23. どうして私なの
「な、何を仰っているんですか? そんなのダメですよ。ライアン様はヴェクサン家の当主です。私たちは契約関係だと忘れないでください」
「ああ、利害の一致は確かにある」
私は癒しの力をヴェクサン家に。ライアン様は私の求める生活を保証する。お互いのために、王家や教会に連れ戻されないように、結婚する。
そんな取引だった。そんな契約だった。
ライアン様が一番に優先するべきは、辺境伯領のこと。
「だが、それだけではないよ」
ライアン様は真っ直ぐに、私を見つめていました。
「守りたいのは、俺も同じだ」
そうして、私の頬を優しく撫でました。くすぐったくて、目を閉じます。何か熱いものが流れたのは、きっと、気のせいです。
「もし妖精の仕業だったとして、俺が殺されるということは、領民だって殺されるってことだ。危険なのは、どこにいても変わらない。これは、エステルのせいじゃない。エステルに声をかけると決めたのは、俺だ」
ライアン様は、言葉を重ねて、私の不安を潰していきました。
「っはい!」
普段の服に着替え、二人で遺跡のある領内の山に向かいます。
険しい山のようですが、癒しの力もありますし、過酷な状況で生き抜くのは得意です。岩に足をかけたところで、ひょいと浮遊した感覚がありました。
「しっかり捕まっていてくれ」
自然と首に手を回す形で、ライアン様に横抱きにされています。
「私、歩けますよ?」
「俺の方が足が長い。力も強い。これが一番合理的だろう」
足が長い……今は一刻も争う非常事態ですし、その通りだと思い、素直に従いました。
ライアン様は私が全身を使って乗り上げなければならなかったであろうところも軽々と超え、どんどん登ります。途中で地図がわからなくなっていたので、方向を示したりして、あっという間に遺跡に着きました。
大樹に飲まれた、大昔も前の神殿は、そこだけ日の光を浴びて静かに佇んでいました。
「ここか……おい、エステル」
ライアン様から降りて、導かれるように足を進めます。建物の内部に入った時、何かの薄膜を破った感覚がしました。たくさんの扉や分かれ道があっても、何かの感覚を追って、進みます。
「わかるのか?」
「おそらく」
しばらく進んだ先。行き止まりには、石碑が置いてあるだけでした。
「これは、碑文……?」
教会で叩き込まれた、現代では聖職者しか読めない古王国文字です。
【妖精は女神様の忠実なしもべである。妖精は人の言うことは聞かない。彼らは人智を超えた力を持ってして、世をかき乱す】
ここに来る前から知っていることでしたが、この石碑の意味はそこではありません。
「ライアン様、少し離れていてください」
石碑に力を込めます。重病人を癒す時よりも力を使って、それでも足りなくて、集中します。大丈夫、今の私は、昔の私よりも健康で、力があります。
「っ!」
どっからか強風が吹き荒れ、飛ばされそうなところを、ライアン様が押さえてくれました。
「エステル」
「信じている」
「っはい!」
無理をしない方が辛いって、ライアン様はわかってくれて、本当は止めたくても、私の意思を優先してくれている。
そんなライアン様だから、私は……。
「な、なに!?」
無数の光の粒が浮かんで、消えて、瞬きの間に、たくさん妖精が現れました。
ライアン様が目を見開きます。羽が煌めいて、眩しい。
「みんな、ボクたちの石碑を壊した馬鹿な一族の子がやって来た」
「妖精を忘れた恩知らずが?」
「報いを受けるべき愚かな血統は出ていけ」
祝福していないのはわかっていましたが、妖精の反応の意味が、何もわかりません。
「待ってください、なんのことですか。私は、聖女ではないのですか」
後ろ手に震えを隠し、ずっと無意識に望んでいて、恐れていて、疑問に思っていたことを口にしました。
妖精たちがざわめきます。
「聖女?」
「女神様に愛された子ならいるけど」
「聖女なんていないよね」
「ね」
無邪気な声が、酷く怖い。
「ぼくたちは愛された子に幸せになって欲しいだけだったのに」
「なんでこんなことに」
「なのにおまえが幸せになるなんて、気に入らない」
「許さない」
「おまえは女神様に愛された子じゃない。ぼくたちが侯爵家の娘とあの子をチェンジリングしたんだから」
……なんで。どうして、私が聖女なの。
ずっとそう思ってきた。ずっと苦しかった。なのに、本当の聖女は別にいて、なら私の今までは。
妖精たちがクスクスと笑う声が、遺跡に響きます。
それでも、笑い声の中の、小さな舌打ちの音を、私は聞き逃しませんでした。
「ふ……あははっ。あははははっ」
私はもう、空気を読む聖女なんかじゃない。最初っから、そんな存在じゃない。
「あなたたちの思い通りに絶望なんて、するわけないですよね?」




