10.令嬢に法令順守と言う概念は無いらしい
時間は二十三時を回っており、繁華街は最後のかき入れ時だろうか。流石に飲み屋だけでなくいかがわしい店もあるきらびやかな通りを突っ切っていく度胸はなく、ぐるっと遠回りしてから例の場所までやってきた。
こういうのはたいてい草木も眠る丑三つ時に行動するものだろうが、さすがに高校生の分際でそんな真夜中にうろつくことなんてできやしない。中にはそういうやつらもいるだろうけど、あいにく僕は遊び人ではないのだ。
つまり今は夜中ではあるが、塾で遅くなる高校生なら外にいてもギリギリ許されなくもない時間だと言える。いや、やっぱり許されないかも……
『まだうじうじと悩んでいるのかしら? もう出てきてしまったのだから速やかに用を済ませてしまうのが最善なのだわ』
「人を無理やりそそのかしておいてその言いぐさ…… 全くとんでもない背後霊に憑りつかれちゃったなぁ。こういう時ファンタジーならチートが身についてるとかあるんだけど、今のところなにもなさそうだし……」
『ほら、なにをブツブツ言っているのかしら? さっさと気配を感じ取ってみなさい? 中にはどれくらい人がいるとか、もしくは人ではないものがいるとかわからなくて?』
「それはローズがやってくれるんじゃないの? 僕にそんなことわかるわけないじゃないか。もしわかったとしたってその後どうすりゃいいの?」
『さあ? 今はまだ相手がわからないのだから考えても仕方ないのだわ。それでもみーちゃんにはこの中のおかしな雰囲気が感じ取れた事実があるのではなくて? もっと自信を持ちなさい。そんな弱気ではわたくしの騎士として叙任することもできないのだから』
「ちょっと待って? 騎士になるって聞くとすごそうだけど、確かそれって臣下になれていうことじゃないか。自分の背後霊の部下になるなんて勘弁だよ」
『まったくああ言えばこう、いちいち女々しいのだわ。心構えの問題を言っていることくらい察せなくてどうするの。別にわたくしに忠誠を近く必要はなく、三重嬢のために体を張る決意と気概を見せれば良くてよ?』
そう言われるとやる気がみなぎらないわけではないが、今ここで中へ入ったら普通に不法侵入である。深夜徘徊だけでなく空き巣か強盗の容疑、良くて未遂くらいにはされそうだ。
だが一応ここまで来たのだから中を探ってみたいと言う好奇心がもたげてしまうわけで、中へ入らないまでも気配がわかるのかどうか試してみることにした。
小さな二階家で一回が精密堂、おそらく二階は住居になっているのだろう。電気はついてないのですでに寝ているのか飲みにでも言っているのかは不明。分かることと言えばその程度か。
しかし確かになにか嫌な気配が漏れてきているような気がしていた。これがもしかして霊的ななにか? 何かがいるとしても害のある悪霊ではないことを祈るしかない。
その時突然ローズから声がかかった。それと同時に僕も嫌な予感がして行動に移していて助かったとも言える。
『みーちゃん、隠れましょう! 早く、急いで!』
『うん、あの自販機の陰に!』
カチャリと音がしてドアが開くと、暗闇から白髪の男性が現れた。出てきたのはもちろん清田である。店内の電気をつけずにいったい何をしていたのだろうか。
もちろん自分の城なので何をしようと自由だけど、真っ暗闇で何かできることがあるとも思えない。つまりこれはなにか非常識なことをしていた可能性が高い。
『ねえローズ、あの清田って人、やっぱり何かおかしいね。真っ暗な中からまるで表に人がいることがわかったみたいに出てきたよ? 防犯カメラで見てたのかもしれないけどさ』
『それはこれからわかることだわ。こちらが見えないはずの屋内を気配だけで探っていたように、向こうも同じことができるとしたらどうかしら?』
『ええっと―― 隠れていても気配でばれちゃうってこと、かな……』
僕が頭の中でローズへ返事をすると同時に、キョロキョロしていた清田はこちらを見て視線を止め、にやりと笑ったように見えた。




