第27話: 組織の影、再び
しびれが先に来て、遅れて古釘の後味が沈んできた。
舌の上で二つの毒が順を守っている。混ざり合うことも争うこともなく、表から芯へと降りていく。
オリヴィアは指を口から離した。
卓には、割れた蝋の欠片が転がっている。外側は白く粉を吹き、内側だけが飴色に灯を透かしていた。
窓の外はまだ青みを残し、卓に落ちる灯りのほうが濃い。使節が王都に入って、六日目の朝だった。
三日目の夜、殿下の器から採った膜を蜜蝋へ沈めた。薬包を封じるための蝋を道具袋に入れていたのが幸いした。生のまま舐めても層までは分からない。舌に触れた途端、二つの毒は渾然と混ざり合ってしまう。三日寝かせて、ようやく境目が現れる。隣国の薬院で老薬師に教わった手だった。
表に銀舌、芯に灰塵。
この城の器に、隣国で見たものと同じ二つの層があった。
派手なほうで目を逸らさせ、地味なほうをその陰から送り込む。メリディアの四件も、書庫で掘り出した七年前の記録も、すべて同じ順で刻まれていた。
——同じ工夫を思いつく者は、いくらでもいる。
ハルダの声が戻ってきた。派手と地味を重ねるところまでなら、腕のある者なら考えつく。決め手は厚みだと、あの人は言った。蝋に浸けねば見分けもつかぬ層の厚みまで揃うなら、それは偶然とは呼べない。
オリヴィアは襟元へ手を差し入れ、縫い留めておいた薬包の縫い目をほどいて引き出した。
薬院を出る日、ハルダが分けてくれた欠片である。比べるものを持たずに行っても何ひとつ確かめられないと言って、老薬師は蝋の塊を目の前で二つに割った。
荷を検めた者の手は、ここまでは届いていない。旅装の奥に入れてあったのは、黄の糸の包みだけだった。
窓際へ寄り、二つの欠片を光にかざす。
白い粉の吹き方が同じだった。境目の線が入る高さも同じ。表から芯へ移るあたりで灯の色がふいに濁る、その濁り方まで違わない。
揃わないものが、一つあった。
芯が厚い。この城で採った欠片の飴色は、隣国のものより深く沈んでいる。
隣国の四件は、どの滓も同じ厚みで並んでいた。厚みが揃うことこそ、同じ手を示す証だった。
揃わないのなら、見方は二つに分かれる。
別の手が、似た型を真似ている。
あるいは同じ手が、量を増やしている。
どちらであるかで、意味がまるで変わってしまう。
戸が叩かれた。
オリヴィアは二つの欠片を布に包み、薬包へ戻して襟の内へ落とした。それから戸を開けた。
「随員殿」侍従が帳面を胸に抱えていた。「本日のご予定を伺います」
「調薬の間へ参ります」オリヴィアは答えた。「殿下のお薬を検めます」
「刻限は」
「朝のうちに」
侍従の筆が走った。書きとめられる文字の数は、日ごとに増えている。
「それから、お日取りが変わりました」侍従は筆を止めずに言った。
「お日取り」
「使節のご出立が、明日と決まりました」
オリヴィアは戸の縁に手を置いたまま、その言葉を二度聞き直した。
「十日と伺っておりました」
「殿下のご容体が重うございます」侍従は筆の先を紙から離した。「客人を長く城に置けぬとの仰せです」
「どなたの仰せでしょう」
「わたくしは、お伝えするよう申しつかっただけでございます」
「昨日までは、十日でした」
「昨日までは、そうでございました」
「お薬は、十日ぶんを調えて参りました」オリヴィアは言った。「途中でやめれば、効いていたものまで戻ります」
「そのお話は、わたくしの帳面に書く欄がございません」侍従は頭を下げた。「刻限が決まりましたら、またお知らせにまいります」
足音が遠ざかってから、オリヴィアはようやく戸を閉めた。
残っているのは、今日と明日の朝だけになった。
本国へ文を送ったところで、返りは早くて六日かかる。閣下の指図を待つ猶予はどこにもない。
壺の蓋を持ち上げると、干した根を砕いた粉の匂いが立った。
鼻の奥に苦みが刺し、そのあとに埃じみた甘さが残る。七年前、毎朝この蓋を開けていた指の位置まで体が覚えていた。
調薬の間の棚は、四日前に見たときと並びも変わっていない。変わっていたのは、壺の重さだった。
オリヴィアは端から順に持ち上げてみた。どれも迷わず持ち上がる。満ちているはずの壺が、指先だけで浮くように動いた。
四日で、ここまで軽くなるものではない。
薬を使う手のほかに、この棚から掬い出している手がある。しかもその手は、四日前より深く匙を入れている。
「また会ったな」
戸口に、白い外套の宮廷医が立っていた。頬の肉が落ち、声をかける前から息が浅い。
「お薬をお届けに上がりました」オリヴィアは頭を下げた。
「明日で発たれると聞いた」宮廷医は卓の薬包を手に取った。「早いな」
「そのように伺いました」
「惜しいことだ」宮廷医は薬包の封を指でなぞった。「隣国の薬のほうが、まだ幾らか効いている」
「ご容体は、いかがでしょう」
「悪い」宮廷医は薬包を置いた。「二日前から、朝の血の量が増えた」
二日前。三日目の夜に沈めた膜と、日が重なる。
「壺の減りが、ずいぶん早いようにお見受けします」オリヴィアは棚へ目を向けた。
「補充が追いつかん」宮廷医は空の壺を棚から下ろした。「三日もつはずのものが、二日で底を見る」
「お使いになる量を、増やされましたか」
「増やした。効かんからな」宮廷医は肩をすくめた。「それでも減りが早すぎる。年を取って手元が狂ったのだろうと言われた」
「どなたに」
「言った者の名を、私は覚えておらん」宮廷医は目をそらした。「名を覚えれば、その者を庇う羽目になる」
「毒の疑いは、捨てられましたか」
「捨てられるものか」宮廷医は苦い顔をした。「器を検めよと、幾度も申し上げた」
「通りませんでしたか」
「殿下が、お聞き入れにならん」宮廷医は声を落とした。「毒など七年出たことがない、と仰る」
七年。
その七年に何があったのかを、この部屋の誰も知らない。
「では、器は今も」
「一度も検めておらん」宮廷医は外套の裾を払った。「疑いを持ち込むなという仰せの前では、私の言葉はただの愚痴だ」
「舌の痺れは、まだ訴えられますか」
「毎朝だ」宮廷医は肩を落とした。「痺れが退いたあとに、胃の腑が重くなるとな」
その言い方に、指先が止まった。
「順序が、決まっておりますか」
「順序」宮廷医は眉を寄せた。「言われてみれば、そうだ。痺れが先で、重さが後だ」
「入れ替わることは」
「ない」宮廷医は首を振った。「毎朝、同じだ」
表に塗られたものが先に来て、芯に押し込まれたものが後から立ち上がる。
蝋の欠片で見た順が、そのまま人の体の中で起きていた。
「随員殿」宮廷医が一歩、卓へ近づいた。「痺れというのは、何かの証になるのか」
「薬を合わせるときの目安になります」オリヴィアは答えた。「痺れの出る朝は、匙を軽くいたします」
「そうか」宮廷医はしばらく黙り、それから乾いた笑いをこぼした。「三人がかりで手を尽くして、目安ひとつ立てられなかった」
「お手が足りぬのだと思います」
「足りぬのは手ではない」宮廷医は棚を見上げた。「器を検める役がいないだけだ」
戸口の脇で、侍従が足を鳴らしはじめた。
「薬包を、殿下のお部屋へ運びます」オリヴィアは薬包を胸に抱えた。
「頼む」宮廷医は道を空けた。「私にできることは、もうあまりない」
軽くなった壺の列を、オリヴィアはもう一度だけ振り返った。
あの壺はこれからも軽くなっていく。掬っている手は、この部屋には立っていない。
回廊の角で、盆を抱えた侍女と行き合った。
湯気の立つ椀が二つ載っている。歩みを止めた娘は、まだ十六かそこらに見えた。
「随員殿」侍女は盆を差し出した。「お薬を、こちらへ載せてくださいとのことでございます」
「承知しました」オリヴィアは薬包を盆の端へ置いた。「この盆は、どちらから」
「厨房の戸口で受けました」
「毎朝、あなたが運ばれるのですか」
「日ごとに替わります」侍女は盆の縁を握り直した。「今日はわたくしの番でございます」
「どなたのお指図で、番が決まりますか」
「朝のうちに、名の書かれた紙が回ってまいります」
「その紙は、どなたが書かれるのでしょう」
「存じません」侍女は困った顔をした。「侍女頭様のところへ届いたものを、いただくだけでございます」
料理番はセリカ様の采配だと言った。この娘は侍女頭の名を挙げる。どちらも紙を受け取った側の話で、書いた手を見た者はまだ一人も出てこない。
「盆を預かってから、殿下のお部屋までは」
「まっすぐ参ります」侍女は答えた。「途中で下ろしてはならぬと申しつかっております」
「途中で誰かに声をかけられたら」
「立ち止まってはならぬとも申しつかっております」侍女は真面目な顔で答えた。「わたくしは、盆だけを見て歩きます」
娘の答えには淀みがなかった。教えられたとおりのことを、教えられたとおりに返してくる。
問うほどに、この娘が何も知らされていないことばかりが確かになっていく。
「途中で誰かに、盆へ手を伸ばされたことは」
「ございません」侍女は椀を目で示した。「近づかれたら、下がっていただきます」
侍女の顎が、わずかに引かれた。問われることに慣れていない構えだった。
「蓋を持ち上げられたことも」
「一度も」侍女は瞬いた。「開けてよいのは、召し上がる方だけと伺っております」
「よい心得です」オリヴィアは頷いた。「重いでしょう。参りましょう」
「重うございません」侍女は首を横に振った。「殿下のお身体に入るものですから」
盆を持ち直す娘の指の付け根が、白くなっていた。肩も上がったままだ。
この娘は、自分が何を運んでいるのか知らない。
運ぶ手は幾人にも分けられ、日ごとに顔が替わる。的を絞れないのは、絞れないように作られているからだった。
顔を割るには、日ごとの入れ替わりを幾日も並べて見るしかない。その幾日が、もう手元にない。
王太子の居室は、薬と汗の匂いで満ちていた。
その底に、血の匂いが薄く沈んでいる。鼻ではなく喉の奥に触ってくる匂いだった。
寝台に半身を起こしたアルヴィスは、四日前より頬が削げていた。手の甲の骨が、皮の下でくっきり浮いている。
「お薬をお持ちいたしました」オリヴィアは膝をつき、椀を卓へ移した。
「……随員か」アルヴィスの声は掠れていた。
「はい」
「明日で帰るそうだな」
「今朝、そう伝えられました」
「セリカが言っていた」アルヴィスは天井へ目を向けた。「隣国の客を長く置くのは、私の体に障ると」
寵を競う女なら、誰でも言いそうな物言いだった。それだけのことだ。
オリヴィアは椀の縁を確かめ、匙を添えた。
「殿下」オリヴィアは膝をついたまま尋ねた。「お薬のあと、舌が痺れることはございますか」
「毎朝だ」アルヴィスは目を閉じた。「痺れが退くと、腹に砂が溜まる」
「順は、いつも同じでしょうか」
「なぜ、そんなことを訊く」
「お薬を調える手がかりになります」
「同じだ」アルヴィスは息を吐いた。「毎朝、同じ順で来る」
この人は、自分の体で毎朝、あの二つの層をなぞらされている。
舌が痺れ、それが退き、砂が沈む。表から芯へ。七年前と同じ順で。
「医者が、器を検めよとうるさい」アルヴィスは目を開けずに言った。「毎日、同じことを言う」
「お検めになりませんか」
「毒など出ぬ」
声には力がなかった。それでも言い方だけは、七年前と少しも変わっていない。
「お召し上がりものは、確かめて損のないものでございます」
「七年、一度も出なかったものが」アルヴィスは短く咳をした。「今になって出るものか」
——出ていました。毎朝。あなたの器の底に。
喉の途中で、その言葉は止まった。証を並べる場所は、この寝台の枕元ではない。
「お薬は、ぬるいうちにお召しください」オリヴィアは椀を差し出した。「熱いままでは、効きが散ります」
アルヴィスは椀を受け取り、両手で挟んだ。指が震えて、湯が縁で小さく揺れる。
オリヴィアは手を出しかけて、止めた。
「お前は」アルヴィスは椀へ目を落としたまま言った。「昔から、器ばかり見ていたな」
七年、ずっと見ていた。今も見ている。
「……お役目でございました」
「役目、か」
彼はそれ以上言わなかった。ゆっくりと椀を傾け、二度に分けて薬を飲み下す。
飲み終えた椀を、オリヴィアは受け取って盆へ移した。
匙の背に、薄い滓が残っている。
薬を扱う者なら誰でもするように、オリヴィアは布で匙を拭った。布の端が滓を吸い、指の腹にわずかな抵抗が伝わる。
「下がります」オリヴィアは一礼した。「明日の朝も、お薬をお持ちいたします」
「明日で終わりだ」アルヴィスは寝台へ身を沈めた。「お前も、この城とは終わりだ」
その言葉に、返す敬語はいくらでもあった。
オリヴィアは何も言わず、盆を持って部屋を出た。
卓の上を左右に分ける。右に紙の列、左に蝋の列。それから灯りの位置を直した。
右には、昨夜まで書き足してきた覚えの紙。左には、蝋の欠片と薬包。
左から始めた。
三日目の夜に採った膜は、半分だけ蝋へ沈め、残りを薬包に取り分けてある。その薬包と、今朝の布とを並べた。
三日目の滓を、指の先で米粒ほど取って舌に載せる。
しびれが立った。数を数える。十に届く前に、しびれは舌の縁から退いていった。そのあとに古釘の後味が薄く残る。
布を替え、水で口を清め、今朝の滓を同じだけ載せた。
しびれが立った。
十を数えた。まだ退かない。
二十を数えた。舌先はまだ痺れている。
二十五で、ようやく縁のほうから薄れ始めた。
オリヴィアは椀の水を含み、吐き出した。舌の奥に沈んだ古釘の重さは、口をすすいでも動かなかった。三日目のそれより明らかに重い。
七年ぶんの蝕みが、指の先で目を覚ましていた。手のひらで包み、収まるのを待った。
答えは出ていた。
表も芯も、量が増えている。
器に置かれる滓が厚くなっただけのことだ。層の重ね方は、なにひとつ変わっていない。
オリヴィアは二つの蝋の欠片を、もう一度灯りに並べた。
厚みが揃わなかったのは、別の手だからではない。同じ手が、匙を深くしているからだった。
白い粉の吹き方。境目の線の高さ。濁りの入るところ。そして人の体に現れる順まで、隣国の四件と違わない。
メリディアで四人が死んだ型と、七年前の記録に眠っていた型と、この城の器に置かれている型は、同じ手業から出ている。
あの型を仕込む場所は、国境を越えて本国へ繋がっていた。関所の荷改め帳がそう示していた。
繋がった先が、いまここにある。
オリヴィアは息を吐き、卓の縁を掴んだ。
七年、自分が毎朝すくい取っていたものは、一人の恨みでも思いつきでもなかった。教え込まれた型を、教え込まれた手が繰り返していた。それが今も、この城の中で回り続けている。
——本国も、同じ型に晒されていたと思うのか。
閣下の問いに、あの夜は「今も、かもしれません」と答えた。
かもしれない、はもう外れた。
それでも、顔は見えなかった。
厨房の帳面は変わらない。盆を預かるのは日ごとに替わる娘たちで、その番を決めるのは名の書かれた紙で、紙を書いた手は誰も知らない。運ぶ手は幾重にも分けられている。型を知る者は、その向こうに立っている。
オリヴィアは卓の右側へ目を移した。
五つの綻びの下に、昨日書き足した一行がある。北方ヴェスパー男爵領に、その名の令嬢は存在しない。
紙の列と、蝋の列。
卓の上で、二つの列は少しも触れ合っていなかった。
名を偽る者は宮廷にいくらでもいる。器に滓を置く手は、この城で七年動いてきた。どちらも確かなのに、渡す橋が一本もない。
橋を架けたくて焦れば、足を掬われるのは自分のほうだ。城に上がって初めて器の底に気づいた朝、誰に言えばいいのか分からぬまま同じ勘定をした。以来ずっと、その勘定の中で生きてきた。
一年ばかり前に、あの薬種商へ同じ名を尋ねた者がいる。根はひと束も買わずに帰ったという。あれが誰であったかも、まだ手の届かないところにある。
今は、器のほうが急いでいた。
匙が深くなったのはこの二日。四日目から廊下に人が増え、出入りの刻限が帳面に書かれ、旅装の包みは解かれて結び直された。十日の約束は、七日に縮められた。
どれも同じ向きを指している。相手はこちらが動いていることを知っていて、こちらの残り時間の内側に片をつけようとしている。
この量では、殿下はもう長くない。十日はもたない。
残っているのは明日の朝ひとつきりで、その朝を過ぎれば自分は国境の向こうへ運ばれてしまう。
誰に、どこで、何を言うか。
証を並べれば、器の話はできる。この城で毒が盛られ続けていること、その型が隣国の四件と同じ手から出ていること、量がこの二日で増えたこと。そこまでなら、明日の朝に言える。
顔の話はできない。顔は、まだ紙の向こうにある。
それでも、明日言わなければ、言う相手がいなくなる。
戸が二度叩かれた。
オリヴィアは卓の左の三つを紙の下へ滑り込ませ、それから戸を細く開けた。
燭台を提げた侍従が立っていた。夜の帳面は、昼のものより薄い。
「ご出立の刻限が決まりました」侍従は言った。「明日、正午でございます」
「殿下のお薬は」
「朝のうちに、最後の一包をお届けいただきます」侍従は筆を紙へ当てた。「刻限は、いつも通りに」
「承知しました」
「馬車は、東の門に付けます」侍従は続けた。「お荷は朝のうちに、こちらで運び出します」
「荷は、自分で運びます」
「そのようには、伺っておりません」侍従の筆が止まった。「城門をお出になるまで、随員殿をお一人にはせぬようにと仰せです」
「ご配慮でしょうか」
「わたくしは、お伝えするだけでございます」侍従は帳面を閉じた。「明朝、お迎えに上がります」
「お待ちしております」
戸を閉め、オリヴィアはしばらくそこに立っていた。
荷を検めるだけでは足りなくなったのだ。今度は、荷ごと運び出したいらしい。
オリヴィアは布で口を拭い、灯芯を短く切った。
卓の左には、三つの物が並んでいる。隣国の薬院から持ってきた蝋の欠片。この城の器から採って沈めた蝋の欠片。そして今朝、匙の背から拭い取った滓の布。
二つの欠片は、どちらも表が白く粉を吹き、芯だけが飴色に灯を透かしている。布に染みた滓は、まだ層に分かれていない。
卓の左右——名の綻びと、毒の層。二つの蝋は表と芯の順を同じに抱え、布の滓だけがまだ形を持たずにいた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この話は、隣国で掴んだ型と王都の器がついに重なる回です。決め手にしたのは層の厚みでした。厚みが揃わないと分かった時点では、別の手が真似ているのか同じ手が量を増やしているのか判じられません。それを分けたのは、王太子自身の口から出た症状の順序と、舌先のしびれが退くまでの数でした。
毒見役だった彼女にとって、物を測る道具はいつも自分の舌です。三日目の滓は十を数える前に退き、今朝の滓は二十五まで残った。それだけで匙が深くなったと分かる。この職人の手つきを書きたかった回でもあります。
ただ、顔はまだ見えません。盆を運ぶ娘は何も知らず、番を決めるのは名の書かれた紙で、書いた手は誰も知らない。卓の右に置いた出自の綻びと、左に置いた蝋の層は、まだ一本の橋も持ちません。次話、その橋が架かります。
☆評価・ブックマーク・感想をいただけると、続きを書く大きな励みになります。




