表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みほしと寄り道、散歩道ー療育に行けなかった発達障害持ちの生きざまと伝えたいこと  作者: みほし ゆうせい
発達関連

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/13

発達障害判明で分かったこと

発達障害が判明するまでと、判明してからの人間の見え方は、あまりにも違ってた。発達当事者が診断を受けて、周囲の人の内面や本音に触れたときの、発達当事者目線が感じたことを書いてます。

 こんにちは、みほしです!見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、麦茶どうぞ!「発達障害がありました」って分かった後の話をします。分かってからの方が、世界が鮮明に見えるようになってきたような感覚でした。良くも悪くも、人間ってこうなのかって思ったのはこの時期です。


 21歳で発達障害が判明。職場に報告しなければならないのかという壁が、最初に出てきました。結論から言えば、言わなくてもいいです。あの当時、職場でかなりひどくいじめられていました。職場に報告したのは、薬を服用している重度の鬱と自律神経失調症です。


 発達障害がわかって、ようやく自分が何者なのかが分かった感じがしました。アスペだと知って、世界が晴れたのを覚えてます。障害だったのかと、ようやく自分の中でなにかがストンとハマって納まった。そんな感じ。診断を聞いた日は、よく晴れた青空に白い雲がもくもくと泳いでました。


 障害が原因で鬱になった。10歳か11歳で診断が下りた自律神経失調症と過敏性腸症候群はの根源には、発達障害があった。その事実を得たのは、大きかったです。あのときからもう、心のどこかは限界だった。そういうことだったんです。


 検査を受けたことは親に言っていましたが、結果は聞かれませんでした。でも診断内容は伝えました。伏せる意味がないからです。なんで遠慮しなきゃいけなかったんだろうって、診断が下りてすぐに思いました。


「アスペルガー症候群やったって。発達障害で、治らんらしい。よく普通学級でやってこれたねって、先生は言いよったよ」


 親はなにも言いませんでした。何も言わないだろうなと思ってたので、絶望も失望もなかったです。何も言わなかった。この事実しか、あのときはありませんでした。


 数日後、家にいると親から呼ばれて座らされ、そういう障害の本を読んだと聞かされました。「こういうのは誰にだってある。親の私にもある。大げさにするな」とのこと。

 誰にだってあるなら、全員発達やね。でもみんなそうじゃないね。生活に障るから、健康な生活を送ることができない事態を招く可能性があるから、障害なんです。個性で片付けるのは、暴力にもほどがある。


 私は何も言わないまま、座っていました。まだ鬱がかなり重かった時期です。言い返す気力ありません。

 ただ何も言わずに目の前で座る私に、親はイラっと来たのかもしれません。

「あんたのことは、ずっとおかしいと思ってた。すごく育てにくかった。ずっと否定されてきたのに、まだ迷惑をかけて否定してくるのか」

 そう言いました。これがおそらく腹の底に蓄えていた親の本音。おかしいと思いながら、育てにくいと思いながら、そのままにしていたということになります。


 発達にまつわる検査機関は、徒歩圏内にあったのに。行かなかった。普通の子どもを望み、普通を刷り込み続けた結果、育てにくかったということなんだと思います。


 普通を刷り込んだところで、刷り込めるわけもなく。結局失敗に終わって、精神的に病んで、根源に障害があることが分かった。それがどうしても認められない。


 親として認めたくなかったのか、一族から障害者が出るのが許せなかったのか。それは今でもわかりません。


 ただ、親からその話があったあと通院で精神科に行くと、主治医から母と叔母がここに来たと話がありました。誤診じゃないかと主治医を詰めたのです。主治医は今までの経緯を懇切丁寧に説明すると、鼻息を荒くしていた2人がだんだん静かになって、最後は何も言わずに帰って行ったと言っていました。

 恥ずかしかったです。私を否定してもいいけど、私に関わってくれた人に迷惑をかけるのは、ただの迷惑行為だと思い、主治医に謝罪。気にしなくていいと言ってくれましたが、今も申し訳なかったなと思ってます。


 今一緒に住んでいる同居人にも、発達障害の判明はすぐに伝えました。同居人は、なんて言えばいいか、良くも悪くもおおざっぱでいい加減。そこにかなり救われてきたました。

「へー。みほしはみほしじゃない?今まで通りでいいよ」

 こんな感じのことを言われた気がします。だいぶ昔の話なので、うる覚えです。

 否定はされず、そのままでいいと言ってくれたのは、よく覚えています。


 職場で一緒に働いてお世話になっている人にだけ、発達だったと伝えました。そうしたら「えぇー!こっちにはかかわらないで、関係ないからね」と笑顔で言われました。昨日まで仲良くやろうねって言ってた人がこれです。それ以降は、言うまでもなくよそよそしくなり、おそらく他の人にも広めました。職場で信頼している人にも、発達のことは話すとアウト。


 ちなみに当時のピアノの先生にも言いましたが、「そういう人って最近多いよね。心の風邪みたいな」って言ってた気がします。「そうですね」と答えました。


 発達障害判明で分かったこと。自分のことはもちろんですが、他人の本音みたいなものがはっきりと見えたことが多かったように思います。中でも、その人の本性とか、障害に対する認知の仕方、印象なんかは、かなりダイレクトに伝わってきたような気がします。


 発達だとわかってからは、積極的に場になじもうとか、好かれようと思わなくなりました。そうするのが、自他共に負担が少ないからです。


 発達の方。こういう経緯をたどった人も、おそらくいるはずです。親から理解されない。分かってても辛かった人もいたかもしれない。親子関係で、今悩んでいる人もいると思います。親ってね、他人なんです。血がつながってるだけの他人。私はそう思ってます。


 発達の人と一緒に暮らす方。特に親御さん。この経緯を見ても、普通を刷り込もうとする人はおそらくいないと思います。思いたい。親子関係はどんなタイミングでもなんとかなると思ってると、それは大間違いです。良好な関係であり続けるためには、やはり療育に行くのがベスト。世間は発達障害に対して、ひたすらに厳しいです。


 暗い話になってしまって申し訳ないです。今回はこの辺で。

 猛者の皆さんに、1つでもいいことが多くありますように。

 明日も朗らかに晴れますように。


 みほし ゆうせい


あくまでも一例です。そのため、みんながみんなこうとは限らない。でも、これが一例として起きる可能性がある。それを知ってほしかった。私は恵まれてるのかもしれません。こうやっていろんな人のいろんな考え方を、グロテスクに感じることができる環境だったのだから。この経験は、必ずどこかで糧になる。強みになる。でも、願わくば他の人にはこんな経験してほしくない。

だって、つらいから。辛い思いをする人が、一人でも減る世の中になってほしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ