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野生のアスペ×鬱etcは生きづらいー療育に行けなかった発達持ちが伝えたいこと  作者: みほし ゆうせい
メンタルのこと―鬱・自律神経ー

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精神疾患を経験して得たもの

鬱や自律神経失調症は、絶対的に負のみしか残さないのか、得られないのか。私個人としては、そうではないなと思ってます。たしかにきつい。やらんならやらん方がいい。無縁ならそれに越したことはないです。でも、経験したからこそ得られたものは、結構あります。


 こんにちは、みほしです。見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、お茶どうぞ!鬱とか自律神経失調症って、経験しなくていいならそれに越したことはありません。でも、経験したからこそ得たものもあるなと、個人的には思います。


 私の場合、たしか11歳くらいで自律神経失調症の診断が出ました。治療はかなわず、そのまま放置したままメンタルの不調をずっと抱え続けて学生時代を過ごし、21歳で重度の鬱の診断が出ています。両方とも完治せず、現在は薬を飲んでいないのでメンタルの波をサーフィンしながら日々原稿と小説を執筆中です。

 字を書くこととピアノを弾くことで、ある程度メンタルを正常の範囲に留めています。でも万能ではないので、本当に調子が悪いときは全く書けません。泥みたいになってます。


 鬱と自律神経失調症は、縁がないに越したことはありません。でも昨今の世の中は、人間関係に悩む人が多く、鬱になる人も決して珍しくありません。年齢を重ねると、自律神経の調子が不安定になる人も増えやすくなります。


 自律神経失調症は人生の大半を共にし、鬱ももうそれなりの年数の付き合い。だからこそなのか、鬱も自律神経失調症も、全部が全部悪くないのかもしれないなって境地です。


 鬱や自律神経失調症を経験して得たかなと思うものは、以下の点になります。


 ・歳をとってみんなが悩むようなことを、子どもや若いうちに経験済み…孤独感・無理解など

 ・メンタルの不調に対する耐性がある程度つくので、自分なりの乗り越え方が身に着く

 ・人間の本質を見て触れることが多かったので、ある程度の裏切りは想定内

 ・公募原稿が進む(私の話し)

 ・鬱の辛さに寄り添える


 同年代の人の愚痴とか悩みとか聞いてると、「その悩み(不満)は、だいぶ前に感じて乗り越えたなぁ」ってことが割とあります。だからと言って、そんなことで悩んでるの?って感じの言葉は絶対言いません。真顔で「そうなんやね」「大変やね」って感じの返しをしてます。

 経験済みならアドバイスしろよと思う人がいるかもしれませんが、絶対しません。自前の小説で登場人物が言っていますが、人生は経験です。経験しないと視野が広がらず、そこから前に進まない。特にアドバイスを求められているわけではないなら、相手に必要なのはおそらく共感。答えは自分で見つけるのが最良かと思います。


 それから、メンタルの不調に対する耐性ですね。私は実家にいたころ、親の更年期で結構な八つ当たりみたいなものを受けてきました。

 親自身は、おそらく自覚はなかったんだと思います。その日の体調でずっと寝てたり、八つ当たりみたいなことを言われたり。気に入らなければ無視みたいな感じのことも、なかったわけじゃありません。

 私はメンタルの波を子どものころから乗り切っていた経験があるので、親のそういう日頃の行動や言動に対しても、「そういう気分なんやろ」くらいにしか思わず、深入りしようともしませんでした。精神的に調子が悪いんだろうなという想像ができたので、寄り添わないにしても自分が傷つきもしなかった。


 それから、これは主に鬱ですが、鬱を患ってて薬を飲んでるといったときの他人の表情や言動。おおよそその人の本性だろうなと思えるようなものに、たくさん触れてきました。これは多分発達をカミングアウトしたときも触れたことがあるものなので、相手の本質や障害や病気に対する偏見なんかに触れる機会が、人よりも多かったのかもしれません。


 なにより鬱と生きててよかったなと思うのが、鬱で苦しむ人に寄り添えること。それから、相手に「つらかったね」と隣に座れる立場でいられること。これが一番大きいと思います。鬱は患わないとわからない。理解されない。

 私はかけてほしい言葉をかけてもらえなかった。だから今泣いてる人の隣に座って、人の気持ちがわからないけど、今欲しいであろう言葉をかけられる。これは私の財産です。

 私は、私みたいな人生を歩む人が一人でも減ればいいと思っています。理解されない、ずっと一人で誰を頼っていいかわからない、敵だらけの中で踏ん張って潰れる。これは非常に心が辛く、体を壊す。私はこれを経験したからこそ、今崩れそうな人を支えたい。

 鬱は、私の心身に多大な傷を作り、それと引き換えに、誰かに寄り添いたいと思える気持ちを芽生えさせ、育むきっかけになったのかもしれません。だから、鬱の経験は無駄ではないと思ってます。


 今鬱や自律神経失調症できつい方。孤独で泣きそうな方。まずここに、鬱と自律神経失調症と長らく生きている人間がいることを知ってください。一人じゃないです。いつでもここに来てください。大丈夫、私はあなたの味方です。


 今回は、この辺で。

 猛者の皆さんに、1つでもいいことが起きますように。

 明日も朗らかに晴れますように。


 みほし ゆうせい


鬱や自律神経失調症を経験したからこそ、見えるものがあります。他の人がしていない経験だからこそ、今辛い人に寄り添いたい。この思いはずっと持ってて、ネットだから、文字だから寄り掛かれるという人もきっといるはずです。辛いときは、いつでも来てください。私はいつでもここにいます。


評価などいただけると嬉しいです。

次回は、信用と信頼の違いについて書いたものを公開します。

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