↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
156/216

「やらない」の裏に隠れてる言葉や心理とは

当事者、いろんなことにしり込みしやすい面が多く、私もすぐ「やらない」って言います。あれはなんでなんかって部分を掘り下げます!

 発達持ち、誘っても縦に首を折らないことが結構多いです。私ももれなくこれで、特に初めてのこととか慣れてないことをするときは、すぐ横に首振ります。もれなく「やらない」って言います(やれ)!


 これって子どもの頃からこうで、幼稚園とか小学校低学年のときなんか、「じゃあやってみましょう」って機会が結構あります。やらないです。なんでやらんのか。理由はおそらく以下のものがあります。


 ・手順を忘れた…口頭指導だったため

 ・できる自信がない…既に失敗体験だらけでできたためしがない

 ・今そのタイミングじゃない…勝手な自己判断

 ・とっさに言われて心の準備ができていない


 私の場合、"興味"と"やってみたい気持ち"は直結してません。興味があるからやってみたいっていう風には、あまりならないのです。


 そして、自分が興味のないことはやろうと思わない。幼稚園であればみんなでやるお絵描き、小学生であればレクリエーションなどの集団遊び、中学生であれば模写や複雑な工作など。こういうものに対してとにかく消極的でした。


 向こうからの提案でなにかやるという場合、相手に対する絶大な信頼を持っている、もしくは強い信頼関係が構築できていることが前提になります。


 そのため、4月の新しいクラスや入学直後は、先生との信頼関係がゼロ。小学校低学年の内は、先生からの「やってみましょう」なんて聞かなかったです。理由は簡単。「やりたくねぇ」。


 じゃあなんでこの「やりたくねぇ」と「やらない」になるのか。


 幼少期の場合、「なんでよくわからん相手の話を、こっちが聞き入れないかんのか」って気持ち。私は幼少期からしっかりひねくれてたので、信頼関係ができてないということは聞かなかったです。先生だからお話を聞きましょうっていうのはなく、母ちゃん以外の大人は話が通じない同じ言葉を発する大きな人間でした。


 小学校高学年になってくると、この屁理屈に思春期の照れと反抗が加わる。拗れ始めます。先生からの指示は一応聞くし、指示に従って動いてやらなきゃいけないことはこなすようになります。でも内心「なんでやらないかんの」と反抗してます。言わんけど。


 高校生以降になると、やらなきゃいけないことはこなすようになる。でも信頼関係が出来てる人がいるのといないのでは、心理的にかかる重圧に相当な差が出る。そうなると、取り組んでいることや仕事の出来栄えにかなりの差ができることもありました。


 そしてフリーライターになった現在。一人仕事です。メールなどでくる仕事は、読めば理解できる。クライアントとの信頼関係なんかはあまり関係なく、食っていくために書いてる部分はあります。自分の中にある最低限のハードルは、どんな仕事でもクリアする水準のものを提出し、修正などもあまりありません。


 ただ信頼関係がある方が、恐らく内容はいいものが出来てるのかもしれないなと思います。無自覚です。仕事なので、どの仕事にも同じくらいの熱量で取り組みます。


 でも、たまに上からくる相手を引いてしまった場合「やりたくねえな」と思いながら働いてる。相手に聞こえないことをいいことに、「うるせえな」くらい言ってます。


 交友関係の方がそれは顕著で、長いこと同じ家に住んでる同居人にも平気で「やらない」「行かない」は言ってる。これは信頼関係ができているからできる、自己主張としての拒否です。普通にやりたくねぇから拒否してます。


 では、信頼関係が薄い相手、できていない相手に対してはどうなのか。拒否していいものであれば、「やらないです」って言ってる。……言っちゃってるっ!


 そのときの心理は、以下の通りです。


【相手が何かやってるのを、見ている場面】

 1.みほし(わー、できそう)…このときおそらくガン見。そして表情も悪くない

 2.相手「じゃあやってみようか」…じっと見てるし興味あるならって心理だと思う

 3.みほし「やらないです」…今見てるから、やるやらないの話はしてないし、まだ見てたい。特にやりたいわけじゃないからっていう心理


 割と多いです。大人なので「やってるのを見てたい。上手。すごい」みたいなことを言いながら相手の作業を見てます。やらなきゃいけないことじゃなくて、あみものとかの趣味のものですね! "やりたくないから拒否"ではなく、"今見てたいから見させて"って気持ちです。


 なにかやらせたいときは、「やってみたい」って言い始めるか、勝手にやってるのをほったらかしにしとくに限ります。

 魚釣りと似てるかもしれない。餌を巻き、食いつくのを待つ。少なくとも私は、信頼感駅が出来上がっていることを前提に、魚のようにして吊り上げられて作業に取り組んでいた部分はあります。


 今回は、この辺。

 猛者の皆さんに、1つでも多くいいことがありますように。

 明日も朗らかに晴れますように。


 みほし ゆうせい


「やってみようかな」と踏み出すためには、成功体験の多さだけでなく、信頼関係を構築できている人の有無も重要になります。私のように一人仕事をしているケースであれば、信じるのは基本己のみです。融通が利き働きやすい反面、気持ちを共有する相手がゼロなのでたまにわけわからなくなってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。