9.令嬢は人をけしかけるのが得意らしい
帰りの出来事が気になって日付が変わるころになってもまだ眠れない僕は、ベッドに起き上がり座り込んで考え込んでいた。とは言っても具体的にどうするか考えているわけではなく、なにか思いつかないか時間を潰している程度だ。
『まったくあなたと言う人は、ただ座っているだけで妙案が浮かんでくるとでも考えているのかしら? それほど気になるなら行動を起こしてみたらどうなの? 少なくとも気は晴れるのではなくて?』
「行動って言ってもなあ、僕に何ができる? もう一度店に行くときには一緒についていくつもりだけどそれだけじゃなあ。それとも他に打つ手がある? ローズなら悪霊を倒せるってならぜひお願いしたいもんさ」
『それくらいのこと、貴族であるわたくしには武芸のたしなみくらいあってよ? ただ問題なのは相手の姿がないと言うこの一点なのだわ。見えない相手には剣もを当てられないことくらいあなたでも理解できるでしょう?』
「いちいちトゲのある言い方しなくても通じるっての…… まあでもそりゃそうだよな。何かが憑りついているのは間違いないとしてさ、それをどうにかして引き摺りだせば戦えると?」
『ええ、恐らくはね。わたくしもこの姿になってから戦ったことはないので断言はできないわ。でも出来ない理由もないのではないかしら。試しにこう――』
鏡越しのローズは右腕を目の前に構えるとフェンシングのような構えを取った。するとその手には細い刀身の刀が突如現れ彼女の手に握られているのだ。しかもいつの間にかその全身は金属鎧で固められている。
「おおおお、なんか凄いな、なんかゲームキャラっぽくなってるじゃんか。いかにも女騎士って感じでカッコいいよ」
『あなたは褒めたいのか侮辱したいのかどちらなのかしら? 侯爵令嬢であるわたくしを、従者である騎士呼ばわりするとは呆れた物言いなのだわ。今すぐ訂正するなら許して差し上げても良くてよ?』
「あ、そっか、それはすまなかった。ちょっと仕組みと言うか序列? がよくわからないんだけど、騎士って言うのは貴族ではなくてその下ってことか。さらにその下がもしかして平民…… 僕?」
『あら、物わかりが良くて何よりね。それに潔さも好感が持てるのだわ。約束通り謝罪を受け入れることにしましょう。ではそろそろ準備なさい?』
「準備ってなんの? もう寝る時間だからテレビはダメだよ?」
『相変わらず察しが悪いのだわ。愛する人を護るため、あの男を探りに行くに決まっているでしょう?』
「そんなのダメダメ、無理に決まってるじゃないか。夜中に出歩いてたら補導されて大ごとになっちゃうだろ。第一こんな時間、あんな繁華街にいたら何されるかわかんないってば」
『まったく情けない、男なら想い人のために意識を高く持ち力になろうと考えないのかしら? だから肉体も緩んでくるのだわ。さあ運動着に着替えて身を引き締めに走りに行きなさい』
「ええっ!? もしかしてそれを言い訳に表へ出ようってこと? そんなこと言ったって家を出る前に母さんから止められちゃうよ。今日は父さんも夜勤でいないしさ」
『だからみーちゃんは周囲となじめないのではなくて? あたかも人には干渉しませんと言うように振る舞っているけれど、実のところ相手との距離感を測るのが苦手なだけでしょう? 関わられた際の対処に自信がないから自身も誰かに関わることを恐れているのだわ』
僕は図星をつかれた気がしてすぐに反論できなかった。しかしそれと今出かけようとしていることの関連がさっぱりなさそうなことに気づく。
「今そんなの関係ないだろ! そうやって四六時中僕を観察して分析するのはやめてくれよ! それに肉体が緩んでるとか失礼な…… 風呂に入ってる時は目を閉じててくれって言ったじゃないか」
『あれほど長々と湯につかる間、目を閉じてなんていられないのだわ。あれほど潤沢に湯を使うなんてことが許されるなんて、この世界の平民は贅沢でうらやましい限り。食事も大層立派なものを毎食食べているでしょう? これでは体も緩んで当然、さあ走りに行くとお母様へ申し出てみなさい。喜んで送り出してくださるわ』
「そんなバカな。もう二十三時になろうって時間だぞ? 子供にとっては深夜なのに許してくれるはずないじゃないか」
『それはあなたの熱意と人との関わり方次第ではなくて? 真剣な息子をないがしろにする母親はそういないと考えるのだわ』
あまりのバカな物言いではあるが、何もしないで引き下がったら、一晩中眠れなくなるくらいずっと文句を言われ続けそうだ。そう考えた僕は、いそいそと着替えてダメもとでジョギングへ行ってくると伝えに行った。
その五分後、僕は駅へ続く道をゼーゼー言いながら走っていた。




