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能力至上主義社会で私の異能はおもらしでした  作者: 片桐アリス


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17/18

第17話 常用は勧めません

「――以上です」


私は報告を終えて、小さく息を吐いた。


ギルドへ戻ってから三十分ほど。


目の前にはアマネさんとユキさん。


さっきの逃走犯を発見してから、ウォーターバレットを二発撃ち込み、確保班が到着するまでの経緯を一通り説明したところだった。


一発目は外した。


二発目は当たった。


そして、倒した。


改めて考えると。


(……私、人と戦ったんだな)


しかも勝った。


正確には、私が足止めして確保班が捕まえたのだけれど。


それでも。


偶然水が溢れたわけじゃない。


怖くなって勝手に能力が出たわけでもない。


自分で狙って。


自分で撃った。


今日の私は、かなり能力者らしかったと思う。


少しくらい胸を張ってもいいんじゃないだろうか。


アマネさんが腕を組んだ。


「初戦としては上出来だ」


「本当ですか?」


「ああ。一射目を外したのはいただけんがな」


「そこは初めてなので!」


「二射目で修正した。なら問題ない」


褒められた。


アマネさんに。


これはかなり嬉しい。


ユキさんは手元の端末を操作していた。


「二射目の出力は、訓練時の最大値を上回っています」


「やっぱりですか」


撃った時から、少しだけ違和感はあった。


一発目を撃った後も、能力との繋がりが妙に強く残っていた。


二発目の水も、いつもより早く集まった気がする。


「原因は?」


アマネさんが聞く。


「現時点では不明です」


「利尿剤じゃないんですか?」


「利尿剤そのものに魔力出力を上げる作用はありません」


「ですよね」


ただのおしっこを出やすくする薬である。


それで魔法まで強くなったら、さすがに薬の方がおかしい。


「その点については、今後確認します」


「はい」


ユキさんが記録を閉じたところで、アマネさんが口を開いた。


「それと、貴様にもう一つ朗報がある」


「朗報?」


「今回の男は賞金首だ」


「…………」


私は瞬きをした。


「賞金首?」


「ああ」


「ということは……」


「五万円だ」


「ごっ……」


聞き間違いかと思った。


「五万円!?」


思わず立ち上がった。


アマネさんが笑う。


「随分と食いつくな」


「だって五万円ですよ!?」


五万円。


大きい。


ものすごく大きい。


今までの警備仕事とは違う。


一回の仕事で五万円。


しかも今日は自分の能力で稼いだ。


(すごい)


能力者って。


(稼げる!!)


異能に目覚めてから、初めて心の底から嬉しいメリットを見つけた気がする。


「確保への主要な貢献は貴様だ。手続き後、報奨として振り込まれる」


「やった!」


思わず拳を握る。


五万円。


何に使おう。


欲しかったゲーム。


積んでる漫画の新刊。


ちょっといいご飯。


いや、貯金もしておきたい。


(私、能力で稼いだんだ……!)


なんか。


すごくいい。


三ヶ月漏らし続けた甲斐が――


じょろ。


「…………え?」


思考が止まった。


「…………」


今。


何か。


じょろろ……。


「えっ」


出てる。


普通に。


「ちょ、待って」


反射的に力を入れる。


止める。


止めようとする。


じょろろろ……。


「なんで!?」


止まらない。


イージスの中へ、容赦なく排尿が続く。


私は椅子の上で固まった。


アマネさんもユキさんもこちらを見ている。


「な、なんで!?」


「利尿剤です」


ユキさんが即答した。


「まだ効いてるんですか!?」


「数時間続くと説明しました」


「でももう任務終わりましたよ!?」


「薬効に任務状況は関係ありません」


「そこは空気読んで止まってくださいよ!」


「薬には無理です」


正論。


分かっている。


分かっているけど。


じょろろ……。


「まだ出るの!?」


さっきまで。


五万円。


初勝利。


お手柄。


だったのに。


今は。


会議室で漏らしている。


落差がひどい。


ようやく止まった。


私は机へ突っ伏した。


「…………」


アマネさんが愉快そうに言った。


「なるほど。常用には向かんな」


「笑いながら言わないでください!」


「私は何も間違ったことを言っていないぞ」


「そうですけど!」


ユキさんは淡々と端末に何かを追加している。


「服用からの経過時間を考えれば、薬効としては正常範囲です」


「正常……」


これが正常。


嫌な正常だ。


「ただ」


ユキさんの指が止まった。


「排尿回数は想定より多いですね」


「…………」


嫌なことを言われた。


「それ、薬が強かっただけじゃないですか?」


「可能性はあります」


「じゃあそれでお願いします」


「確認はします」


「しなくてもいいです!」


私のおもらしが研究資料になっていく。


◇


報告を終えて、私は更衣室へ向かった。


歩きながら考える。


今穿いているイージス。


任務中に一回。


戦闘中にも一回。


そして、さっき。


いや。


細かいのを含めたら、もっとかもしれない。


「…………」


私は足を止めた。


(これ)


(家まで持つ?)


イージス・アンダーギアは優秀だ。


吸収力も高い。


外から分からない。


臭いも抑えてくれる。


でも。


無限ではない。


当たり前だ。


私は方向を変え、ユキさんを探した。


すぐに見つかった。


「ユキさん」


「はい」


「イージスって、もう一枚もらえます?」


「任務分の支給は終了しています」


「ですよね……」


予想はしていた。


「ただし、購入は可能です」


「買えるんですか?」


「はい」


おお。


なら話は早い。


「いくらです?」


「四千八百円です」


「…………」


高い。


知っていた。


知っていたけど。


今聞くと高い。


四千八百円。


私はさっき五万円を稼いだ。


その直後に四千八百円。


(ほぼ一割消えるじゃん!!)


いや。


必要経費。


そう考えればいい。


能力者として働くための。


必要な。


経費。


「…………」


でも。


任務はもう終わっている。


家に帰るだけ。


そのためだけに四千八百円。


「……今の穿いて帰ります」


「おすすめしません」


即答された。


「まだ大丈夫ですよ!」


「絶対とは言えませんが」


ユキさんが私を見る。


「服用後、普段よりかなり頻繁に排尿しています」


「…………」


「現在のイージスが帰宅まで持たない可能性があります」


「…………」


嫌なことを言う。


ものすごく嫌なことを言う。


私は財布を見る。


次に自分のお腹のあたりを見る。


四千八百円。


電車。


じょろろろ。


四千八百円。


電車。


じょろろろ。


「…………」


究極の二択である。


ユキさんが少し考えた。


「でしたら」


「はい?」


「適したものがあります」


「適したもの?」


「少し待っていてください」


ユキさんがその場を離れた。


私は期待した。


もしかしたら、医務室に簡易版の吸水インナーでもあるのかもしれない。


イージスほど高性能じゃなくてもいい。


家まで持てばいいのだ。


数分後。


ユキさんが戻ってきた。


手に何か持っている。


「…………」


私はそれを見た。


大きい。


いや。


厚い。


紙おむつだ。


それは分かる。


三ヶ月使っているから、嫌でも分かる。


でも。


私が家で使っているものとは、明らかに違った。


「…………何ですか、それ」


「紙おむつです」


「それは分かります!」


かなり分厚い。


しかも、うっすら派手な柄まで入っている。


白一色の介護用とは違う。


妙にかわいい。


かわいくなくていい。


「高吸収タイプです」


「なんでこんなに厚いんですか」


「長時間使用を前提としていますので」


「医療用?」


「いいえ」


「…………」


嫌な予感がした。


「何用ですか?」


「プレイ用です」


「…………」


聞き間違えた。


たぶん。


「もう一回お願いします」


「プレイ用です」


「何の!?」


声が裏返った。


ユキさんはいつも通りだった。


「そういった用途向けの商品です」


「そういった用途って何ですか!」


「説明が必要ですか?」


「絶対いりません!!」


聞いた私が悪かった。


なんでそんなものがあるんだ。


「吸収性能は一般的な製品より高いです」


「性能はすごいんですね……」


「はい」


「でもプレイ用なんですよね」


「はい」


「…………」


四千八百円。


私は目の前の商品を見る。


無料。


四千八百円。


無料。


尊厳。


無料。


「…………」


じょろ。


「…………」


このタイミングで。


じょろろ……。


私は目を閉じた。


ユキさんが静かに言う。


「帰宅まで持たせるのであれば、こちらを勧めます」


「…………」


四千八百円。


無料。


私は大きく息を吸った。


「穿きます」


負けた。


何に負けたのかは分からない。


でも、確実に何かに負けた。


◇


更衣室。


私は鏡の前に立っていた。


「…………」


すごい。


ものすごくモコモコしている。


家で使っている紙おむつとは、厚みが全然違う。


試しに少し動く。


ズレない。


意外とフィットする。


「…………」


柔らかい。


肌触りも悪くない。


「……おお」


待て。


感心するな。


(どうでもいいわ!!)


性能を褒めてどうする。


これはプレイ用だ。


何のプレイかは知らない。


知りたくもない。


私は戦闘服の短いスカートを下ろした。


「…………」


不安。


ものすごく不安。


正面。


横。


後ろ。


鏡で確認する。


立っているだけなら、なんとか。


少し動く。


不安。


屈む。


「無理!」


即座に立った。


そして視線を横へ。


長い黒のマント。


「…………」


私は迷わず羽織った。


前を閉じる。


ほぼ床まで隠れる。


「よし」


完璧。


見えない。


今日ほど、このマントをありがたいと思ったことはない。


普段は能力の発生源を隠すため。


今日は違う。


尊厳を隠すため。


(絶対に開けない)


(風も吹くな)


(階段も気をつける)


(何があっても捲れるな)


初めて自分の能力で五万円稼いだ日の帰り。


私は。


プレイ用の超大容量紙おむつを穿いていた。


人生って難しい。


◇


電車に乗った。


夕方。


それなりに混んでいる。


私は扉の近くに立った。


杖を持つ。


マントの前を押さえる。


普通の顔。


普通の顔をする。


大丈夫。


誰にも分からない。


周囲から見れば、仕事帰りの能力者だ。


戦闘服。


杖。


黒いマント。


ちょっと魔法使いっぽい。


格好いい。


中身以外は。


(意識するな)


歩き方がおかしくなる。


自然に。


普通に。


あと五駅。


家まで帰ればいい。


それだけだ。


じょろ。


「…………」


来た。


じょろろろ……。


(待って待って待って)


顔に出すな。


私は窓の外を見た。


何でもない。


私は何もしていない。


ただ電車に乗っているだけ。


じょろろろろ……。


(長い!!)


なんでこんなに長いんだ。


止まれ。


止まって。


いや、もう出てるから止まらなくてもいいけど。


よくない。


やっぱり止まれ。


ようやく終わった。


私はそっと息を吐く。


足元を見る。


大丈夫。


何も漏れていない。


スカートも。


マントも。


無事。


「…………」


すごい。


本当に何ともない。


(プレイ用、すご……)


いや。


(感心するな!!)


あと四駅。


もう来るな。


三駅。


二駅。


じょろ。


(またぁ!?)


私は目を閉じた。


さっき犯罪者へ二発目を撃つ時より緊張している。


どうして能力者になって、電車の中でこんな戦いをしているんだ。


◇


「ただいまー……」


ようやく家に着いた。


「おかえり」


母がリビングから顔を出す。


私はマントの前を握ったまま、一直線に自室へ向かう。


「じゃ、着替えてくるから!」


「ひより」


「なに!?」


止められた。


母が私を見る。


「…………」


なんだ。


その間は。


「今日も大変だったの?」


「なんで分かるの!?」


「なんとなく」


親のなんとなく。


怖い。


「別に大丈夫だから!」


「そう?」


「そう!」


私は逃げるように自室へ入った。


マントを脱ぐ。


戦闘服を脱ぐ。


家着に着替える。


「…………」


問題は残った。


下。


モコモコ。


薬はまだ完全には切れていない。


今外す勇気はない。


仕方なく、そのまま家着を着る。


リビングへ戻った。


母がこちらを見る。


一度。


下を見る。


戻る。


「…………」


「…………」


バレた。


今ので絶対バレた。


「何も言わないで」


「うん」


「その『うん』も嫌!」


母は少し困ったように笑った。


夕食の準備を手伝っていると、しばらくして母が口を開いた。


「今日は、いつものと違うの?」


私の手が止まった。


「…………」


なぜ。


いや。


分かるか。


あれだけ厚ければ。


「……ギルドでもらっただけ」


「そうなの?」


「帰る時に必要だったから」


それ以上は言わない。


絶対に言わない。


「随分しっかりしてるのね」


「……まあ」


しっかりどころではない。


異常にしっかりしている。


母が少し感心したように言った。


「いつものより、よく吸うの?」


「…………」


質問が嫌だ。


「まあ……かなり」


「じゃあ、今度からそれにする?」


「絶対やめて!!」


母が驚いた。


「そんなに嫌なの?」


「嫌!」


「でも、漏れにくいなら――」


「そういう問題じゃないの!」


言えない。


これはプレイ用だから。


なんて。


絶対に。


母は知らない。


知らなくていい。


一生知らなくていい。


「いつもののでいい!」


「そう?」


「絶対いつもの!」


「分かったわ」


危なかった。


我が家の紙おむつが、知らないうちに謎の方向へグレードアップするところだった。


◇


夕食中。


じょろろ……。


「…………」


私は箸を持ったまま固まった。


母が首を傾げる。


「どうしたの?」


「なんでもない」


「そう?」


「うん」


何でもない。


私は今、夕飯を食べている。


それだけ。


それ以外には何も起きていない。


そういうことにする。


食後。


部屋へ戻ってからも。


じょろ。


「まだ!?」


思わず声が出た。


数時間。


確かに聞いた。


聞いたけど。


長い。


数時間ってこんなに長かったっけ。


私はベッドへ倒れ込んだ。


「もう嫌だ……」


今日。


初めて人と戦った。


初めて自分の能力で倒した。


五万円も稼いだ。


かなりいい日だったはずだ。


なのに今のところ、一番強い感想が。


利尿剤つらい。


である。


◇


風呂へ入る頃には、ようやく波が弱くなっていた。


完全に切れたのかは分からない。


でも、さっきまでのような突然の感じは減っている。


私は例の高吸収紙おむつを外した。


「…………」


今日だけは認めよう。


よく頑張った。


ありがとう。


でも。


二度と会いたくない。


家で処分できるのだけが救いだった。


風呂から上がる。


寝る前。


引き出しを開ける。


母が買ってくれた、いつもの紙おむつ。


白い。


薄い。


普通。


「…………」


なんだろう。


ものすごく安心する。


紙おむつを見て安心している時点で、何か大事なものを失っている気もする。


でも今日は仕方ない。


普通の下着で寝る勇気はなかった。


穿く。


ベッドへ入る。


「……さすがに明日には切れてるよね」


返事はない。


そのまま目を閉じた。


◇


翌朝。


目が覚めた。


「…………」


天井を見る。


嫌な予感。


最近、この感覚に詳しくなってきた自分が嫌だ。


確認する。


「…………」


濡れている。


シーツは乾いていた。


そこだけはよかった。


「……またか」


薬が残っていたのか。


三ヶ月の訓練のせいなのか。


最近復活したおねしょが普通に出ただけなのか。


もう分からない。


私は枕へ顔を埋めた。


昨日を思い返す。


外で能力を使おうとした。


でも。


自分から漏らせなかった。


だから利尿剤を使った。


その結果。


報告中に漏らした。


電車で漏らした。


家で漏らした。


最後は寝ても漏らした。


「…………」


原因は簡単だ。


外で自分から漏らせなかったから、薬に頼った。


なら。


(外でも、自分で漏らせるようになればいい)


そうすれば薬はいらない。


能力者として成長するため。


実戦で確実にウォーターバレットを撃つため。


もちろん、それもある。


でも。


私は昨日の電車を思い出した。


マントを握りしめた手。


じょろろろ。


プレイ用。


母の、


『今度からそれにする?』


「…………」


私はベッドの上で起き上がった。


決めた。


今日から、外で漏らす練習をする。


理由は簡単だ。


「あんな薬、二度と飲むか!!」

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