27. ライアン様は変
「お前のせいで追放されたの」
「なんか貧乏な暮らししてる」
「男に付きまとわれてる」
妖精たちが口々に話します。あまり直接話したことはありませんが、高価な服を着た贅沢な侯爵令嬢が貧乏暮らしなんてできるのでしょうか。男に付きまとわれてるとは、一体??
民衆にばれない様に、表向きは笑顔を張り付けたまま、妖精と仲良さげな風に小声で話していますが、正直疑問しか浮かびません。
「……有事の時の切り札になりそうだな。遣いを出そう」
驚いている私に対して、ライアン様は冷静です。そもそも、人を殴りまくっていた聖女を雇おうとする時点でそういう人なのでしょうけど。
「私のせいではなく、同じくあなた達の被害者です。利用するなら、その分の対価を支払うべきですし、なんとかしますから、今日のところはとりあえず帰ってください」
「ほんと?」
「嘘ついたら許さない」
「許さないのは私の方だというのは忘れないでくださいね」
光の糸で結ばれた小指をビシッと立てて見せつけると、妖精たちは震えて帰っていきます。
民衆と一緒ににこやかに手を振って見送ったところで、迎えの馬車が着ました。
「長い一日だったが、帰ろう」
「はいっ!」
屋敷に帰ると、アデライド様や結婚式のために帰ってきてくださったお義姉ちゃん、双子やフォセット様が出迎えてくださいました。
「おかえり、何があったのかはゆっくり聞くけど、とりあえず無事でよかった」
「妖精を切らないうちに帰ってきてくれてよかったよ」
「剣を持ったお姉を止めるの大変だった」「お姉は力が強いから一苦労だった」
「兄様たちの結婚式をめちゃくちゃにしたのですから、怒るのも当然ですけどね」
妖精が信仰されてないのは、この人たちが領主だからな気もしてきましたが、口には出しませんでした。
そして、それどころではありませんでした。
「あの、これは、一体?」
家に帰ってきてからずっと、ライアン様が私を抱え上げたまま放してくれません。助けを求めるように、アデライド様の方を見ますが……。
「新婚一日目だからね、諦めな」
「でも、これ、困ります……」
「結婚式後って特に疲れるだろうし、まあ歩かなくて済むって思えば……」
そんな無茶な。違和感しかありません。
「思うしかないんだよ。ライアンは、一番旦那によく似てるから」
アデライド様が目を逸らしました。そこからはもう、ずっとライアン様と一緒でした。開放してもらえたのは湯浴みの時くらいで、それ以外は、本当にもうずっと。
「鬱陶しいよねぇ~」
と、嫁ぎ先で愛されまくって慣れているらしいお義姉ちゃんは笑っていました。双子とフォセット様は、どこか遠い目をしていました。それもそうでしょう。私も気まずいです。
そして寝室で二人きりになると、もう駄目でした。
「あのぉ、ライアン様?」
「なんだ?」
「寝る前にキスの練習を嫌がっていたのはライアン様でしたよね?」
「嫌がってはいない」
ベッドの上に座った形で、ずっと落ちてくるキスに頭がクラクラします。なんなんですか、これは。
「理性が試される行為を避けていただけだ」
「理性が試される行為???」
もう意味がわかりません。理性なんて試してませんし、理性ってなんですか。
と、いうよりも。
「ラ、ライアン様って、なぜそんなに愛してくれるのですか」
ライアン様の腕の中から見上げると、首を傾げています。首を傾げたいのはこっちです。
「そりゃ、一緒に領地まで帰って、ここで過ごしてきましたけど、人生の中ではまだほんの短い時間です。聖女としてじゃなくて、私を愛してくれているのは、もう分かりましたけど、でもっ」
いよいよ口にもキスが落ちてきて、続きは言えませんでした。
「……エステルは」
衝撃が強すぎて続きどころか何も言えなくなった私に、ライアン様は話し始めます。
「強くて柔らかいところが可愛い」
「……はぁ?」
強いと可愛いは同じではありませんし、柔らかいってなんのことだかさっぱりわかりません。私は肉付きが悪いはずです。
「あれだけの仕打ちを受けたら、何もかも恨んでもおかしくない」
「恨んでましたし、やり返しましたよ」
「それでも、エステルは明るいだろう。自分の傷を他人にぶつけることもない。その柔らかい強さを、俺は好いている」
ライアン様は私の長い髪を優しく手に取って、静かに口づけました。
「人間性に惚れこむことに、時間は関係ないだろう。エステルは、違うのか」
まっすぐな瞳に見つめられて、たじろぎます。私、は……。
「そ、その通りだと、思います……ぅぁぁ」
ライアン様の顔が見れません。この質問は、私にも返ってくるものでした。ライアン様が私を好いてくれているように、私も、ライアン様の事がずっと好きでした。淡い好意が積み重なって、嫉妬して、めんどくさい質問をして……恥ずかしいっ。
「エステルのペースで構わないから、慣れてくれ」
*
「え、これからこの生活が続くんですか?」
翌朝の第一声は、なんとも間抜けなものでした。
新婚生活に翻弄され続けた数日後、本来の聖女である侯爵令嬢は、一人の男性を連れてやってきました。




