拒否権や決定権を持たずに育った発達持ちの現状
発達持ち、主張強くてうるせぇなと思う人は多いと思います。でも、その主張の中でも"決定権"と"拒否権"を丸ごと取り上げてしまった場合、私のようなバケモノを錬成する結果を招く可能性があります。
こんにちは、みほしです!見に来てくれて、ありがとうございます。おかえりなさい、お茶どうぞ。私は、拒否権や決定権がない家庭で育ちました。その結果というか弊害というか、結構拗れたいい歳の大人になってしまってます。
拒否権がない。どういうことなのってなるんだろうか。普通って拒否権があるのが当たり前なのか。そこがわからないままなんです。親とかに対して「やだ」とか「やりたくない」って言える。それが普通なのか……?そこがわかってません。それを踏まえて読んでいただければと思います。
私は実家で、拒否権と決定権がない状態で育ちました。その割に放任主義みたいなところがあり、ほったらかしの部分も多かったです。縛りの強い放置。そういう、なんといえばいいかわからない感じの環境でした。
父親は単身赴任で基本は県外にいて、週末だけ帰ってくる生活が長く続きました。
ほったらかしだった部分として挙げられるのが、私の体調不良やケガ。面倒だったんでしょうね。骨折や靭帯の損傷でリハビリに行くとき、親は基本とても機嫌が悪いかめんどくさそうでした。「大丈夫?」って聞かれた覚えがありません。
あとは勉強面かな。座学が全く駄目だったので、期待よりも恥って感じが伝わって来てました。ピアノも音大には行けなかったので、もうどうでもいいっていう関心のなさ。その点では自由だったというか放任でした。
このほかの部分では、拒否権と決定権がなかった。
まず"拒否権"がないまま育つとどうなるか。私の場合は、以下のようになりました。
・基本なんでも「はい」「分かった」「大丈夫」…分かってなくても分かった、だいじょばなくても大丈夫
・こちらの予定は確認されず、従うのが当たり前…友達との予定が立てられず、結局遊びに行けないため、交友関係が広がらず遊び方がわからない
・自分で考えることがなくなり、言われるがまま行動するのが当たり前になる
・多少調子が悪くても、体調不良の主張が通らないので何も言わないなど
要するに言いなりです。そんなの拒否すればいいじゃないって、思うかもしれません。こういうのって、多分刷り込みなんだと思います。私の場合、拒否を抑圧され拒否を否定されることはなかった。その代わり、拒否そのものを無視されていました。
無視される。お前の拒否は聞こえない。受け付けない。高校生くらいになってこれを初めてやられた場合、なにクソこらと思うかもしれません。でもこれ、幼稚園の時からです。
幼少期親から無視されると、人間の本能として生きていけないのがわかります。
生きていくためには、従わなければならない。拒否は認められない。命の危険がない限り、拒否権はないんだという刷り込み。その結果、時間はかかったものの基本はなんでも従う人間に育った。育てにくかったと言われましたが、こちらも生きた心地はしなかったです。
そして"決定権"がないまま育つと、どうなるか。私の場合は、以下のようになりました。
・自分の好きなものや、自分に似合うものがわからない
・自由に決定できることへ困惑と恐怖…決定の責任が発生することに対する恐れ
・決定権が当たり前にあるということに対する戸惑い
・誰かと行動するとき「なんでもいい」「そうしよう」と、全部従う…一人で行動するときは、好きなように動く
・誰かいると、途端に何も決められない
何が困るって、服を買うときと髪を切るときが一番困ります。一人で服を買いに行けば、適当に買ってこれる(もれなくダサい)。でも同居人と服を買いに行くと、なにを買っていいかわからない。ズボンのサイズさえ分からなくなります。分かってるのにわからなくなる。
髪を切るっていうのも、ものすごいハードルの高さです。どうしたいのかがわからない。とにかく短ければなんでもいいって感じで、極端な話坊主でいいです。考えなくていい。でも坊主にしたいって言うと、同居人も髪を切る人も「それはやめとこう」ってなるので、じゃあ好きにしてくれ……となるわけです。
無責任かもしれませんが、なにが似合うかわからない。決められない。髪を染めるっていうのも、考えたことがないです。
こんな感じで、拒否権と決定権を奪って子どもを育てると、口数の少ない化け物を錬成してしまいます。発達持ちのお子さんを育てている方や発達持ちの人と暮らしている方、面倒かと思いますが拒否権と決定権は奪わないであげてください。私のような大人になりかねません。
今回は、この辺で。
猛者の皆さんに、1つでもいいことが多くありますように。
明日も朗らかに晴れますように。
みほし ゆうせい
私のバケモノポイントとして、わからないか聞かれたときは「わかる(わからん)」と答え、結構後になって「あれわからんかった」と今更なタイミングで言い始めます。分からないと口にすることに対して、見捨てられるかもしれないという考えが先行するのです。
それから何か決めるとき「好きなの選んでいいよ」と言われると選べないくせに、「これとこれどっちにする?」と聞かれたときまぁまぁ関係ないものを持ってくることもあります。空気読めないし、今それはいらないかなってものを、真顔で持ってくる。ちょっと時間を置くと、自分でも「いらねぇ」「なんでさっきこれ持ってきたんや」と訳が分からなくなる。正しいタイミングで、適切なものを自力で選べなくなるのです。
評価などいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!




