25. 悪い顔
「怒ってくださって、嬉しかったです」
「当然だ」
ライアン様を見上げます。ライアン様は嬉しそうにふっと笑って、抱きしめてくださいました。
「なっ……」
握られたままの妖精を含み、妖精たちはみな敗北を知ったようです。ざまぁご覧になって何よりです。
「さぁ、手始めに、大聖堂を元通りにしてください。できなきゃこうですよ」
手の中の妖精を見せつけました。
「脅すなんて」
「女神様はどうしてこんなのに力を」
「やっぱり最悪だわ」
煩いと思いながらも、どうして力を……の部分には少し共感します。よくよく考えてみれば、私って清らかだとは程遠いというか、俗物的です。食べたいし、寝たいし、ライアン様が好きです。
「……勝手にこんなことをしたからでは?」
ライアン様がポツリと呟きました。
勝手に……。
確かに、王都でも原初でも、女神様が慈悲深いお方であるという記述は一貫しています。
「自分のしもべたちの身勝手で孤児になった私を哀れに思ったと?」
「根拠はないが、俺はそう考えた」
また口元に手を当てて考えているライアン様に頷きました。
そう言われれば、そうとしか思えません。
「……自業自得はどっちなのでしょうね」
俗物的とはいえ、私は敬虔に聖女として女神様を信仰し続けてきたのだから、嫌われる訳がありませんし。
「な、直せばいいんだろ、直せば!」
「ええ」
妖精たちが一斉に飛んでいきました。行き止まりということもあり、一つの出口しかなく、風圧で髪がボサボサになります。それをライアン様が手櫛で整えてくださいました。
「ライアン様、私たちも行きましょう。
「ああ。……領民にも見えたら、驚いてそうだな」
そう考えると行かせてしまって大丈夫だったのかと思いますが、逆に実体があれば対処できるでしょう。妖精たちが何かをするよりも、ヴェクサン家の皆様や騎士さんたちが切る方が早いはずです。
「何かしでかしてないか、監視する人が増えますね!」
手の中の妖精が、なぜか少し濡れて、冷たくなった感じがしました。冷や汗でも掻いているのでしょうか。汚いです。
元来た道の通りに、神殿を後にします。
「手が塞がっているんだ、足元に気をつけて」
「ありがとうございます」
ここに来る前、もし聖女じゃなかったら、私なんて、とほんの少しだけよぎったこともありましたが、やはり杞憂に終わりました。ライアン様の態度は変わりません。
山を下りつつ、手の中の存在が気になりました。
「そういえば、お名前は?」
「はぁ? 名前なんてあるわけないだろ」
妖精同士は呼び合わないのでしょうか。
「じゃあアンドレで」
この後たくさんの妖精を相手にすることを考えると、個別に呼べた方がいいと思いました。適当ですが、ないよりはマシでしょう。
「そんな急に名前なんか」
「アンドレさん、お返事は?」
もうめんどくさいので無理矢理にでも認めさせようとすれば、妖精が鼻で笑います。
「はいって言うとでも……あっ」
やさぐれた様子だった妖精の顔色が、どんどん悪くなっていきます。
どうしたのかと状況を理解できないうちに、小指と妖精を結ぶ光の糸が現れました。
「っやっちゃったやっちゃったやっちゃった!!!」
「えっ、何??」
それは弾けて、跡形もなく消えます。でも、つながっている感覚は残っていて……。
「契約されちゃった……」
妖精が絶望したようにぐったりと脱力しています。
「契約って?」
「名前を受け入れちゃったから、あんたに従わなきゃいけなくなったんだ」
……なんと言うことでしょう。
それは、すごく、都合が良い。
「でも、女神様のしもべなのでは」
「それは妖精全体であって、個別じゃないって……あ、また余計なことを!」
正直、脅すだけでは危うい気がしていましたが、他の妖精もおんなじように契約をすれば……。
悪い顔になっていたのでしょうか、ライアン様が興味深そうにこちらを見ています。
「そんな顔もできたんだな」
「ダメですか?」
「いいや、愛おしい」
相変わらず、ライアン様はなんだか少しズレています。妖精は「ケッ」と鳴きました。
もう随分と降りてきて、開けた場所で領地がも渡せます。
「聖堂も直っているようだな」
ちゃんと約束を果たしたようです。と、言うことは。
「ライアン様、あれってやり直しが必要ですか?」
「ふむ……」
正直、妖精の祝福なんていらないと思うのですが。




