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大げさに褒める効果はあるのか

発達持ちだからこそ、自己肯定感を高めて自信を持ってほしい。そう願う親御さんやかかわりを持つ方は、非常に多いと思います。発達持ちの中にもいろいろな種類があって、中でも私のような知的な遅れがない発達持ちだと、あまりにも大げさに褒めてしまうと褒めることの意味がなくなってしまう可能性があります。


 こんにちは、みほしです!見に来てくれて、ありがとうございます。おかえりなさい、お茶どうぞ。私は療育に行っていないまま学生時代を過ごし、大人になった類の発達です。担任になった教師からは相当扱いにくい印象を持たれていたと思うし、いろんな接し方をされてきました。


 私が子どもの頃、発達障害は稀というかメジャーではないものというか。今のようにメディアが取り上げ、こういうものがあるんだなという世間の認識は全くない状態でした。

 その代わりに流通していた言葉が、"個性的"と"天然"です。通知表には、もれなく毎年書かれていました。要するに、"わけのわからん"、"飛んでるやつ"です。


 この"わけのわからん、飛んでるやつ"ですが、クラスにいる以上ほったらかすわけにはいかないのが、担任の悲しき性。仕事といえばそうですが、めんどくさい奴なんていない方がいいに決まってるじゃないですか。


 当時、発達障害の子に対してどうすべきなのかという議論とかが、教員たちの間であったのかは知る由もありません。グレーゾーンの存在さえなかったのかもしれない。だからこそみんな手探りで、私のような"わけわからん、飛んでるやつ"への対処方法も一貫していなかった。

 そのため、私はいろいろな担任を見てきて、接し方を学ぶことが出来ました。粗削りではあったものの、学生時代に「大人を見る」とこを覚えたのかもしれません。


 いろんな担任がいました。


 褒める人、叱る人、厳しい人、優しい人……。さすがに無視する人はいませんでしたが、時代も相まって手を挙げる人もいました。別に手を挙げることに関しては、私はなんとも思わなかったです。

 悪いことをして口で言っても通用しないなら、バシッと一発あってもおかしくない。叩かれても仕方ないし、叩いて気づくならそれに越したことはないと思ってました。私はこの通りのとんちんかんなので、しっかり叩かれてた。でも仕方がない。だって叩かれるような悪いことをしたんだし。こんな考えです。


 褒めて伸ばそうとしてくれた先生は、そりゃもう大好きでした。優しい人は大好きです。自然な感じで褒めてくれる先生は、すごく好きだった。だから先生を困らせたくなかったし、先生の期待に応えたいとも思って、その先生のために頑張ってました。


 ただこの"褒める"っていうの、芝居がかった大げさな褒め方をする人もいますね。ちょっとしたことなのに「うわー! できてるね、すごいすごい!」みたいな。初めて歩いた赤ちゃんを褒めるような、でっかい声で全員に伝わるように褒める人。

 あれは教育方針なのだろうか。今となっては分かりません。


 私は給食が食べられない子どもで、いつもおかず半分、ごはんも半分くらいを食べるミッションをこなしていました。

 幼稚園の給食と小学校の給食は、味が違います。そりゃそうです。幼稚園は私立で、小学校は公立。幼稚園はエスカレーターで中学か高校まで行けるため、敷地内で給食を作っており、給食室まで取りに行ってました。小学校も学校で給食を作ってましたが、作る人が違うので味も違ってる。


 味の違いがあったため、小学校の給食になじみきれず、かなり時間をかけて半量まで食べられるようになりました。こういう情報は、おそらく進級の際新しい担任に引き継ぎがあるので、学年がひとつ上がって最初の給食のとき大げさに褒められました。


「うわー! 給食半分も食べたのぉ?! すごーい!!」


 その当時、既に小4。そんなすごかないし、むしろ恥。あいつ給食食べれないってみんな知ってる。そして先生、声デカすぎ。舞台の上から言われてるんかと思った。

 ほんと申し訳ないけど、先生の「これくらい褒めとけばいいやろ」っていう気持ちがそのまま全部声と顔に出てました。

 このときですが、「怖。なんやのこの人」と思ったと同時に、「この人にはこう接すればいい」みたいな卑怯な考えも浮かびました。私は性格が終わってるので、なんとなく上辺だけのやり取りが続いて、特になにも得ない1年を過ごしたのを覚えてます。


 発達持ちも普通の人間なので、馬鹿みたいに大げさに褒めない方がいい。調子に乗るんじゃなくて、発達持ちで安全な人間を見極める能力を持っているからこそ、芝居を見抜く。


 例えばゴミを捨てるとき。

 発達持ちがいつもできていない、ゴミをゴミ箱に捨てることをこなした場合、「わー! できたねぇ!!」と大げさに褒める。そうすると、内心「いつもサボってるだけやし、なんやその張り付いた笑顔とでっかい声」と思い、そっと引いて「こいつは信用ならん」と思う。


 変に大げさに褒めない方が、信頼関係の構築はスムーズです。ゴミを捨てた場合、「捨てた?」と問いかけ、できたことを認識する。そしてここで初めて、「捨てれたやん」とできたことを褒める。クソほど褒める必要はありません。これで十分嬉しいし、これくらいが心地いいです。


 大げさに褒める。その効果は、個人差があれど決して効果絶大というわけではない。自信につなげるために褒めちぎって効果があるのは、恐らく幼稚園の年中くらいまでです。


 発達持ちのお子さんを育てている方、関りを持つ方。年齢に応じた褒め方は、非常に重要になります。特に知的な遅れのない発達持ちの場合、知的な遅れがないからこそ、こういう場面は変に冷静であり冷めてます。知的レベルではなく、精神年齢に着目し、実年齢も加味して褒めてあげてください。

 ……難しいと思いますが、大げさすぎないことを念頭に置いて褒めてあげるのがいいと思います。


 今回は、この辺で。

 猛者の皆さんに、1つでもいいことが多く起きますように。

 明日も朗らかに晴れますように。


 みほし ゆうせい


せっかく褒めるなら、発達持ちの自信につなげたい。そう思って接してくれる優しい方がいることは、それはもう幸福なことです。だからこそ、褒め方には少し注意していただきたいと思います。


評価などいただけると嬉しいです。

良好な関係構築や、発達当事者の自信につなげるためにも、性格や特性を一歩引いたところから見てあげることも重要かもしれません。

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