26. あの人は今……
「前代未聞の妖精との契約に、突然現れた妖精によって完全に直った聖堂だからな。むしろこれを利用した方がいいかもしれない」
「利用……?」
「教会や王家が何か仕掛けてきた時にとる行動を考え直す」
いっそたくさん従えて物理的に撃退してしまえば良いのでは……と思う私は、やはり生まれながらの聖女ではないのでしょう。
「ただ、内々ではやり直しても良いかもしれないな」
「え?」
「幸せに浸る余韻もなかっただろう?」
ライアン様が変わらずに私を大切にしようとしてくれるだけで、もう十分幸せなのですが。
何も言わずに、もう片方の空いている方で手を握りました。
そのまま山を降りて市街地へ行きます。
「領主様!」
「突然妖精が現れて、それで!」
「聖堂が元通りに!」
市民や騎士、聖職者などたくさんの人が寄ってきます。やはり、一般人にも見えるようになったようです。
混乱している皆さんを落ち着かせ、聖堂の前に向かいました。人々に見えるようになって同じく混乱している妖精たちを呼びつけます。
「まずは、ちゃんと直してくださったんですね」
妖精たちを警戒させないために、手の中のアンドレさんは放さずに、むしろ余計なことを言わないように圧をかけつつ、にっこりと微笑みました。
「ああ! 直しただろ、だけど、人間に見えるようになってて」
「見るなって言っても見るんだ!」
「どうにかしてよ!」
見えるようになったものの、一般人には声が聞こえないようです。ライアン様は一緒に神殿に赴いたからなのでしょうか。
この状況は使えそうです。
「いいですよ。ただし、お返事をしてくださったらですが」
一番最初に捕まえたアンドレさんの声にならない悲鳴を無視し、今まで王都で相手をしてきた色々な名前を、思いつくままに使います。
「クリストフ、シャーロット、ドミニク、エミール、ミシェル、マルセル、ポール、レノー、サロモン、トリスタン……」
一人一人を指さして、目と目を合わせます。多くの妖精は何をしているのかわからないらしく、首を傾げていますが、好都合です。
「この状況をどうにかして差し上げますから、さあ、お返事は?」
「「「はい」」」
癒しの力がごっそり使われた感覚と共に、無数の糸がつながって、パチンと弾けました。妖精たちはざわめき、慌てふためきます。
騙されて可哀想ではありますが、私も色々翻弄されましたから、同情はしません。
「聖女というより、妖精使いになってるな……」
ライアン様はその様子を見て、なんだかご機嫌です。今思い返すと、私が本来の気質に近いであろう行動をするとき、ライアン様はいつも楽しそうでした。
「この悪魔っ!」
「女神様はなんでこんなやつを愛しているの!」
「ぼくたちは置いて行ったくせに!」
妖精たちの抗議を無視し、理想の聖女のように清らかに民衆に告げます。
「皆さん、妖精は私たちの味方です。祝おうとしたら少々力が入ってしまったようで……彼らはこれから神殿に帰りますから、どうぞ見送ってください」
民衆は素直に信じ、妖精への目は深い信仰へと変わります。彼らは、普段守ってくれるヴェクサン家への忠誠心の方が高いが故に、妖精を見る目は好意的なものではなかった。だからこそ、そこを利用すれば良い。
少々無理やりでしたが、妖精たちの反応は予想外なものでした。
「慕われてる……」
「こんなのいつぶりだろうね」
「ねぇ、帰る? 帰る?」
妖精たちの怒りが鎮まります。ずっと人に見えずに、彼らだけで過ごしてきたのだと、ふとそう思いました。
なんだか、これから考えなくてはならないことが、たくさんありそうです。
そういえば、妖精たちは不思議なことを言っていました。
『ぼくたちは愛された子に幸せになって欲しいだけだったのに』
『なんでこんなことに』
『なのにおまえが幸せになるなんて、気に入らない』
妖精たちは元々、本来の聖女の幸せを祈っていたはずです。それなのに私の結婚式をぶち壊し、逆恨みをして……。
本来の聖女である侯爵令嬢は、今、幸せではない?
「あれ、侯爵令嬢って、今、どうしているのです……?」
舞踏会で断罪されていましたが、本当に国外追放になったんですか?




