28. 二人の行末
「ええと、お久しぶりです。イザベルです」
本来の聖女、侯爵令嬢は……なんというか、とても素朴な見た目になっていました。
綺麗にカールされていたり結われていた赤毛は、自然体でふんわりとしていて、私を鋭く睨みつけていた緑眼は柔らかい雰囲気です。吐いて汚してしまったのでもうありませんが、聖女の服が特似合ったことでしょう。
「雰囲気が全然違くないですか???」
挨拶も忘れ、出てきた言葉はそれでした。確かに貧乏そうですが、これ貧乏を楽しんでいる人では? なんか手土産とか言って、おっきなリュックから頂き物の果物を干したものをくださいましたけど。
これが、あの、侯爵令嬢……?
「ど、どうぞお座りください?」
隣のライアン様は……興味深そうに観察しています。変な人への考察スイッチが入ってしまったようです。この人、誰かを味方につける時に毎回こんなことをしているのでしょうか。
席について、紅茶が運ばれてきて、しばしの静寂です。ライアン様が考え事中ならとこの状況で何から話そうかと迷っていた時、先にイザベルさんが口を開きました。
「まずは謝らせてください。私は自分の保身を優先して、貴方を救えなかった。ごめんなさい」
立ち上がって、綺麗に頭を下げます。
「そして、ありがとうございます。あなたのおかげで、勇気が出ました」
なんのことだかさっぱりわかりません。私が舞踏会でやったことといえば、他人様の取り巻きを殴り倒し、自分の欲求を叫び、他人様の婚約者を罵倒しただけです。何も勇気づけるようなことはしていません。
「それで、そちらの方は?」
何より、隣の銀髪の男性が誰なのか分からなくて、ずっと気になっていました。
私が思わずぶっちゃけてしまうと、イザベルさんが困ったように眉を下げます。
「その、勝手についてきてしまった、元執事のジュールです」
「イザベル様に買われた奴隷です」
「ですから、もう私のではないと何度も!」
妖精が言ってた男に付き纏われてるって、さてはこれでは……。
こんな感じでよくあの舞踏会から今まで生き延びてこれたなぁと思っていましたが、彼がいたからなのでしょう。
状況を理解したところで、ライアン様が考え終わったのを感じ取りました。ジュールさんはともかく、イザベルさんとは打ち解けられましたし、本題に入ります。
「今日お呼びしたのは、私たちのことでお話があるからなんです」
────原初の神話や妖精の話、入れ替わりについて話すと、イザベルさんは目を丸くして、絶句してしまいました。
「……だから私は、家が苦手だったのですね」
そうしてポツリと呟きました。家が苦手。もしかして、あの侯爵令嬢は、無理やり合わせていたのでしょうか。
私が聖女の皮をかぶって空気を読んでいたみたいに。
……だとしたら。
「これきっと、お互い様ですよね」
やっぱり私たちは、妖精の被害者です。でもそれはきっかけなだけで、入れ替わっていなくても、辛い人生は変わらなかったでしょう。結婚式でも思った通り、過去を考えても仕方がない。
「いいえ、私は自分を優先しなければ、あなたのように勇気を出せれば、もっとどうにかできたと思うのです」
イザベルさんが悲しそうな顔をしますが、私からすればもうこの時点で無理です。聖女としてたくさんの人と関わってきた私にはわかります。人が良すぎますし、他人の悪意への対処能力が低そうです。
「そう思うのなら、協力してくれないか?」
けれど、ライアン様は隙を見逃しません。善人であろうとなんであろうと、領地を守るために利用できるものは利用します。従者のジェーンさんがライアン様に対して牽制の目線を向けました。イザベルさんは気づいていません。
「もちろん、そちらにも利はある。侯爵家も簡単には手出しできない我が領地で、これからの生活を保証しよう。それに、国外追放も覆る」
私たちが今からするべきは、未来のためにあの環境を壊すことです。もう二度と、わたしたちを苦しめないように。
「そんな、いいのですか?」
「ああ、ただし、王家と教皇を相手するために、力を貸してほしい」
「一緒に、未来を勝ち取りましょう」
私が拳を握ると、イザベルさんは笑いました。侯爵令嬢の時の高笑いとは違って、自然で優しい笑みでした。ジュールさんはそんなイザベルさんを見て、私たちへの警戒を解きました。
「妖精も従えましたし、本来の聖女様の味方につけました。これなら、王家だって教皇だって、怖くはありませんね」
ライアン様にも拳を見せつけます。和やかな時間の中、イザベルさんがふと思いついたように言いました。
「あれ? 王家が相手なのでしたら……私、お役に立つ情報を持っているかもしれません」




