グレーゾーンに思うこと
発達障害の検査を受けたけど、診断が出なかった。いわゆる「グレーゾーン」の人はかなりいると思います。発達持ちの私から見たグレーゾーンに思うことを書きました。
こんにちは、みほしです。見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、お茶どうぞ!私はゴリゴリの発達で、既に診断が出てます。前職は教育関係で、いろんな子を見てきました。そこで見た、グレーゾーンに思うことを書いていきます。
グレーゾーンってどんなものなのか。まずはそこを解説します。
・発達障害のなんらかの特性は当てはまるものの、基準に届いていない
・テストなどで挙げられている項目の複数が、発達特性の特徴が届いていない
・なんらかの特性はあるので、健常者のようにスムーズに生活しにくい
・学校生活や社会生活で困難はあるものの、支援にはつながらないことが多い
・困難はあるけど、発達障害当事者程の困難には見舞われないこともある
・グレーゾーンの人の多くは、なんらかの生きにくさややりにくさを自覚している
グレーゾーンは、発達特性があるものの発達障害には届かない状態。健常者の枠組みに収めきるにはしんどく、発達障害の基準は満たしていません。そのため、診断はつかない。医学のくくりでは、おそらく健常者の扱いになるはずです。
グレーゾーンの診断。人によって捉え方に差が出ます。
お子さんが検査受けてグレーだった場合、親御さんはどう思うのか。おそらく多くの親御さんは、「よかった、発達障害じゃない」と胸をなでおろすのではないかと思います。
では、発達診断が出ている私から見た場合。本当に申し訳ないと思いますが、正直言って「かわいそうだな」と思います。
では、グレーゾーンの何がかわいそうなのか。
まず健常者と同じ扱いになるという時点で、生活や仕事で求められるハードルが高いです。グレーゾーンの人は、発達の人よりも特性は薄いことが多い。でも、特性そのものは持ってます。そのため、スケジュール管理が甘かったり、忘れ物が多い、周囲とのいざこざが絶えないなどのことが起きやすいです。
自己認識にも差が出ることがあります。
発達の診断が出ている場合、自分自身で幅広い意味で諦めとか納得ができます。普通の人ではなかった。それが証明された場合、そこで立ち止まっていても仕方がないので、どうすべきかを考え対処する人が多いです。周囲の人からの視線が刺さるような場面でも、理解されない原因が自分にある可能性を加味して、行動を振り返る人も多くいます。
しかしグレーゾーンの場合、診断が出ていないので自分は健常者なんだと信じたい。でも健常者のようにはいかない。そして、周囲の人がグレーゾーンに対する理解を示さず、健常者と同じクオリティを求めてくる。
健常者から見た視線も、差が出ます。
発達の場合、色々な意味で健常者との隔たりができます。健常者サイドの人もいろんな人がいて、一定の理解を示す人がいる一方で「気持ち悪い」「怖い」「役立たず」と認識する人も多く、そういった人からのいじめを受けやすいです。しかし、こういう負の感情を持つ相手は、「障害者だから」という色メガネをかけているためか、できていない部分を揶揄しつつ諦めてくれることもあります。
非常に悔しいですが、「障害者だから仕方ない」という言葉で片付くことが、世の中には存在しているのです。発達障害とわかった瞬間、こちらを見る目があからさまに変わる人もいます。
グレーゾーンの人には、これが一切通用しない。妥協してもらえないんです。障害という色メガネ越しで見られないものの、健常者の普通を当たり前にこなせると思われているので、できていない部分が浮き、いじめっ子から目をつけられやすいです。
グレーゾーンは障害者の扱いにはなりません。それを、家族や当事者がどうとらえるか。捉え方次第ではグレーゾーンでよかったとなるのかもしれないし、診断が出た方がよかったと思うかもしれない。生活の中でどうしても困ったことが起きた場合、専門機関を受診して相談してみたくださいね。
発達グレーの方。自分の適性を理解して対策を練る、家族などの身近にいる人の理解を得るっていうのが重要になってくるのかなと思います。生きにくさ、困難さを感じている場合は、我慢せずに専門機関を受診してみてくださいね。
今回は、この辺で。
猛者の皆さんに、1つでもいいことがありますように。
明日も朗らかに晴れますように。
みほし ゆうせい
グレーゾーンだからこそ感じる困難や苦しみは、おそらくある。これは、健常者にも発達持ちにも感じることができない、独特のものなのかもしれません。だからこそ、なんらかの困難を感じた場合は、一人で背負い込まずに周囲にSOSを出すべきだと私は思います。
評価などいただけると嬉しいです!
思うことは人それぞれあります。あくまでも一つの意見としてとらえていただけると幸いです。




