どうやって分離不安が軽減した?
病院受診なしで母子分離不安を乗り切った私ですが、どのような経緯で分離不安を乗り切ったのかをまとめました。病院に行かなくても分離不安は解消できる! なんて話はしてません。おかしいと思ったら専門医を受診してください。親子共々疲弊します。
こんにちは、みほしです。見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、お茶どうぞ。私はゴリゴリに母子分離不安を経験しながら成長し、幼稚園のときはぶり返しも経験しました。どうやって分離不安が軽減し、離脱したかを振り返ります。個人差が大きい分野ですが、私の場合専門機関受診なしです。とても長かった。
私はよく泣く子どもでした。
赤ちゃんのときは地面に置けば泣き、母ちゃんの姿が見えなくなれば泣き、父ちゃんと同居のばあちゃんに人見知りして泣き。幼稚園入園後は1年泣いて、年長では登園拒否。小学校進学後は、友達ができるまでのおおよそ1学期間母ちゃんが学校まで歩いて引率してくれてました。
小学校1年生って、いろんな壁があります。その中に分離不安も含まれる。無視できない問題です。私が子どもの頃、分離不安は知的障害などの明らかな障害がない限り甘えと受け取られていました。適切な医療や施設につなげる動きも、今ほど活発ではない。発達障害そのものが知られていない時代だった。
私の母子分離不安は、中学生になるまで続きました。
小学校入学後の登下校は慣れたものの、遠足に行く前は不安で仕方なく、行った先で置いて帰られるんじゃないかと思ってました。これには理由があり、家族で出かけたとき私がぐずぐずしていると「置いて帰る」と言われていたことがトラウマになっていたんだと思います。
宿泊訓練や修学旅行なんかは、気持ちとしては死にに行くようなもの。母ちゃんと今生の別れになるかもしれないという気でいました。だって置いて帰られるかもしれないから。んなことやったら大問題になるけど、あの当時は本気でそう思ってた。トラウマとはそういうものです。
こんな具合だったので、友達の家に泊まりに行くことはおろか、隣の市に住む祖父母の家に泊まることさえできないまま中学生になりました。
なんでここまで分離不安が粘着質なものになったのか。振り返ってみると、理由はいくつかあるように思います。
・下のきょうだいの誕生…母ちゃん取られる(死活問題)
・母ちゃんが居ないと生きていけないと思える環境だった…結局母ちゃんしか味方になってくれない、最後まで付き合ってくれるのが母ちゃんだった
・自分が家に居ない間に、母ちゃんがどっか行っちゃうかもしれない問題…一度だけタイミング悪く母ちゃんが買い物行ってる間に帰宅して号泣(小1・秋)
・同級生から馬鹿にされたとき、守ってくれるのが母ちゃんだけだった
大方こんな感じかなと思うけど、他にもあったのかもしれません。ただ母との関係がずっと良好だったかというと、そういうわけでもない。今は実家を出たので、距離があるからこうやって振り返り、たまに連絡のやり取りもしています。人間関係って、親子間でも難しい。親子だからこそ難しい部分もある。
私は母ちゃんに対してゴリゴリに依存してましたが、母ちゃんはそらもう迷惑そうな顔をしてました。いつまでべったりなんやっていうのが、年齢を重ねるごとに伝わる伝わる! じゃあ母ちゃんから卒業しますってなれないのが、分離不安が拗れてしまったときの怖い所です。離れるのが不安で仕方ない。
家の中でもそう。自分の部屋を持ってなかったのも、多分大きかったんだと思います。ずっと畳の部屋で母ちゃんが視界に入る場所で遊んでました。外に出て嫌な思いをするくらいなら、家で母ちゃんが視界に入る場所でゲームやってたかった。
マザコンではないんです。ママ大好きってわけじゃない。いないと不安なんです。酸素がないと人間は死にます。酸素が好きだから吸うんじゃなくて、生きて行くために酸素を吸う。それとおんなじ感じ。
このどうしようもない母子分離不安を引きずったまま中学に上がり、じんわり芽生え始めたのが思春期による"母ちゃんうっとうしい"って感情。こいつのお陰でようやく母ちゃん離れができ始めた。
といっても、バンバン外に遊びに行くようになったわけじゃなくて、一人で別の部屋に行けるようになった程度。一人で別室で過ごせるようになったんですね。これである程度の分離はできるようになりました。
しかしこの後母ちゃんの更年期なんかが酷くなり、今度は母ちゃんが私から離れられないような状況になりやすい時期に突入。結局実家を出るまで、私たち親子はなんだかんだ同じ空間に身を置くことが多く、お互いが視界に入っていました。
夜中母ちゃんが急変したときや家で倒れたときの対処は、私一人でこなした経緯も、きっと母ちゃんが私に一時期一瞬でも依存した理由だと思います。
母子分離不安は、成長過程で解消できる。これが私の経験です。しかし、絶対に成長に伴い分離が成功するとは限りません。そして、適切に専門機関を受診し、助言を受けることで、ここまで分離不安を長々引きずらずに済む可能性も高い。
相互依存にならないためにも、親子の未来をより明るく自立したものにするためにも、母子分離不安の期間が数週間から1か月ほどひどく続く場合は専門機関を受診してみてください。私はこのエッセイを読んでくれている方の未来が、少しでも明るくなるよう願っています。
そのため、積極的に療育を勧め、専門機関受診も随所で書いている。外部を頼り、抱え込まないようにしてくださいね。母子分離不安、絶対しんどいはず。母親側がしんどいのは当たり前ですが、分離に不安を感じる当事者も常に不安を抱えながらの成長になります。おかしい、しんどいと思ったら、迷わず受診してください。未来は決して暗くないはずです。
今回は、この辺で。
猛者の皆さんに、1つでも多くいいことがありますように。
明日も朗らかに晴れますように。
みほし ゆうせい
分離不安が強いと、子は親に依存し、親は一人の時間が持てません。風呂もトイレも一人に慣れないかもしれない。そうなると、いくら我が子であっても鬱陶しいと感じるのはおかしな感情ではありません。虐待なんてしたくてする親はいないと信じてます。でも、親も人間である以上必ず限界は来る。最悪の事態を招かないためにも、限界が来る前に外部を頼ってください。
評価などいただけると嬉しいです。
分離不安は、当事者もかなりしんどい思いをします。粘着質なものにしないためにも、早めに手を打つのが吉です。




