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みほしは親を恨んでいるのか

発達持ちで鬱拗らせの私は、親に対してどんな感情を持っているのかを書いてます。

 こんにちは、みほしです。見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、お茶どうぞ。私は発達持ちで、親は薄々それに勘付いていたものの、療育にはいかず病院にも連れて行くことなく私を育てました。その結果、発達障害由来の二次障害を発症。鬱と自律神経失調症、過敏性腸症候群などと人生を並走中です。


 このエッセイで、私は自分の家族関係について「現在決して良好ではない」と捉えられる可能性があることを漂わせることを書いてきたかと思います。良好ではない。それはそうですが、口をきかないほどではありません。親とはラインをやります。年に何回かですが、大人の親子ってそんなもんじゃないかと思ってる。


 親の愛情は、きっとあったんだと思います。


 子どもの頃、平日のほとんどは習い事に行ってました。LDで字が泳いでいたこともあり、読める字じゃないとと習字に通ってた。


 母親の影響でピアノにも長く通いました。17年間、同じ教室に通った。音大に行けるだけの実力がないとなって以降は、私のピアノから興味を失くしましたが、それでも教室には通わせてくれてた。


 そのほかにも、水泳や英語などにも通ってました。ピアノ以外は中学校に進学するときに辞めましたが、小学校の6年間はかなりびっしりと習い事に行ってた記憶があります。


 中学に上がったら、部活の試合を見に来てくれてました。褒められはしなかったし、先輩や同級生と比較されて「何しに来たんや」と思うこともあった。思春期だったのもあります。


 専門学校の中退も許してくれて、その後短大に進学。教職の免許も取れた。車の免許も取らせてくれた。


 愛情がなかったわけじゃないと思うんです。これだけお金と手間をかけてくれてた。ありがたいことです。頭が上がらない。


 でも、本当に向き合ってほしかった部分は、見ようとはしなかったです。ほかの子と明らかに違う。字が汚い。音読ができない。丸暗記は同じような点しか取れず、算数はめちゃくちゃ。友達が数えるほどしかおらず、休日友達と遊ぶことはない。同じようなものしか食べず、幼い頃は癇癪持ちだった。


 就職して、一度だけ仕事を辞めたいと話したことがありました。多汗があまりにもひどくなってきたころです。いじめられていたことは言えませんでした。自分で決めた就職先なので、責任があったためです。自分で選んだのにやめるなんて、許されなかった。でも、やめないと持たないとわかってしまう。ダメもとで話をしました。


「せっかく正規雇用で仕事が決まったんにやめる? もったいない。何考えてるん」

 あの頃就職先が選べなかったような時代です。正規雇用は強い。フリーになった今だからこそ、この言葉の意味がよくわかります。正規雇用程安定しているものはない。


 でも。見てほしかったのは、そこじゃなかった。世間の目。仕事。そりゃ大事です。それは分かってた。親にも見栄がある。あれだけ手間暇をかけて育てたのに、ニートにはさせたくない。近所の人の目もある。

 プレッシャーもあったと思います。親戚はみんな頭がよくて、しっかりした大学に行っている。私だけが目に見えた劣等生になるのが、どうしても許せなかったのかもしれません。


 その結果、私は倒れ、触れず目を背け封じてきた"普通じゃない"原因を、子ども自身が突き止めてしまった。

 発達障害だった。『障害』。違和感の正体は、治らないものでした。

 鬱や自律神経失調症は、おそらくそこまで衝撃は強くなかったと思います。薬もあるし、比べるものの対象が発達障害だったからです。


 親は、障害に否定的でした。

 一番向き合ってほしかった部分には、向き合ってもらえなかった。これが昔の私が持った気持ち。希望は持ってなかった。現実だけで、腹いっぱいでした。


 多分私たち親子は、一番大事なところで足並みがそろわなかったんだと思います。


 ・やっちゃいけないことを、やっちゃいけない場面でやった

 ・見てほしかった大事な場面を見なかった

 ・「大事な部分」が違ってた


 これに加えて、些細な傷が積み重なった結果、私は実家から出て今に至るんだと思います。誰かだけが決定的に悪かったわけじゃない。時代もあったし、そのときの常識だとか、知識や認識の差もあった。だから誰も悪くない。そして、誰かだけが犠牲者になったわけでもない。


 私は親を恨んでいるのか。

 思春期、勉強面の限界を理解してもらえず、そのとき一瞬だけ恨みました。健常者の当たり前なんて、到底こなせないからです。それでも普通を求められた。コノヤロウと思ったのは事実です。


 でも思春期以降は、恨みはしてなかった。ただ、「この人たちとは、根本的な部分が合わないかもしれない」とは思ってました。違和感というやつです。親子ならそんなものが湧くわけがないってわけではない。親子は別個の人間であり、血がつながった他人です。


 だからこそ、相手のことを敬わねばならない。ゼロ距離だからなんでも言っていい、子どもは親の言うことを聞くもんだ、みたいな先入観が邪魔になってしまう認識の一種かもしれないなと思います。


 今回は、この辺で。

 猛者の皆さんに、1つでも多くいいことがありますように。

 明日も朗らかに晴れますように。


 みほし ゆうせい


親子関係って難しい。これはおそらく健常者も感じることだと思います。親子関係も、大きなくくりでは人間関係です。一筋縄ではいかない。親子だから許される部分は、きっとある。でも親子だからこそゆすれないこともあるし、親子だったらなにをやってもいいってわけでもありません。その部分は気をつけなきゃならないなと思います。

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