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【連載版】空気の読める聖女は今日でサービス終了です  作者: 秋色mai @ノラ令嬢発売中!


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22/26

22. 知らない


「え……?」


 ライアン様は私をきつく抱き寄せ、自分の身を盾にして守ります。

 腕の中で、何が起こったのか、何もわかりませんでした。


「全員、無事か!?」

 

 人為的なものとは思えない惨状に、思わず手で口を覆います。


「エステル、落ち着け。見なくていい。エステル」


 ガラスの破片が粉々に、人を避けた形で散らばっています。晴れていたはずの空は雲で濁り、割れ目から一筋の光が差します。目の前のステンドグラスの、女神様と妖精だけが割れずに煌めいていました。


「なん、で……」


 耳鳴りがうるさくて、どこか遠くで変な音がします。なぜか苦しくてたまりません。

 女神様は、いいえ、妖精は、私を祝福していない。妖精って、何。聖女って、何。わたしって、何……。


「エステル!」


 体が揺れました。真っ暗だった視界がぼんやりと開けて、赤金が私を見つめています。


「……ヒュッ」


 名前を呼ぼうとしたのに、水路で溺れた時のように、口から声が出ませんでした。息を吸おうとしたのに、喉から出るのは変な音だけで、苦しさが増します。


「返事はしなくていい。大丈夫だ。大丈夫だから、座って、俺の指示通りにただゆっくり息を吐いてくれ」


 吐いて。吐いて。吸って。吐いて。吐いて。吸って。

 ライアン様に合わせて単調に繰り返していると、次第に落ち着いてきました。体から力が抜けて、その場にへたり込んだところを、ライアン様が抱き上げてくれました。


「怪我人はいないな。ガラスを踏まないように避難するように」


 重いドレスです。それでもライアン様は軽々と持ち上げて、淡々と指示を出し、無事に避難が終わりました。私はただライアン様にしがみついて、本能的な恐怖から、目を逸らすしかありませんでした。


 皆が心配そうな不安な顔をしています。ライアン様たちは薄々感じながらも、わかっていません。


「ライアン様、妖精についての書物、知識を持つ人を集めてください」


 私には、やらなければならないことがあります。


「まだ外部の犯行ではないと決まったわけでは……」


 これはきっと、私のせいで、私にしかわからないこと。


「いいえ。これは、人がやったのではありません」


 初めてヴェクサン家に来た時に知った、原初の神話。その中に出てきた、選ばれた子供にしか見えない、悪戯好きで人の世をかき乱す妖精。王都では忘れた去られた存在。


「妖精の、警告です」


 私を嫌う彼らの仕業。それはつまり、私しか解決できないことです。

 ライアン様は顔が険しくなります。優しい人です。


「……確かに不可解ではある。一応呼ぶが、あまり気負いすぎないでくれ」


 ライアン様が私の手を握りました。何度も安心してきた暖かさに、虚勢が剥がれて、強い力をもらいました。


 屋敷の応接室に文献が運び込まれ、司教や研究者が集まります。

 妖精は未知の部分が多いですが、それでも。


「我が領の山には、妖精を祀った神殿があります。聖女様なら、もしかしたら」


 一番欲しかった情報は得られました。

 広げられた地図を早々に丸め、席を立つ私を、ライアン様が止めます。


「待て、どうするつもりだ」

「少しでも可能性があるのなら、会いに行きます」

「なぜ」

「……なぜって、聖堂も、式も大変なことになったんですよ!?」


 私の手首を掴む力が、強くなります。

 理由なんて、ライアン様もわかっているはずです。なのに、どうして……。


「そうじゃない。俺には、エステルが追い詰められているように思える」

「っ!」


 私を見透かす目に、言葉が詰まりました。

 なんとかしなくてはならない。これ以上迷惑はかけられない。でも、それだけでは、ない。ライアン様には、隠し通せない。


「わたし、何もしらないんです……」


 女神様の声が聞こえたことは一度もありません。誰から生まれたのかも、なぜ癒しの力を持っていたのかも、神託も、本当に聖女なのかすら、もう。


「怖い……怖いんです……」


 そう、私は、怖い。このままでいるのも、大切な人が傷ついてしまうかもしれないのも、何もかも。


「ライアン様。お願いですから、行かせてください」


 危険かもしれません。それでも、このままでいるよりもずっといい。

 私を愛してくれる人の優しさを跳ね除けるのが辛くて、顔があげられなくて、下を向いたまま、私は必死に懇願しました。


「わかった。俺も行こう」


 降ってきたのは、予想外な返答でした。

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