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能力至上主義社会で私の異能はおもらしでした  作者: 片桐アリス


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13/18

第13話 魔法使いと倉庫警備

「嫌です」


即答した。


装備室の中央。


黒と濃紺を基調にした衣装。


長いマント。


大きな杖。


そして。


どう見ても。


魔法使い。


アマネさんは眉ひとつ動かさなかった。


「何が嫌だ」


「全部です」


「具体的に言え」


具体的に。


私はもう一度、用意された戦闘服を見る。


上半身は身体に沿った濃紺のジャケット。


ところどころに銀色の留め具。


腰から下は、動きやすそうな短めのスカート。


その上から、背中側を大きく覆う黒いロングマント。


さらに。


壁に立てかけられた、私の身長に近い長さの杖。


先端には青い石のようなものまで付いている。


「……コスプレじゃないですか」


「戦闘服だ」


「魔法使いですよね!?」


「魔術系能力者の戦闘服など珍しくもない」


アマネさんが当然のように言った。


「街でも見ただろう」


「見ましたけど!」


いる。


確かにいる。


ローブ姿の能力者。


大きな杖を持った人。


剣を腰に下げた人。


全身を装甲で固めた人。


能力者が普通に存在するこの時代では、能力に合わせた服装も珍しくない。


一般人だって、あれを見てコスプレだとは思わない。


能力者なんだな。


それで終わる。


分かっている。


分かっているけど。


「昨日まで普通の服で生活してた人間にはハードル高いんですよ!」


私はこの前までコンビニ店員だった。


それが数日で。


杖。


マント。


魔法使い。


人生の変化が急すぎる。


「見た目のために作ったわけではありません」


ユキさんが衣装の横へ立った。


助かった。


たぶん。


この人ならまともな説明をしてくれる。


「まず下半身です」


ユキさんがスカート部分を指した。


「現在、霧島さんの能力は下半身付近から水が顕現する可能性が高い」


「はい」


その言い方ならまだ耐えられる。


「長いズボンの場合、大量の水を吸って動きを阻害する可能性があります」


「……なるほど」


「重量が増え、脚にも絡みます。現状では下半身周辺の布地は少ない方が合理的です」


そう言われると。


短いスカートにも意味がある。


「でもこれ、ちょっと短くないですか?」


「可動域を優先しています」


「もう五センチくらい伸ばしても」


「水を吸う面積が増えます」


「…………」


水め。


私の服装にまで口を出してきた。


「そしてマント」


ユキさんが長い黒布を持ち上げる。


「下半身を横と後方から見えにくくします」


「え?」


私はマントを見る。


前は大きく開いている。


でも、背後からなら確かに腰から脚の付け根あたりまでほとんど見えない。


「能力の詳細を知らない者に、発生地点を観察されにくくするためです」


「あ……」


そういう意味か。


「戦闘中、人間は相手の手、武器、視線などに注目します。下半身付近から水が発生していると認識されれば、発動条件を探られる可能性があります」


そこまで考えてあるんだ。


私はマントを見直した。


急に格好よく見えてきた。


いや。


違う。


格好いいかどうかではない。


機能的。


機能的なだけ。


「そして、これです」


ユキさんが杖を取った。


大きい。


近くで見ると、ますます魔法使いだった。


「これも必要なんですか?」


「必要だ」


アマネさんが答えた。


「視線を誘導する」


「視線?」


「貴様が水を出した時、手ぶらで突っ立っていれば、人間はどこから出たのかを見る」


「はい」


「だが、これを構えていれば?」


私は杖を見る。


「……杖?」


「そうだ」


アマネさんは杖を私に押しつけた。


重い。


でも持てないほどではない。


「水系能力者が大杖を構え、その直後に大量の水が発生する」


「…………」


「大抵の人間は杖を疑う」


なるほど。


完全な。


偽装だ。


「つまり、これ」


私は杖を見る。


「能力とは何の関係もないんですか?」


「今のところはな」


「ただのハッタリじゃないですか!」


「戦闘における情報隠蔽をハッタリと言うならそうだ」


また正論。


でも。


杖を持った水系能力者。


そこから水。


確かに。


誰だって杖から出したと思う。


私自身でもそう思う。


「将来的には、魔力の放出補助や照準補助に使えるよう改造する余地があります」


ユキさんが言った。


「現段階では主に視線誘導と、一般的な魔術系能力者への偽装です」


偽装。


私が。


水魔法使いに。


なんか。


ちょっとだけ。


ちょっとだけだけど。


格好いい。


「顔が納得しているな」


アマネさんが言った。


「してません」


即答した。


「じゃあ返せ」


「そこまでは言ってません」


「気に入ってるじゃないですか」


ユキさん。


余計なところだけ鋭い。


「機能には納得しただけです!」


私は杖を返した。


アマネさんが鼻で笑った。


「なら着ろ」


「……ここで?」


「試着しなければ調整できんだろう」


「…………」


そうだった。


◇


十分後。


私は姿見の前に立っていた。


「…………」


似合っている。


嫌だ。


かなり似合っている。


もっと嫌だ。


濃紺の衣装。


黒いロングマント。


細身の杖。


鏡の中には。


どう見ても。


能力者。


それも、私が昔アニメで見ていたような魔術系。


「……変じゃないですか?」


「何がだ」


「見た目」


「普通だ」


アマネさん。


即答。


「魔術系としてはかなり控えめです」


ユキさんまで。


そうなの?


これで?


世界が違う。


いや。


世界は前からこれだった。


私が知らなかっただけだ。


「これで倉庫警備とかするんですか?」


「する」


「この格好で?」


「警備勤務なのだから当然だろう」


「当然……」


そうなのか。


能力犯罪や事故がある今の時代。


能力者による警備員は、ただ立っているだけの人ではない。


異常の確認。


通報。


避難誘導。


必要なら初動対応。


低ランクでも、現場に出る以上は防護装備や戦闘服を着る。


私の仕事が突然すごくなったわけではない。


今日までと同じ。


Fランクの。


下っ端警備。


ただ。


格好だけが。


魔法使いになった。


「あと」


ユキさんが小さなケースを差し出した。


嫌な予感。


開ける。


紺色。


見覚えがある。


「……イージス」


「任務時はこちらを使用してください」


《イージス・アンダーギア》。


一枚四千八百円。


軍や警備部門でも使われている女性用戦術インナー。


高吸収。


防漏。


防臭。


抗菌。


尿や経血にも対応。


見た目は普通のショーツ。


そして。


アマネさん曰く。


つまり、おむつ。


「これも戦闘服の一部ですか」


「実質的には」


ユキさんが言った。


「現在の霧島さんの場合、能力発動前に通常の失禁が起きる可能性が高いので」


「……はい」


逃げられない。


「周囲に発動条件を悟られないためにも必要です」


つまり。


外から見た私は。


ロングマントを翻す水系魔法使い。


その下は。


高級吸水ショーツ。


「…………」


知りたくなかった。


自分の装備構成。


◇


その夜。


私は自室で。


紙おむつを穿いていた。


自主訓練。


仕方ない。


イージスは高い。


家で使うものじゃない。


尿意が来たので、トイレには行かず。


いつものように母が買ってくれた大人用紙おむつへ。


最初ほど抵抗はなくなってきた。


それはそれで嫌だった。


訓練を終えて。


机の横を見る。


今日持ち帰ってきた。


戦闘服。


「…………」


見るだけ。


私は立ち上がった。


別に着るわけではない。


サイズも確認したし。


ギルドで試着もした。


ただ。


明日のために。


もう一回確認しておこうかな。


それだけ。


「…………」


五分後。


私は戦闘服を着ていた。


紙おむつの上に。


「いや」


違う。


これは。


装備確認。


家で着る時の動作確認。


重要。


たぶん。


姿見を見る。


「…………」


やっぱり。


悪くない。


むしろ。


かなり。


いい。


「…………」


私は杖を持った。


少しだけ。


右足を引く。


杖を斜め前へ。


マントが少し動く。


「…………」


いや。


違うな。


もう少し。


杖を縦に。


左手を前へ。


「…………」


格好いい。


認めたくないけど。


こういうの。


好き。


昔。


アニメを見ながら。


能力があったらどんなのがいいとか。


考えていた。


水魔法も。


かなり好きだった。


私は鏡を見る。


青でも光れば完璧なのに。


「――水よ」


小さく言ってみた。


「…………」


恥ずかしい。


誰もいないのに恥ずかしい。


でも。


もう一回くらい。


「ひより?」


「っ!?」


ドアが開いた。


母。


「…………」


母が。


止まった。


私も。


止まった。


右手。


大きな杖。


左手。


それっぽく前へ。


黒いマント。


完全な決めポーズ。


そして。


戦闘服の下には。


母が買ってきた。


紙おむつ。


「…………」


三秒。


世界が止まった。


母が微笑んだ。


「楽しそうね」


「違う!!」


私は杖を落としかけた。


「仕事の服?」


「そう! そうだから! 仕事だから!」


「似合ってるよ」


「そういう問題じゃない!」


「その格好で訓練するの?」


「お願いだから出てって!」


「はいはい」


母は笑いながらドアを閉めた。


静寂。


私は鏡を見た。


魔法使い。


紙おむつ。


二十二歳。


「…………死にたい」


◇


翌日。


私は戦闘服でギルドへ来た。


恥ずかしい。


ものすごく。


でも。


街を歩いて分かった。


誰も気にしていない。


すれ違ったスーツ姿の男性が一度こちらを見た。


それだけ。


駅ではローブ姿の女性とすれ違った。


背中に巨大な金属輪を背負った能力者もいた。


ギルドの入り口には、全身装甲の男が立っていた。


誰も。


私をコスプレイヤーとは見ていない。


当たり前だ。


この世界では。


これが普通なんだ。


「…………」


恥ずかしがっている私だけが。


普通じゃない。


ちょっと悔しい。


受付でカードを出す。


【F】


戦闘服。


ロングマント。


大杖。


Fランク。


「…………」


何とも言えない。


本日の任務。


郊外倉庫の警備。


やっぱり。


底辺仕事だった。


◇


倉庫へ着く。


責任者へ挨拶。


指定エリアを巡回。


入退室記録の確認。


異常があれば無線連絡。


昨日までと。


何も変わらない。


ただ。


杖を持っている。


「…………」


私は段ボールの山を見る。


杖を持ったまま。


「異常なし」


何だろう。


この絵面。


別の通路。


パレット。


「異常なし」


魔法使いが。


荷物を見ている。


休憩室へ戻る。


他の警備担当も普通に戦闘装備だった。


一人は厚い防刃ベスト。


一人は腕に小型シールド。


私だけが特別ではない。


誰も私の格好を気にしない。


それは。


ありがたい。


すごくありがたい。


問題は。


別にあった。


「…………」


尿意。


きた。


時計を見る。


勤務開始から三時間。


普通にトイレへ行きたい。


私は休憩室の奥を見る。


トイレ。


行こう。


立ち上がる。


その時。


今朝。


ギルドでアマネさんに確認した会話を思い出した。


◇


「あの」


私は聞いた。


「一応確認なんですけど」


「何だ」


「勤務中は、さすがにトイレ行っていいですよね?」


アマネさんが私を見た。


本当に。


心の底から。


理解できないという顔で。


「何を言っている」


「…………え?」


「何のためにイージスを支給した」


「いやいやいや!」


私は小声になった。


周りに人がいる。


「仕事中ですよ!?」


「だから何だ」


「仕事中に自分から漏らすんですか!?」


「訓練だ」


「家でやってます!」


「家でしかできないなら意味がないだろう」


正しい。


嫌だ。


「尿意を感じたら、可能な範囲で訓練しろ」


「可能な範囲って……」


「誰も見ていない場所でも構わん」


「トイレは?」


「駄目だ」


「トイレの個室で漏らすのは?」


「それなら便器を使え」


「ですよね!」


自分でも何を聞いてるんだ。


「まだ無理なら無理で構わん」


アマネさんが言った。


意外。


「ただし、最初から諦めるな」


「…………はい」


「そのための装備だ」


私は穿いている紺色のイージスを思い出した。


一枚。


四千八百円。


「……これ、本当に訓練で使っていいんですよね?」


「任務中の支給品だ。好きに使え」


好きに。


使いたくはない。


◇


現在。


私はトイレを見る。


そして。


自分の下半身を見る。


服の上からは。


もちろん普通。


誰にも分からない。


高性能。


防漏。


防臭。


音もしない。


出しても。


たぶん。


誰にも気づかれない。


「…………」


無理。


家と違う。


数十メートル先に同僚がいる。


無線も持っている。


倉庫。


職場。


ここで。


自分の意思で。


出す。


「…………無理無理」


小声で呟いた。


私はトイレへ行こうとした。


止まる。


アマネさん。


『最初から諦めるな』


「…………」


嫌な声だけ頭に残る。


私は結局。


トイレへ行かなかった。


でも。


漏らしもしなかった。


我慢した。


家に帰ってからやればいい。


それでも自主訓練にはなる。


今日は。


まだ。


職場では無理。


仕方ない。


逃げではない。


段階。


そう。


段階だ。


私は自分に言い聞かせた。


◇


勤務終了。


かなり。


行きたい。


でも。


ここまで来た。


家まで。


一時間弱。


「…………」


途中でトイレへ行けばいい。


いや。


それじゃ訓練にならない。


家まで我慢して。


家で。


自分の意思で。


出す。


それなら。


むしろ。


今日一日の訓練としては完璧。


私は駅へ向かった。


電車。


座らない。


なんとなく。


立つ。


一駅。


二駅。


三駅。


「…………」


まずい。


思ったより。


まずい。


家を出た時の自分を殴りたい。


四駅目。


降りる。


駅のトイレ。


視界に入る。


「…………」


行く?


いや。


家まで。


あと十五分。


大丈夫。


私は歩いた。


十分後。


大丈夫じゃなかった。


「っ……」


足が止まる。


尿意が一気に強くなる。


まずい。


家まで。


あと。


少し。


角を曲がる。


見慣れた道。


あと数分。


「大丈夫……」


誰に言っている。


自分。


歩く。


早足。


でも走ると余計に危ない。


「あとちょっと……」


その瞬間。


じわ。


「…………」


止まった。


止める。


まだ。


間に合う。


じわ。


「待って」


誰に。


何を。


待ってもらうんだ。


身体は待たなかった。


温かさが広がる。


「…………」


私は。


道の端で。


静かに立ち尽くした。


イージスは。


優秀だった。


服は濡れない。


外から見ても分からない。


匂いもない。


誰にも。


気づかれていない。


完璧な仕事。


一枚四千八百円の価値。


「…………」


でも。


違う。


これは。


訓練じゃない。


自分から出したんじゃない。


普通に。


間に合わなかった。


「…………」


二十二歳。


仕事帰り。


家まであと数分。


普通に。


間に合わなかった。


自主訓練で漏らすより。


何倍も恥ずかしい。


「最悪……」


小さく呟く。


私は歩き出した。


早く。


家に帰りたい。


◇


玄関を開ける。


「ただいま……」


「おかえり」


母が台所から出てきた。


私は目を合わせない。


靴を脱ぐ。


できるだけ普通に。


普通。


何も起きていない。


イージスは完璧。


服も普通。


匂いもない。


絶対に。


分からない。


「ひより」


「何」


「…………」


母が私を見る。


嫌だ。


その顔。


「間に合わなかったの?」


「なんで分かるの!?」


即答してしまった。


終わった。


「やっぱり」


「やっぱりって何!?」


「顔」


「顔!?」


そんな顔してる?


どんな顔?


漏らしましたって顔?


「大丈夫よ」


「大丈夫じゃない!」


「次から無理しないでね」


「ち、違うの!」


言い訳。


何か。


「訓練!」


出た。


いつもの。


「訓練してて!」


「うん」


優しい。


優しすぎる。


信じてない。


「本当に!」


「分かってるよ」


分かってない。


絶対。


私は逃げるように部屋へ向かった。


「ひより」


「何!?」


「ご飯できてるから、着替えたらおいで」


「…………はい」


優しい。


だから辛い。


◇


着替える。


戦闘服を脱ぐ。


そして。


紺色の《イージス・アンダーギア》。


使用済み。


「…………」


これ。


どうするんだっけ。


支給時。


ユキさんに言われた。


専用の黒い袋。


バッグの小ポケットに入っている。


私は取り出す。


《使用済官給装備回収袋》


名前が。


大げさ。


イージスを入れる。


密封。


明日ギルドへ返却。


一般ごみへの廃棄は禁止。


素材や構造の一部が軍・警備規格だから。


「…………」


つまり。


使用済みのこれを。


明日。


ギルドへ持っていく。


「嫌だなぁ……」


もちろん誰も中身なんか確認しない。


袋ごと専用施設で処理される。


分かっている。


分かっているけど。


私は袋を見る。


昨日まで。


ゴミ箱へ捨てていたものが。


今日は。


官給装備。


能力者社会。


すごい。


何一つ。


嬉しくない。


私は机の上へ袋を置いた。


その横。


大きな杖。


黒いマント。


格好いい戦闘服。


そして。


使用済官給装備回収袋。


「…………」


能力者。


思ってたのと。


だいぶ違う。

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