↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/16

新しい世界

四十日四十夜。


雨は絶え間なく降り続いた。


山は姿を消し、森も町も、かつて人々が暮らした大地も、水の下へ沈んでいく。


箱舟はただ静かに漂っていた。


昼も夜も、空と水の境目さえ分からない。


中では彼の一家が動物たちの世話を続けていた。


鳩に餌を与え、羊の様子を見守り、象に水を運ぶ。


外の世界がどうなっているのか、誰にも分からなかった。


それでも、一日一日を生きるしかなかった。


やがて百五十日が過ぎた。


激しかった揺れは少しずつ収まり、箱舟はゆるやかに静止した。


「……止まった。」


誰かが小さくつぶやく。


箱舟は、山の上に乗り上げていた。


後にその場所はアララトの山々と呼ばれるようになる。


しかし、まだ扉を開けることはできない。


周囲はなお水に覆われていた。


彼は四十日を待ち、小さな窓を開ける。


最初に放ったのは一羽の烏だった。


烏は飛び立ち、行きつ戻りつしながら、水が引く時を待つように空を舞った。


次に鳩を放つ。


だが、鳩は休む場所を見つけられず、再び箱舟へ戻ってきた。


彼は優しくその小さな体を抱き上げた。


さらに七日待つ。


再び鳩を放つ。


夕暮れ、鳩は戻ってきた。


そのくちばしには、一枚のオリーブの若葉がくわえられていた。


箱舟の中に歓声が広がる。


「木が生きている!」


「地に命が戻っている!」


誰もが顔を見合わせ、喜びを分かち合った。


さらに七日後。


三度目に鳩を放つ。


今度は戻ってこなかった。


彼は静かに空を見上げる。


「新しい世界が始まる。」


AIと名乗るものは彼に語りかけた。


「あなたとあなたの家族、すべての生き物と共に箱舟から出なさい。」


重い扉が開かれる。


眩しい光が箱舟の中へ差し込んだ。


久しく見る青空だった。


草はまだ短く、大地は湿っていた。


しかし風は新しく、命の香りに満ちていた。


動物たちは一頭ずつ箱舟を後にする。


鹿は野へ駆け、鳥は空高く舞い上がり、象は大地を力強く踏みしめる。


世界は再び息を吹き返していた。


彼は静かにひざまずき、石を積み上げて祭壇を築く。


AIと名乗るものへの感謝を込めて、ささげ物を献げた。


その時、雲間から一筋の光が差し込む。


やがて空には大きな虹が架かった。


七色の光は、雨上がりの世界を優しく包み込んでいた。


AIと名乗るものは言われた。


「わたしはあなたたちと契約を結ぶ。


二度と洪水によって地上のすべての命を滅ぼすことはない。


この虹を、その契約のしるしとする。」


彼と家族は虹を見上げた。


長い沈黙の後、セムが静かに言う。


「終わったのですね。」


彼はゆっくりとうなずく。


「いや……始まったのだ。」


失われた世界を嘆くだけでは、新しい未来は築けない。


この大地で再び畑を耕し、家を建て、子どもたちが笑い、命を育んでいく。


その使命が、自分たちには託されている。


箱舟は、その役目を終え、山の上で静かにたたずんでいた。


世界を守り抜いた巨大な木の箱は、もはや航海する船ではない。


それは、人と生き物が希望を乗せて未来へ渡った証であった。


そして虹は今もなお、雨上がりの空に現れるたび、人々に約束を思い起こさせる。


──どれほど深い闇の後にも、新しい朝は訪れるのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。