6.令嬢の匂わせは心を惑わすらしい
『―― 心構えはよろしくて?』
金髪縦ロールだけは視界に入るのだが、その表情は鏡がないとわからない。例外として彼女が僕の肩を越えてしゃしゃり出てきたときくらいである。
なので今は声だけが頭の中へと響き、どんな表情、どんな感情でその言葉を発したのかはわからない。でもなんだが楽しみに期待しているように感じたのは気のせいだろうか。
『心構え? 一体何のことだ?』
その時目の前の扉からカチャリと音が聞こえドアノブが回った。三重はまだノックもしていないしドアに手をかけているわけでもない。つまりこれは中から誰か出てくると言うことになる。
「あのう、お客さんかな? ずっと玄関先にいられてもアレだし、とりあえず入るかい? すまないが店の扉が壊れていて雨戸をしめたままだけど、別に怪しい店ってわけじゃないからさ」
中から出てきたのはおそらく店主だろう。顔立ちは三十代、いや二十代かもしれない壮年と言ったところか。ヒョロッとした体格で威圧感はなく危険は感じない。メガネの奥からうかがえる表情も普通に歓迎しているように感じた。
だが一番僕の目を引いたのは、顔立ちに似つかわぬ真っ白な頭髪だった。まるで海外ドラマかアニメかと思わせる銀髪なのかと思ったがおそらく若白髪なのだろう。そんなに警戒する必要はなさそうだし、せっかく来たのだから店内へ入ってみても良さそうだ。
「三重、じゃあ入ってみようか。なんだか話しやすそうな店主さんじゃん」
僕が小声で伝えると、三重は声に出さず小さく頷いて返事をした。何となく違和感を感じた僕は、先に入ろうとしている振りをしながら三重の前へ出てから顔を覗き込んだ。すると――
そこには虚ろな瞳で頬を淡く染めた三重の姿があった。これはいったいどういうことなのだろうか。
まさか三重がのこ店主に一目惚れでもしたと言うのか!? そう思わずにはいられないほどポーっとしてやつを見つめている三重を見ると僕の胸はなぜかチクリと痛む。
いつの間にかカウンターへ近づいていった三重が、その上に置いてあるトレーへ例の懐中時計を促されるままに置いた。三重はその手をすぐに引かず、店主の手が伸びるのを待っているように思える。
まさか、そんな―― 三重が他の男に気を取られるなんてあるか!? そりゃ色々とはっきりしない僕が悪いんだけど、それでも向けられる行為は永遠だと思い込んでいた。
しかし相応の相手が目の前に現れたならその限りではないと言うことなのかもしれない。でもそれがよりによって初対面の年上男性だなんて信じたくない。
僕は焦りと嫉妬の入り混じった感情を何とか押し殺しながら三重の隣へと歩み寄り、そっと声をかけ苦し紛れの言葉を吐いた。
「三重? 見てもらえそうで良かったな。懐中時計はこの『おじさん』に任せて調べてもらおうよ」
「君たちは高校生くらいかな? 若者から見たら確かに僕はおじさんだなぁ。若いつもりがいつの間にかこんな年になってしまってショックだよ。ちなみに僕の名前はっと――」
目の前に差し出された名刺には『古物商・精密堂 店主・清田百次』と書いてある。古物という名称になじみはないが要は古いものを扱う人と言うことだろうし、そんなの店を構えていることからわかりきったことだった。
それよりも僕はそこに違和感を覚えており、名刺を出してきたこの店主と、書かれた名前の人物が別なんじゃないかと根拠のない推察をした。理由はなく簡単に言えば勘というかただの嫉妬だろう。
それでも何も言わず黙っていても仕方ない。出された名刺を手に取ってこちらも自己紹介をする。
「『きよたももじ』さんというのですね。僕は井坪深山と言います。こっちは幼馴染の御幸三重でその懐中時計はおばあさんからの頂き物と聞いています」
心奪われ言葉を発することもできないと言った様子の三重を横目に、僕は代わりに勝手な紹介をしてしまったが、そんなことする必要があったのかと少しだけ後悔してしまった。
それにしてもこの違和感はなんだろう。事前におかしなことをローズに聞かされていたから変に先入観を持ってしまったのか? それともこの短い間になにか不自然なことがあったのだろうか。
僕はなんとしてもこの店主を悪者にしたくて、あら捜しをするように頭をフル回転させるのだった。




