れまで、昼の部だけでは取り除くことは難しい。


「ありがとうございました。本当に、ゆっくりできました」


夕方、元気いっぱいになった男の子の手を引いて、お母さんは帰っていった。


見送る彼女の背中は、心なしかまだ、重い荷物を背負っているように丸まっていた。




時計の針が19時を回った頃。

夜の帳が下り、店の外の軒下には、不思議な看板がぽつりと灯る。


────カチャ。


静かにドアが開いた。


入ってきたのは——昼間、ショウくんの手を引いて帰っていった、あのお母さんだった。


今夜は一人だ。ご主人に子どもを預けることができたのだろうか。


しかし、昼間よりもさらにエネルギーが消えた様子で、今にも倒れそうなほどフラフラしている。


「……あ、あれ? お昼のカフェ、ですよね……? すみません、夜風に当たろうと歩いていたら、なんだか見たことのない灯りが見えて、吸い込まれるように……。……私、もう、どうしたら……」


彼女は自分の状況がよく分かっていないようだった。ただ、張り詰めていた糸が切れてしまった——そんな顔をしていた。


「いらっしゃいませ。夜の『猫の揉み処』へようこそ。……頑張りすぎちゃいましたね。どうぞ、奥のベッドへ」


私が案内すると、彼女は導かれるようにベッドへと横たわった。


うつ伏せではなく、仰向けで。


毛布を胸元までかけると、彼女は天井をじっと見つめたまま、小さな声で呟いた。


「子どもは可愛いんです。本当に可愛いのに……最近、夜中に何度も目が覚めて、それからずっと眠れなくて。頭の中で、明日のタスクや、ちゃんとしなきゃっていう焦りがぐるぐる回って……。私、もう、眠り方すら忘れたみたいです……」


涙が、彼女の目尻からこぼれ落ちた。

今夜この人に必要なのは、マッサージの刺激じゃない。ただ、優しく、温かく包まれる感覚だ。


私は二匹をそっと見た。言葉はいらなかった。


ももとゆずは、もう動き出していた。


子どもが苦手なんてことは、もうどうでもよかった。


二匹はいつになく物音ひとつ立てずに、ゆっくりと彼女へ近づいていく。


「え……? 猫ちゃん……?」

「目を閉じて、そのまま静かにしていてくださいね」


まず動いたのは、ゆずだ。

ゆずは彼女の左脇のすき間に、すぽっと滑り込んだ。左腕を抱きかかえるようにして、ぴったりと体を密着させる。


続いて、ももが、右側に滑り込む。同じように、右腕にピトッと体を寄せた。


左右を二匹の猫に挟まれる形になった彼女は、驚いたように小さく息を呑んだ。


「猫の体温は、人間より少し高い38度なんです。極上の、生きた湯たんぽに包まれていると思ってください」


私がそっと部屋の照明を落とす。


ゴロゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロゴロ……。


暗闇の中、左右からシンクロするように、ももとゆずの喉鳴らしが響き始めた。


右の耳元からももの重低音。

左の耳元からゆずの重低音。


それらが重なり合って、部屋の空気が柔らかく振動している。


「あ……あったかい……。なんだか、すごく……安心する……」


彼女の呼吸が、だんだんと深くなっていく。


猫たちの規則正しい呼吸と体温、そして重低音の振動が、彼女の乱れた自律神経をゆっくりとなだめ、強張った体をリラックスモードへと引きずり込んでいく。


「ちゃんとしなきゃ」という緊張が、猫たちの柔らかな毛並みの中にじわじわと溶け出していく。


数分もしないうちに、彼女の寝息が規則正しいものへと変わった。


眠り方を忘れたと言っていたお母さんが、今、二匹の小さなセラピストに守られながら、深い深い眠りへと落ちていく。


私は部屋の隅に腰を下ろし、三つの寝顔を静かに見守った。


よかった。


それだけで、胸がいっぱいになった。



それから1時間後。夜の揉み処としては、異例のロングコースになった。


「……ん……っ」


彼女がゆっくりと目を覚ました。


ももとゆずは、彼女が起き上がるのを邪魔しないよう、すでにベッドの足元へ移動し、お行儀よく座っている。


「私……寝てました、よね? こんなにぐっすり眠れたの、数ヶ月ぶり……。頭が、ものすごく軽いです」


彼女の顔からは目に見えるほどではないけど、心なしかクマが消え、お昼の時とは見違えるような、おだやかで優しい輝きが戻っていた。


「よかったです。お母さんが笑顔なのが、お子さんにとっても一番の栄養ですからね。はい、これ、お土産です」


私は、ハーブを正確にブレンドした「安眠のハーブティー」の茶葉を手渡した。


「ありがとうございます……! 本当に、救われました」


彼女は涙を拭い、今度はしっかりと、力強い足取りで大切な家族の待つ家へと帰っていった。


パタン。扉が閉まる。


「にゃあ(ふぅ。ただ一緒に寝るだけってのも、意外と体力使うな。間合いの管理が完璧だったろ)」


「にゃ(主、添い寝代として、あの高い缶詰の高級おやつな)」


椅子から降りてきた二匹が、私の足元で伸びをする。


「はいはい、お疲れ様。今夜の寝顔、本当に優しかったよ。二人のおかげだね」


私は二匹を膝に引き寄せ、撫でてあげながら、今夜救われたのは彼女だけじゃないかもしれないと、ぼんやり思った。


誰かの眠りを守ることが、こんなに温かいものだとは知らなかった。


猫たちの極上の添い寝と、私の不器用な優しさ。


それで十分、誰かの明日を変えられるのかもしれない。


「よし、二人とも。今夜の夜食は、マグロ缶の特別メニューだよ!」


「「にゃおーん!」」


現金な猫たちの歓声を聞きながら、私は静かに、でも確かに幸せな気持ちで、キッチンへと向かうのだった。

〜『猫の癒やし』の裏設定〜

世の中には猫が苦手な方もたくさんいるので、あの不思議な看板は「猫が大好きで、クタクタに疲れている人」にしか見えないようになっています。

ももとゆずの安全と、お客様の安心のための隠れたこだわりです。

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