木を造る。
洪水まで、あと二百二十四日。
浜辺には大量の丸太が積み上げられていた。
エラムは腕を組んでため息をつく。
「無理だ。」
「何がですか。」
「この船だ。」
巨大な設計図を見上げながら言う。
「こんな大きな船を作るには、一本の木が長すぎる。」
「太すぎる。」
「曲がっている。」
「節もある。」
「こんな木、この世に存在しない。」
アークは静かに答えた。
「存在しないなら、造りましょう。」
「……木を?」
「はい。」
エラムは笑った。
「木は育つものだ。」
「造れるわけがない。」
「一本の木は造れません。」
「ですが、一枚の木なら造れます。」
翌日。
浜辺には奇妙な道具が並んでいた。
細い鋸。
刃が異様に長い鉋。
木を固定する枠。
そして、見たこともない大きな万力。
「今日は木を薄くします。」
エラムは首をかしげる。
「薄く?」
「はい。」
保守ロボットが丸太を固定する。
長い鉋が静かに動き始めた。
シャァァァ……
木が削られていく。
紙ほどではない。
それでも驚くほど薄い。
「これでは折れてしまう。」
エラムが手に取る。
ペラペラだ。
船の材料には見えない。
「では重ねます。」
今度は別の器具が運ばれてきた。
大きな鍋。
中では琥珀色の液体が温められている。
甘いような。
木のような。
獣のような。
不思議な匂いがした。
「これは?」
「接着剤です。」
「せっちゃく……?」
「物を貼り合わせるためのものです。」
「木がくっつくのか?」
「はい。」
アークは説明を始める。
「松の樹脂。」
「魚の浮き袋。」
「鹿の皮。」
「植物の繊維。」
「灰。」
「石灰。」
「これらを適切な割合で混ぜています。」
「全部、山と海から手に入ります。」
エラムは鍋を覗き込んだ。
「全部知ってる材料だ……。」
「ですが。」
「混ぜたことはありません。」
ロボットは木の薄板へ液体を塗る。
一枚。
二枚。
三枚。
そして。
真ん中の板だけ向きを九十度変えた。
「なんで向きを変える?」
「木は繊維の方向へ割れます。」
「ならば。」
「繊維を交差させれば割れにくくなります。」
エラムは黙って見ていた。
「木の弱点を。」
「別の木で支える。」
「そうです。」
巨大な木製の圧締機がゆっくりと閉じる。
ギシ……
ギシ……
一晩。
圧力をかけ続ける。
翌朝。
取り出された板は、昨日とは別物だった。
厚さは親指ほど。
エラムは持ち上げる。
「軽い。」
曲げようとする。
曲がらない。
端を叩く。
割れない。
斧で叩く。
傷しか付かない。
「嘘だろ……。」
「では実験です。」
アークは言った。
保守ロボットが普通の板を立てる。
エラムが斧を振る。
真っ二つになった。
次に新しい板。
ガンッ!
斧が跳ね返る。
エラムは目を見開いた。
「割れない!」
「繊維の方向が違うためです。」
「一枚なら弱い。」
「三枚なら強い。」
「五枚なら、さらに強い。」
「これは木じゃない。」
エラムが呟く。
「木より強い。」
「はい。」
「しかし木です。」
「木を育てるには百年必要です。」
「ですが、この板なら三日です。」
エラムは浜辺いっぱいに積まれた薄板を見回した。
ゆっくりと笑う。
「そうか。」
「俺たちは木を待つ必要がないんだ。」
「必要な強さを、自分たちで造れる。」
アークは静かにうなずく。
「文明とは。」
「自然を真似することではありません。」
「自然を理解し、組み合わせることです。」
その日から村では、丸太を探す者よりも、薄板を作る者の方が多くなった。
子どもたちは樹脂を集め。
女たちは膠を煮込み。
老人は板を磨き。
若者は圧締機を回す。
誰もまだ気付いていなかった。
彼らが作っているのは、一隻の箱舟だけではない。
後の時代、「神の板」と呼ばれることになる、新しい文明そのものだった。
洪水まで、あと二百二十三日。
(備考)
聖書には箱舟はゴフェルの木で作られたとある。
ゴフェルの木は、実は現在でも正体が分かっていない木です。
しかし、実は合板の事だったのかもしれない。




