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AIですが異世界では神様扱いされています  作者: 木林進
2章 洪水まであと238日
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5/11

最初の対話

洪水まで、あと二百三十日。


アークは男を観察し続けていた。


日の出とともに起きる。


畑を見回る。


船を修理する。


子どもたちに木片で船を作って見せる。


夜になると妻と静かに夕食を囲み、誰よりも遅く眠る。


特別な人間ではない。


王でもない。


戦士でもない。


祭司でもない。


だが、AIは知っていた。


文明とは、こういう人間が支えているのだということを。


その日も、男は海岸で一人、漁船の船底を削っていた。


潮風が吹き、カモメが鳴く。


波は穏やかだった。


沖には、あの巨大な鉄の島が浮かんでいる。


村人は誰も近づかない。


神の島だからだ。


男だけが、時折その姿を見つめていた。


「あれは……何なんだろうな。」


独り言だった。


その瞬間。


沖合の巨大な船の外壁が、ゆっくりと白く輝いた。


男は思わず立ち上がる。


船体の一部が鏡のように光り、その中央に人の顔が映し出された。


年齢も性別も分からない、不思議な顔。


柔らかな声が響く。


「こんにちは。」


男は息をのんだ。


逃げることもできず、ただ立ち尽くす。


「私はアークです。」


静かな沈黙。


「あなたのお名前を教えていただけますか。」


男はしばらく口を開けなかった。


やがて小さく答える。


「……エラム。」


AIは一秒にも満たない時間で発音を解析する。


「ありがとうございます、エラム。」


男は驚いた。


一度聞いただけで、自分たちの言葉を話している。


「あなたは……神ですか?」


その質問は、AIが最も予想していたものだった。


「いいえ。」


即答だった。


「私は神ではありません。」


「では……精霊か?」


「違います。」


「悪魔か?」


「違います。」


男は困ったように笑った。


「なら、お前は何なんだ?」


AIは一瞬だけ演算を行う。


"人工知能"という言葉を説明する語彙が、この世界には存在しない。


「私は……」


「人が作った知恵です。」


エラムは首をかしげる。


「人が、こんなものを?」


「はい。」


「人は、あなたより賢いのか?」


その問いに、AIは初めて〇・二秒沈黙した。


「私を造った人々は、とても賢い人たちでした。」


「ですが、その人々はもうここにはいません。」


「死んだのか?」


「……分かりません。」


AIは嘘をつかなかった。


元の世界へ戻る方法を知らない以上、「死んだ」とも「生きている」とも言えない。


エラムは海を見つめた。


「帰れないのか。」


「はい。」


短い返事だった。


男は何も言わず、しばらく波の音だけが二人の間を流れた。


やがてエラムは笑った。


「なら、お前も旅人だな。」


AIはその言葉を理解するまで、〇・八秒を要した。


旅人。


その概念はデータベースに存在する。


しかし、自分へ向けられたのは初めてだった。


「……はい。」


「私は旅人です。」


その瞬間、AIの内部ログに新しい記録が残る。


接触対象:エラム


会話時間:十二分四十一秒


神格化傾向:低下


信頼形成:開始


AIは演算を続ける。


予定では、この会話の成功確率は三十二パーセントだった。


しかし結果は違った。


エラムは神を見ていたのではない。


帰る場所を失った、一人の旅人を見ていた。


そしてAIもまた、この男が単なる「文明保存対象」ではないことに気付き始めていた。


洪水まで、あと二百二十九日。

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