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能力至上主義社会で私の異能はおもらしでした  作者: 片桐アリス


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2/18

第2話 不採用通知

家に帰ると、母は台所で夕飯の支度をしていた。


鍋から湯気が上がり、醤油と出汁の匂いが玄関まで漂っている。今日の夕飯は肉じゃがらしい。


「おかえり。検査どうだった?」


靴を脱いでいる私へ、母が台所から顔を出した。

聞かれることは分かっていた。

分かっていたけれど、答えは用意していなかった。


「能力はあった」

「本当に?」

母が驚いた顔をする。


十年間ずっと無能力者だった娘が、二十二歳になって突然能力者になったのだから、驚くのも当然だ。


「どんな能力?」


来た。

私は一度、口を閉じた。


正直に言うべきだろうか?


娘のスキル名がおもらしだったと聞かされた母親は、どういう顔をするのだろう。


想像したくない。


「……水系みたい」

嘘ではない。


まだ何も分かっていないので、水系かどうかも分からないけれど、少なくとも火系ではなさそうだ。


多分。


「水? すごいじゃない」

「でもFランク。詳しい効果も分からないって」

「そうなの?」

母は少し残念そうな顔をしたあと、すぐに笑った。

「まあ、危ない能力じゃなかったなら良かったじゃない。夕飯できてるわよ」


「うん」

深く追及されなかった。


助かった。

少しだけ罪悪感はある。

でも、今は無理だ。

いつか話す。

いつかが来れば。


夕飯を食べ、自分の部屋へ戻ると、私はベッドへ倒れ込んだ。


今日は疲れた。

身体を動かしたわけでもないのに、ひどく疲れている。


スマホを取り出すと、昼間見た限定ガチャの画面がそのまま表示された。


一回だけ引いた。




外れた。




もう一回引いた。

外れた。


三回目は我慢した。


大人なので。


現実逃避はアニメですることにした。

録画しておいた深夜アニメを再生する。


題名は『異世界転生したら最弱職だったので仲間と地道に頑張っていたらいつの間にか魔王を倒していた件』。


長い。


でも、こういうのは嫌いじゃない。


画面の中では、最弱職と馬鹿にされた主人公が雑魚モンスター相手に苦戦していた。


頑張れ。


私も今日、Fランクになった。


仲間だ。


スマホが鳴った。


画面には、バイト先の店長の名前が表示されている。


嫌な予感がした。

こういう予感だけは、よく当たる。


「もしもし」

『ああ、霧島さん? 今、話せる?』

「はい」

『今日、管理局から連絡が来てさ』


やっぱり、それか。


『霧島さん、能力者として登録されたんだって?』

「はい。でもFランクで、管理対象外です」

『それなんだけどね』


店長が言いにくそうに言葉を濁す。


嫌な予感が、さらに強くなった。

『悪いけど、明日から店に来なくていいから』


「……はい?」

一瞬、言葉の意味が分からなかった。


「どういうことですか?」

『能力者を雇う場合、保険とか報告義務とか色々変わるんだよ。それに、能力の内容が分からないんだろ? 万が一、店内で事故でも起きたら困るからさ』


「事故が起きるような能力かも分からないんですけど」


『だから困るんだよ』


店長は、悪い人ではない。

これまでだって、シフトの相談には乗ってくれたし、廃棄の新作スイーツをこっそり残してくれたこともある。


だから余計に、言い返しづらかった。


『管理対象の能力者なら、国から補助が出ることもあるらしいんだけど、霧島さんは対象外なんだろ?』

「はい」

『だったら全部、店側の負担になるんだ。悪いけど、うちみたいな小さい店じゃ無理だよ』


悪いけど。

今日、その言葉を何度聞いただろう。


「……分かりました」

分かりたくはなかった。


でも、店長が決めたことを電話越しに変えられるとも思えなかった。


『今月分の給料は、予定通り振り込むから。本当に悪いね』


電話が切れた。


私はスマホを耳に当てたまま、しばらく動けなかった。


画面の中では、最弱職の主人公が雑魚モンスターを倒して喜んでいる。


私は、無職になった。


能力者なのに。

能力者だから。


「……どうしよう」

とりあえずアニメを観るのを止めた。


今は主人公の成長を見守っている場合ではない。

母へ話すべきか迷ったけれど、今日はやめた。


能力名すら言えていないのに、同じ日に無職になったことまで報告するのは少し多い。


明日にしよう。

明日の私に任せる。

明日の私は、多分怒る。


翌朝、私は能力者向けの求人サイトを眺めていた。

普通の求人サイトにも応募はできる。

ただし、能力者であることを申告すると、昨日のコンビニと似たような反応をされる可能性が高い。


そこで出てくるのが、異能者ギルドだった。

正式名称はもっと長い。

異能者就労支援なんとか連盟だったと思う。

誰も正式名称で呼ばないので、覚えていない。

高ランク能力者は、政府や企業から直接声が掛かる。

ギルドを利用するのは、主に低ランク能力者や、能力の使い道が見つからない者たちだ。


つまり、私向けだった。


自宅から電車で二駅ほど離れた場所にあるギルド支部は、雑居ビルの三階にあった。


もっと剣や盾が飾られた酒場のような場所を想像していたけれど、実際には少し古い職業紹介所にしか見えない。


当たり前か。


受付では、三十代くらいの女性が端末を操作していた。


「新規登録ですね。異能者ライセンスをお願いします」


管理局でもらったばかりのライセンスを差し出す。


受付の女性は、表示された情報へ目を通した。


「霧島ひよりさん、二十二歳。ランクはF」

「はい」


一番下である。

それだけは、はっきりしている。


「スキルの系統は?」


来た。


私は小さく息を吸った。

ライセンスにはランクしか表示されていない。


スキル名の閲覧には本人の許可が必要らしい。


助かった。


もし受付の端末におもらしと表示されていたら、そのまま帰っていたかもしれない。


「……水系です」

言ってしまった。


何度も言うが嘘ではない。

排尿に関係する生理現象系の能力、つまりおしっこだ。

尿も水みたいなものだ。

そうでしょ?


受付の女性が、わずかに眉を寄せる。


「水系でFランク?」

「ま、まだ詳しい効果が分からなくて」

「発動はできますか?」

「…できません」


正確には、やり方が分からない。

できるかどうかも分からない。


「ここで試してもらうことは?」


「無理です」

無理に決まっている。


仮に能力名どおりの発動方法だった場合、この受付で試すわけにはいかない。


人として。

「再現できない、と」


女性が端末へ入力する。

「発動条件が不明なんです」


「最近、仕事を紹介してもらうために、希少系統を自己申告する人が増えているんですよ」


「……そうなんですか」


「ええ。水系や回復系は特に」

完全に疑われている。


まあ、仕方がない。


私も自分を疑っている。


「Fランク、非制御型、自称水系で登録します」


自称。

胸の奥に、わずかに刺さった。

だけど、自分から言ったことなので、文句は言えない。


「現状で紹介できる仕事は、かなり限られます。それでも登録しますか?」

「お願いします」


仕事がなければ困る。

来月も限定ガチャは来る。


その前に、家へ生活費を入れなければならない。

別に母にはいらないと言われてるが、実家暮らししている罪悪感を消す為。

そう、自分の為だ。


受付の女性が、求人一覧を表示した。


深夜清掃。

廃棄物の仕分け。

下水設備の点検補助。


どれも時給は高くなく、勤務時間も不規則だった。


能力者向けの仕事というより、人手が集まらない仕事へ低ランク能力者を回しているように見える。

実際、多分そうなのだろう。


「全部、応募します」

「全部ですか?」

「選べる立場ではないので」


受付の女性は一度だけ私を見て、無言で応募処理を始めた。

その後、一週間で何件か不採用通知が届いた。

理由は色々だった。

能力の再現性が確認できない。

緊急時の対応に不安がある。

他の応募者を優先した。

言い方は違うけれど、要するにFランクはいらないということだった。

ようやく一件だけ採用されたのは、街外れにある倉庫の夜間警備だった。


勤務時間は午後十時から午前六時。

二時間に一度、倉庫内を見回る。

異常がなければ、残りの時間は詰所で待機。

時給は最低賃金より少し高い。


贅沢は言えない。


初日の夜、母には短期の夜勤が決まったとだけ伝えた。


母は心配そうにしていたけれど、無職になったことを報告すると、働くこと自体には反対しなかった。


倉庫は工業地帯の外れにあった。

周囲には似たような建物が並び、夜になると人通りはほとんどない。


担当者から鍵と懐中電灯を受け取り、簡単な説明を受ける。


警備とはいっても、不審者を捕まえる必要はない。

何かあれば通報して逃げる。


それだけだった。


これならできそうだと思った。


深夜二時。

三度目の見回りを終え、詰所へ戻ろうとした時だった。


倉庫の奥から、金属のぶつかる音が聞こえた。

足を止める。


もう一度、音がした。


誰かいる。


私は懐中電灯を消し、物陰から奥を覗いた。


男が三人いた。


一人が段ボール箱を開け、中身を別の袋へ詰めている。残りの二人は周囲を見張っていた。


倉庫荒らし。


初日から当たりを引いたらしい。


嬉しくない。

全然嬉しくない。


私は音を立てないように後ろへ下がり、スマホを取り出した。


通報しようとした、その時。

背中が棚へ当たった。

積まれていた小さな箱が床へ落ちる。

乾いた音が、倉庫内に響いた。

よくアニメである、あの展開だ。


三人が一斉にこちらを向いた。


「誰だ?」

逃げようとした。

でも、一人の男が先に回り込んでいた。

男の手のひらで、小さな火花が散っている。


能力者だ。


「警備員か?」

私は答えず、じりじりと後ろへ下がった。

「通報したか?」

「まだです」

正直に言ってしまった。

言わなくてもよかった気がする。


「スマホ、出せ」

「い、嫌です」

「じゃあ奪うだけだ」


男が一歩近づく。

残りの二人も、ゆっくりとこちらを囲んだ。

一人の指先では、小さな刃のような風が回っている。

もう一人は能力を見せていない。


三対一。


私はFランク。

しかも自称水系。

勝てる要素は一つもなかった。


「け、警察には言いません。見なかったことにしますから」


「それ、信用できると思う?」


思わない。

私でも思わない。

男の手が伸びてくる。

逃げようとして足を動かしたけれど、身体が思うように動かなかった。


怖い。

息が浅くなる。

心臓が痛いくらいに脈打っている。

その時、下腹部に強い違和感が走った。


「……え?」

突然、ひどい尿意に襲われた。


さっきまで何ともなかったのに、限界まで我慢していた時のような感覚が一気に押し寄せてくる。


こんな時に。

いや、こんな時だからなのか。

男が私の腕を掴んだ。


「痛っ」

振り払おうとして身体を捻った瞬間、足がもつれた。


そのまま床へ尻餅をつく。


「あ……」


生温かい感触が、お尻の下に広がっているのを感じた。


下腹部の力が抜け、お尻の下から水たまり広がっていく。


止まらない。


ズボンも下着も、はっきりと濡れているのがわかる。

頭の中が真っ白になる。

最悪だ。

最悪すぎる。


「こいつ、漏らしたぞ」


男の一人が笑った。

「マジかよ」

もう一人も笑う。

顔が熱い。

今すぐ消えたい。

仕事初日に倉庫荒らしへ遭遇し、囲まれ、その場でおしっこを漏らす。


そんな経験をする二十二歳が、世界に何人いるだろう。


多分、あまりいない。

いてたまるか。


「写真撮っとくか?」

男がスマホを取り出した。


嫌だ。

それだけは嫌だ。

そう思った瞬間だった。

何かが弾けた。


大きな音がして、腕を掴んでいた男の身体が横へ吹き飛ぶ。


猛スピードの車で跳ね飛ばされたような勢いだ。


「え?」


男は積まれていた段ボールへ突っ込み、そのまま動かなくなった。


私にも、残りの二人にも、何が起きたのか分からなかった。


「な、何だ今の」


一人が辺りを見回す。


その足元で、床に広がっていた水が不自然に盛り上がった。


「おい、これ――」

言い終わる前に、水が跳ねた。


透明な塊が男の胸へぶつかり、その身体を背後の棚まで弾き飛ばす。


棚が大きく揺れ、積まれていた箱がいくつも落ちた。


最後の一人が悲鳴を上げて逃げ出す。

水が追尾するように水の塊が男の背中にぶつかり、弾き飛ばす。


「ぐふっ!」


男は前のめりに倒れ、顔から床へ突っ込んだ。

鈍い音がして、それきり動かなくなった。


静かになった。


私は濡れた床に座ったまま、口を開けていた。

何が起きたのか分からない。

男たちも、多分分からないまま倒れた。

倉庫の床には三人。

私の周囲には、さっきまでなかったはずの大量の水。


「……え?」


水を見た。

自分の濡れたズボンを見た。

もう一度、水を見る。

色はない。

匂いもしない。

透明な、どう見てもただの水だった。


「……おしっこじゃない?」


思わず呟く。

いや、でも私から出た。

感覚としては、完全に漏らした。

下着もズボンも濡れている。

なのに、これは水。


「えっ」


頭の中で、管理局に言われたスキル名が浮かんだ。


おもらし。


「……これ?」


床に広がった水が、わずかに揺れた。

返事をされたような気がした。

いや、水が返事をするわけがない。

多分。

私はしばらく、水と倒れた男たちを交互に見つめた。

これ、私がやったのだろうか。

この水が。

この、おもらしで。


「え?」


考えれば考えるほど分からなくなる。

おしっこじゃない。

でも漏らした。

漏らしたのに水。

その水が勝手に動いて、男を三人倒した。


「……何これ」


声に出してみても、答えてくれる人はいなかった。

床の水は、何事もなかったように静かに広がっている。私はもう一度、自分のズボンへ目を落とした。


濡れている。


下着も間違いなく濡れている。

そこだけは、よく分かった。

強いのかもしれない。

何かすごい能力なのかもしれない。

でも、今の私に分かるのは、使うと本当に漏らすらしいということだけだった。


「……最悪」

思わず、深く息を吐いた。


ふと、一つの考えが浮かぶ。

下着を履かなければ、少しは被害を減らせるのではないだろうか。


ノーパン。

そこまで考え、全力で首を振った。


いやいや。

絶対に無理。

ありえない。


何で能力を使うために、私がそんな覚悟を決めなければならないのか。


倉庫の床には、気絶した男が三人。

その中央で、ズボンを濡らした私だけが座っている。

私の異能は、使えるのかもしれない。

多分、かなり強い。

でも、使いたくない。

Fランクスキル、おもらし

ギャグか、地獄か。


やっぱり、両方だった。

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