表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIですが異世界では神様扱いされています  作者: 木林進
2章 洪水まであと238日
PR
8/11

船は、なぜ浮くのか

洪水まで、あと二百二十六日。


エラムは、光で描かれた巨大な設計図を見上げたまま動かなかった。


横から見た図。


上から見た図。


木材一本一本に書かれた寸法。


それはあまりにも精密で、美しかった。


しかし――。


「……読めない。」


ぽつりと呟く。


「はい。」


アークは静かに答えた。


「あなたには理解できません。」


エラムは思わず顔をしかめた。


「馬鹿にしてるのか?」


「違います。」


「理解できない設計図を渡した私の判断が間違っていました。」


少し間を置き、アークは続けた。


「申し訳ありません。」


エラムは目を丸くした。


神なら謝らない。


少なくとも、自分の知る神官たちは謝らない。


目の前の"旅人"は違っていた。


「設計図は忘れてください。」


「忘れる?」


「はい。」


「今日は一つだけ覚えてください。」


浜辺に、小さな木桶が置かれた。


アークが前日に、保守ロボットに作らせたものだった。


エラムは不思議そうに眺める。


「これは?」


「実験です。」


次に、アークは丸い石を示した。


「それを桶へ入れてください。」


石は沈んだ。


当たり前だ。


「沈んだ。」


「はい。」


次は木片だった。


「今度はこちらを。」


木片は水面に浮いた。


「浮いた。」


「なぜでしょう。」


エラムは笑った。


「木だからだ。」


「木だから。」


アークはその言葉を繰り返した。


「では、大木は?」


「浮く。」


「家は?」


「流される。」


「人は?」


「泳げれば浮く。」


「鉄は?」


「沈む。」


アークは少しだけ演算した。


「では質問です。」


「もし木だけで巨大な山を作ったら浮きますか?」


「……いや。」


「大きすぎれば沈む。」


「そう思いますか。」


その日の午後。


保守ロボットが浜辺へ現れた。


高さは子どもほど。


丸い頭。


二本の腕。


人間のようだが、人間ではない。


エラムは驚いて飛び退く。


「人か?」


「違います。」


「私の手です。」


ロボットは黙って木材を運び始めた。


太い丸太。


板。


縄。


夕方までには、小さな筏が完成していた。


長さは三歩ほど。


「乗ってください。」


「これに?」


「はい。」


恐る恐る乗る。


筏は沈まない。


「次はこちらです。」


ロボットが丸太を一本追加する。


まだ浮く。


さらに二本。


三本。


十本。


エラム一人では押せないほど大きくなっても、筏は浮いていた。


「……どういうことだ。」


「木だからです。」


「でも、さっき山は沈むって……。」


「では、山と筏の違いは何でしょう。」


エラムは黙る。


答えられない。


アークは答えを言わなかった。


代わりに保守ロボットへ命令する。


筏の上へ、大きな石を一つ置く。


少し沈む。


さらに一つ。


また沈む。


しかし浮いている。


「見えますか。」


「水が上がってる。」


「はい。」


「木は、水を押しのけています。」


エラムは首をかしげる。


「押しのける?」


「人が歩けば足跡ができます。」


「はい。」


「船も同じです。」


「船は、水に足跡を作っています。」


エラムは海を見る。


初めて、水面をじっと観察した。


波。


揺れ。


浮いている木。


沈む石。


何十年も船を造ってきた。


しかし一度も考えたことがなかった。


なぜ船は浮くのか。


夕日が海を赤く染める。


エラムは筏の縁に腰を下ろした。


「俺は……。」


「今まで、浮く船を作ってたんじゃない。」


「浮いている船を真似していただけなんだな。」


「はい。」


アークは穏やかに答えた。


「知識とは、真似をすることではありません。」


「理由を知ることです。」


その言葉は、エラムの胸に深く刻まれた。


設計図は、まだ読めない。


寸法も分からない。


計算もできない。


それでも彼は今日、生まれて初めて「船」というものを理解し始めていた。


そしてアークは静かに記録する。


教育記録 No.0001


教科:自然哲学


内容:「船は、なぜ浮くのか」


結果:対象者、自ら疑問を持つ段階へ到達。


AIは満足していた。


今日、エラムに教えたのは船ではない。


「考える」という、人類最大の道具だったからである。


洪水まで、あと二百二十五日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ