断罪がありがたかった
「悪女イザベラ、王太子の名において国外追放の刑に処す!」
王家主催の舞踏会にて、婚約者である王太子殿下の宣言は高らかにホールに響きました。
「奴隷を買い、使用人を虐げ、聖女をいじめ、挙句殺そうとした君は王太子妃に……この国にふさわしくない!」
聖女、癒しの力を持つ少女。
人形のように座っていたはずの彼女の眉がぴくりと動きます。痩せ細っていて、ボロボロで、見るだけで痛ましい姿です。
殿下のおっしゃる通りです。殺そうとまではしておりませんが……虐めを止められず、自分の身を優先した私は、確かに処罰を受けるべきでしょう。
「聖女は許しても、俺たちが許さない」
毅然とした態度を保ったまま、私は内心で、断罪をありがたく感じておりました。
*
物心ついた時には気づきました。生まれる場所を間違えたのだと。
『なんて醜い赤毛なのっ』
侯爵家の特徴は、貴族らしい美しい混ざりけのない金髪と澄んだ瞳でした。
けれど私は、王家へと嫁ぐはずだった侯爵家の待望の娘は、赤毛と深い緑色の瞳でした。幸い、母方の遠縁に赤髪がいましたから、不義の子として扱われることはありませんでしたが、それでも、異物であることに変わりはありませんでした。
『何をしているんだ。みっともない」
落とした物を拾おうとして、お兄様に手を叩かれました。拾う使用人がいるのに、自分で拾うことは恥ずことだと叱責を受けました。赤くなった手に優しく触れました。
『感情を出して、使用人にまで隙を見せてどうするの!』
紅茶が美味しくて、美味しいとつぶやいて使用人に笑いかけてしまって、お母様から紅茶をかけられました。自室で火傷で痛い顔に手を当てました。
『汚らわしい。怪我をした動物なんて触るんじゃない』
羽の傷ついた小鳥を治して、お父様から侮蔑の目を向けられました。とっさに小鳥を体の後ろに隠し、こっそり治しました。
『赤毛のくせに、貴族らしい振る舞いもできないのか』
このままでは、余計立場が危うくなるのだと、本能的に悟りました。
侯爵家の娘が求められている行動と、私がしたいことはまったく違うのです。
フリルのふんだんに使われた着心地の悪いお洋服を、限界までコルセットで絞って着て、重い宝石だらけの装飾品を身につけたくなんてない。柔らかい麻の服を着たい。
メイドに起こされてベッドの上で顔を洗う生活よりも、朝日と共に目覚めて神に祈る生活がしたい。
冷めた豪勢な食事よりも、温かくて素朴なスープが飲みたい。
冷たい仮面を貼り付ける日々ではなく、人々と笑い合える日々が送りたい。
……私は、生まれてくる場所を間違えました。
それでもこの狭い檻の中で生きていくために、望まれる私を演じるようになりました。
『痛っ。もういいわ、下がってちょうだい』
髪を梳かしてもらう時、少しでも痛みを感じれば大袈裟に言って、下げさせること。
『私はこれが嫌いだって言ったじゃないの』
少し苦手なだけでも、お皿に載っていたら叱責して、もう食べないこと。
『早くしてちょうだい!』
我儘で、傲慢で、使用人を下に見ること。淑女教育は完璧にこなし、お友達とのお茶会では権力を誇示すること。王太子殿下には擦り寄り、他の令嬢を牽制すること。
こんな生活、誰であろうと歪んでしまう。私の中の正解は、この家の誰もにとって不正解。
息のつけない日々のある時、お父様の気まぐれで、人身売買の場所へ連れて行かれました。悍ましくて、恐ろしくて、興味のあるふりをするので必死でした。
そんな中で、美しい銀髪が目の端に写りました。
『っ!』
膿んでしまっているほどの酷い傷と、鋭い紫水の瞳に、思わず息を呑んでしまい、お父様の視線がこちらを向きます。
『お父様、この奴隷、顔がとっても美しいですわ。外国の容姿は目を惹きますし、執事にしたら見栄えが良いのではないでしょうか』
誤魔化すためにどうにか口にしました。趣味の悪いお嬢様の顔を保ちながら、自分の口から出た言葉の酷さに吐きたくなる衝動を必死に抑えていました。
『お父様、私におもちゃを買ってくださいまし』
お父様は目を見開き、特に何も言わず、私に奴隷を買ってくださいました。赤毛の私が侯爵家の娘らしい行動をすることで、両親は安心していたのだと思います。
『呼びつけづらいですし、ジュールと名付けましょう』
ですが、自分の保身のために人を買ってしまったことに変わりはなくて、心底自分が嫌になりました。
咄嗟に買っただけのジュールは本当に見目麗しく、屋敷に連れ帰るとお母様はお喜びになり、女性の使用人たちは色めき立ちました。けれど、お兄様はそれが煩わしかったようでした。
『ジュール、殿下とのお茶会に行きますから、ついていらっしゃい』
どこへ行くにも、私はジュールを連れて行きました。ジュールは、私が侯爵令嬢でなくても疑問に思わない唯一の人でした。
だから傷を治したくて、虐めから離させたくて、でもそれもまた反感を買っているようでした。
もうどうすればいいのか、私には何もわかりませんでした。
『まずいわ。いらないから下げてちょうだい』
誰かが丹精を込めて作ってくださった物をまずいと言い、残すなんてと思いましたが、それでも。
『……一枚くらいなら、無くなってもバレないから』
容姿や出自から迫害されて食事もまともに与えられていない彼が飢えるよりはマシだと思い、小声でそう伝えました。
『イザベラ?』
『飢えた視線だったものですから、残飯とはいえ、奴隷の貴方が食べてはダメよと伝えたのです』
お父様に怪しまれましたが、思ったことと真逆のことを伝えれば、叱責されなくて済みます。
成長して通い始めた学園では、殿下は婚約者である私を差し置いて、聖女を連れていました。多くの貴族令嬢にとって、美しく可憐な聖女は目障りだったのか、これ幸いと虐めが始まりました。
『イザベラ様、また聖女が!』
私に求められるのは、彼女たちの大義名分として、好きにさせてあげる我関せずな侯爵令嬢。
ジュールの件もあり、私はもう何もしませんでした。ただただ、この酷い悪夢が早く終わるように、願うことしか、できませんでした。
そう、私はずっと……ずっと空気を読んで生きてきました。
だから、私にも“癒しの力”があるだなんて、誰にも言えませんでした。
*
傷つけた私が、罪を受けるのは当然だと、そう思っていた時、聖女は椅子から立ち、王太子殿下を睨みつけました。聖女らしからぬ姿に動揺する暇もなく、
「いや、私、許すなんて一言も言ってないですけどね?」
耳を疑うような言葉が、会場に響き渡りました。
「正直、殴られたら殴り返したいんですよ! 私は!」
聖女は物理的に虐げてきた人全員を殴り、今までの鬱憤を吐き出しました。
「教皇様。うっすいスープとパンが清貧だと仰るのなら、なぜご自身は片手にワインをお持ちなのでしょう。清貧な食事は足りません。私はまだ十代です。肉を食わせてください、肉を」
「まず私は朝が弱いのですけど?? できればお日様が頭の真上にある時間まで寝たいですけど?」
「そもそもこの服だって、機能性はカスな上に寒いんですよ。私だって羽毛や羊毛たっぷりの冬服が着たいに決まってますよね?」
それは、強くて、苛烈で、ほんの少しだけ、共感のできるものでした。形や欲求は違えど、ずっと思ってきたことでした。
「……もう、空気の読める聖女は今日でサービス終了でいいですか? 終了でいいですよね? 誰も言わないのなら、私が言います。いいでーす!」
聖女はベールを脱ぎ捨てました。出口へと向かう彼女を捕らえようと、教皇が叫びます。
どうか逃げてほしいと、願ったとき。
「いいや、俺は正当性のある話だと思ったが」
辺境伯が現れ、彼女と契約を結び、大立ち回りの末に二人は去っていきました。
よかったと、本当によかったと、私は密かに安堵の息を吐きました。
「なっ!」
振られると思っていなかったらしい王太子殿下はショックを受け、王家と教皇様は辺境伯の予想外な行動に今後の行動を考えているようでした。
こうして舞踏会はめちゃくちゃになり、よくわからないまま、舞踏会は終わりました。
両親は一足先に家に帰っていて、私が婚約破棄され、国外追放の刑に処されたことで、王太子すら御せずに醜態を晒したことで、失望しているようでした。
「この恥晒しがっ! 出ていけ!」
聖女に勇気をもらったからでしょうか、あれほど怖かった両親からの目が、もうなんとも思わなくて。
「……はいっ!」
人生で一番溌溂とした声だったのでしょう。両親は驚き、私は身ひとつで家を出ました。
これから心機一転。私は、今までの罪の代価を支払いながら、私らしく生きていきます。
今まではジュールにしか使っていなかった癒しの力も、使い放題です。
私は、人を助けながら静かに暮らします。
もうわがままで高慢な侯爵令嬢を望む人も、全てにおいて完璧な王太子の婚約者を望む人も、誰もいないのですから。
「自由って、素敵」
独り言をつぶやいて、歩きながら飛び跳ねたって、誰も私を見ていません。
土の上を歩くのには向いていなくて、靴は早々に脱ぎました。結われた髪はほどき、舞踏会帰りのドレスも、国を出ていく途中で、全てを売りました。お金は明日のパンを買う分だけ残して、孤児院に寄付しました。
国は広く、徒歩ではかなり日数をかけなければ、国外には出れません。温室育ちの私は、野営なんて慣れていませんでしたが、これも罰だと思い耐えました。
食べられる草木を探し、川の水を飲み、街で日雇いで働きました。少ない賃金で小さなパンを買い、人を癒し、また歩き出す日々でした。
「お嬢ちゃん、すぐに稼げる仕事があるんだよ」
「本当ですか!?」
ですが、毎回すぐ仕事が見つかるわけではありません。服がボロボロになってきた時、そう声をかけてもらいました。これで今日のパンが買えると、そう思ったのに。
「なわけないでしょう」
後ろから、腕を引っ張られました。長い銀髪が揺れます。
「ジュール? どうして?」
息を切らしたジュールが、そこにいました。
「俺はお嬢様のものでしょう? 追いかけてきたんですよ!」
これが素なのでしょうか、侯爵家にいた時よりも荒々しい口調ですが、生真面目なことを言っています。
……とても困ります。
「ジュール、あのね、ずっと言えなかったのですが、私、人を所有するとかそういうの、苦手なのです」
「存じておりましたが?」
「えぇ……」
ジュールは何も動じません。確かにジュールの前ではあまり演技をしていなかったかもしれませんが、だとしても、なぜ知っているのでしょう。
「買った事実には変わりありませんので、面倒見てくれますよね?」
ジュールにもう私のものではないのだから、一緒にこんな暮らしをする必要がないと言い聞かせる日々が、始まったのでした。
「それにしても、お嬢様はほんと、あの家っぽくないですよね」
────辺境伯の使者に呼び止められ、実は私と聖女は妖精によって赤子の時に入れ替えられてしまったのだという話を聞くのは、もっと後のお話です。
読んでくださりありがとうございました。こちらは元々聖女か令嬢かどちらの視点で書くか迷っていた作品でして、一番下に聖女側の短編のリンクが貼ってあります。
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