ファーストコンタクト
大気圏を脱した宇宙空間の静寂の中、地球を監視する巨大なジェニスの軌道ステーション「オケアノス」が静かに旋回していた。
「オケアノス」の主たる監視対象は、大きく分けて二つ存在する。
一つは、地球を取り巻くラグランジュポイント周辺に突如として出現する『空間の歪み(ワームホール)』の予兆探知である。外宇宙の彼方から迫り来る侵略艦隊の動向を誰よりも早く察知するため、オケアノスの超長距離量子レーダーは常に全天球をスキャンし続けている。
そしてもう一つは、大気圏外を周回する人工衛星や宇宙ゴミ(スペースデブリ)に偽装して飛来する、敵の小型偵察ポッドや潜入艇の監視だ。肉眼では捉えられない微弱な熱源や重力波の異常を見逃さず、地球全土への脅威を水際で食い止めることこそが、軌道ステーションの誇り高き任務であった。
地球の全貌を見下ろすその司令ブロックには、地上とはまた異なる精鋭たちが詰めている。
宇宙からの脅威をいち早く察知し、星々の彼方から飛来する不審物を真っ先に迎撃する彼らの名は――「チーム・アストライア」。
「やあ、起きたかい? なかなかの名演だったよ、新人くん!」
テーブルの上で、呑気に片手を上げるぬいぐるみ様。
それを見て、俺の中で何かがプツリと切れた。
「名演じゃねえよ! 勝手に性別を変えられて、挙句の果てにあんなバケモノと戦わされて・・・お前、一体何なんだよ!」
「そう言えば名前を教えてなかったね。僕の名前はバロン。
バロちゃんでも、バロン様でも好きなようにw」
「いや、そう言う意味じゃ・・・」
掠れた少女の声で必死に詰め寄るが、ぬいぐるみ様はケラケラと笑い声を上げるばかりだ。
その時――。
プシューッ という音とともに、病室の頑丈な扉がスライドして開いた。
中に踏み込んできたのは、先ほどまで戦闘機に乗っていたのチーム・ルクシオ隊長である織田と副官の土門。
そして銃で武装したジェニスの警備員たちだった。
織田は俺の戸惑いを観察するかのように、少しの間を置いてから静かに口を開いた。
「言葉は通じるかな?」
恐る恐るそう尋ねてくる織田の真剣なまなざしに、俺は思わず小さくうなずいた。
「問題ないです」
少女の澄んだ声が病室に響く。
すると織田はさらに踏み込むように、鋭い視線を向けた。
「君は人なのか?」
その問いに、俺は思わず言葉を詰まらせた。
あー、自分でも今の自分が「人間」なのかどうか怪しいと思う。
なんせ、ちょっと前まで男だったはずが突然少女になり、挙げ句の果てには巨大化して怪獣と殴り合っていたのだから。
そんな思考を巡らせながら俺が考え込んでいると、その様子を見た織田たちは「やはり一筋縄ではいかない存在か」とさらに警戒の色を強めるのだった。
互いに次の言葉が出なくなり、部屋の空気が重く澱んでいく。
その緊迫した空気を断ち切るように、新たな人物が扉を開けて現れた。
鳴神玲、チーム・ルクシオの紅一点。
卓越した操縦技術を持つエースパイロットだ。(年齢二十二歳。少々気が強いが、可愛いものには目がない)
彼女は、入り口からまっすぐこちらへ歩み寄ると怯えている(ように見えている)少女の姿をした俺に目を向け、それから織田を鋭く睨みつけた。
「隊長! こんな幼い女の子を、ガタイの良い男たちで囲んで・・・怖がらせてどうするんですか? 見なさいよ、可哀想にこんなに怯えているわ!」
「い、いや・・・これは・・・その・・・だな、状況を確認中で」
日頃は冷徹で鳴らすチーム隊長の織田が、玲の圧倒的な剣幕の前に冷や汗を流しながらタジタジとなる。
――まさか、この強面の戦闘機パイロットたちが女性隊員の説教にこんな弱いとは。
心の中でツッコミを入れつつも、俺はこの思わぬ救いの神(?)のおかげで、ひとまず最悪の尋問タイムから逃れることができたのだった。
その後、鳴神玲の案内でジェニス基地の内部を・・・何故か見学させてもらうことになった。
「ここが基地の心臓部よ。あまりウロウロしちゃダメだけどね」
玲に連れられ、広大な地下通路を歩く。
ふと、自分の置かれたシュールな境遇にため息をつきたくなる。
中学生くらいの少女の身体。
過剰なフリルとリボンの魔法少女コスチューム、そして人類の存亡を賭けた防衛組織の地下要塞。
およそ現実離れした組み合わせに、頭がくらくらする。
そんな俺の葛藤も知らず――バロンが、俺の肩の上にしがみつくように居座っていた。
「いやぁ、人間って変な生き物だねぇ。まさかこんな地下深くに基地を作ってるなんてさ」
耳元でささやいてくるその声に、俺は周囲の目を気にしてビクッと肩を揺らす。
「おい、降りろよ。重いし目立つだろ」
「何を言うんだい、ボクは君の専属アドバイザーさ。離れるわけにいかないだろう?」
気安げな態度で俺の肩をポンポンと叩いてくる、バロンを振り払うこともできず俺はただトコトコと玲の後を歩き続けるしかなかった。
最初に案内されたのは最先端のラボだった。
無数のモニターが並び、白衣を着た研究員たちが慌ただしくキーボードを叩いている。
巨大魔法少女が発現させたエネルギーの解析が行われているらしく、あちこちにグラフや数値が飛び交っていた。
俺は思わず自分の手のひらをそっと見つめ、冷や汗を流す。
次に連れられたのは、巨大な格納庫だった。
そこには、先ほど空を飛んでいたチーム・ルクシオの多目的戦闘機が何機も並んでいる。
整備士たちが、喧騒と共にその整備に追われていた。
その圧倒的な機械の群れと金属の匂いに、元オタクの血がわずかに疼いた。
「おーすごい・・・本物の戦闘機だ」
思わず感嘆の声を漏らす俺に、玲は少し柔らかい笑みを向けて言った。
「でしょ? 私たちの自慢の翼よ。あんなバケモノ相手でも、これがあれば負けないわ」
最後に案内されたのは、統合司令室だった。
一段高いフロアから巨大なメインモニター越しに世界各地の状況が映し出されており、交信の声が絶え間なく飛び交っている。
「ラボ、格納庫、統合司令室と一通り見せたけど、どう?」
玲が振り返り、心配そうに覗き込んでくる。
バロンは、そんな中でも基地内をキョロキョロと見回し興味深そうに「ほう」とか「なるほど」呟きを漏らししていた。
玲は目の前にいる、バロンの動きや声に反応していないな。
もしかして・・・俺以外には姿が見えないのか?
目の前で繰り広げられる人類の存亡を賭けた防衛戦の裏側。
その中心に、魔法少女の姿に変えられた元サラリーマンの俺がいるという現実。
肩の上のバロンは相変わらず不敵に笑っており、俺の胃痛の種は尽きることがなさそうだった。
次回予告
今までの話を振り返る掲示板回。
次回「掲示板回1」でFuture Go!!




