8.令嬢に舌戦で勝つのはムリらしい
あのなんとも怪しげな骨董屋『精密堂』へ訪れてから一週間ほどが過ぎていた。訪問中は三重の様子がおかしかったが、その後は特に変わった生活になったなんてことはなくいつもと変わらない日常が繰り返されている。
いつものように放課後に三重と並んで帰宅していると、思わぬ人物に出くわした。それはもう二度と会いたくないとまで思ってしまった相手だ。
「やあ、お二人さん、僕を覚えているかな? 以前来てくれた古物商の――」
「せいたさん、ですよね、まだ一週間くらいしかたってないし当然覚えてますよ。もしかして待ち伏せですか? あんまりおかしな真似すると警察へ通報します、不審者情報になんて載りたくないでしょう?」
「ちょっとみーちゃん、そんな言い方失礼だよ、時計のことでなにかわかったのかもしれないじゃない? 清田さん、きっとそうなんですよね?」
割って入った三重が怪しげな店主の肩を持つなんて、と驚きその顔をチラ見すると、またもやあの時同様の火照ったような表情を作っているのが目に入った。やっぱりこれは普通じゃない。
『なあローズ、やっぱりあの店主おかしくないか? その、なんだっけ? 悪霊? に憑りつかれてるってのはマジなのかもしれないな。このままじゃ三重がヤバい気がする。何とかできないのか?』
『そう言われても何かできるとお思い? 目の前に悪霊が湧き出てくれば別でしょうけれどあなたにそれが出来て? もし方法があるとすれば―― そうね、ここを離れると言うのが一番容易で確実ではないかしら』
『それってなにも対策がないってことじゃんか…… まったくもう、いつもうるさいだけで役に立たないなあ』
『このわたくしを役立たず呼ばわりとは許しがたい暴論なのだわ。ではあなたはなんの役に立ったのかしら。わたくしの役に立たないどころか、愛する少女一人助けることもできないのではなくて?』
ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。黙るしかなくなった僕は諦めて目の前の現実と向き合うことにした。
「わかったよ、不審者は言い過ぎた、申し訳ありません。でも何の用なのかは今聞かせてもらえますよね? もちろん時計を譲れと言うのは絶対ダメですから。三重は正常な判断ができそうにないので僕からあらかじめ伝えておきます」
「いやいや譲って貰おうだなんて考えていないさ。ただ写真くらい撮らせ貰えば良かったと思ってね。都合のいい話かもしれないがお願いできないだろうか。ぜひ海外にいる同業者に見せたいんだ。実は大学の研究員もしていて骨董どころか考古学に分類されるような発掘品にも詳しいやつでね? もしかしたらなにかわかるかもしれないよ?」
「写真だけで何がわかるんですかね。もし貴重なものだとわかれば、今度は現物を寄こせと言ってくるんじゃないですか? そんなの絶対ダメですよ。海外へ持ち出されたらもう二度と手元に戻ってこないでしょう?」
「相手がその気になったなら日本まで出向いてもらえばいいさ。大学同士の繋がりもあるから国内で詳しい分析もできるはず。残念ながら僕にはそのコネがない」
言わんとしていることはわかるし内容に不審なところもない。ただ一つ気になるのは僕の横でぼーっとしている三重のことだ。この清田と言う男の前に出るとなぜこうなってしまうのか。せめてその理由だけでもわかれば……
「あの…… 清田さん…… 私は写真くらいなら構いません。でもみーちゃんが言うように心配もあるので両親同伴で改めて伺うってことでもいいですか? それなら…… もちろん清田さんを信用してないわけじゃ無いんですけど……」
「三重もこう言ってますし、今日はお引き取り下さい。予定を決めたらもらった名刺の番号へ連絡しますから」
「もちろんもちろんオッケーさ。感謝するよ。あの懐中時計は相当に珍しいとみているんだ。金銭的な価値もだけど学術的に大きな発見となる可能性を秘めている、僕はそう信じているよ。それじゃ連絡待っているね、よろしく!」
希望が通ったことで機嫌をよくした清田は跳ねるように帰って行った。残された僕たちは呆気にとられてしまったが、それよりも驚くべきことはアイツが離れて言った直後に正気へと戻った三重のことだ。
やはりアイツにはなにか秘密があるに違いない。これ以上おかしなことが起きないよう何かできないだろうか。そんなことを考えながら僕たちは無言で帰宅した。




