5.令嬢には違うものが見えるらしい
怪しげな客引きや派手な格好の男女が闊歩する中を早足で通り過ぎ、僕と三重は繁華街の出口へとたどり着いた。この辺りでは一番大きなターミナル駅なだけあって、まったくよろしくない環境である。
僕らが住んでいる南口側には大学や大きな病院もあるせいなのか、街の様子はガラリと変わる。少し歩いただけで住宅街となるのもその一つだ。
小学生の頃はむやみに北口側へ行かないようにと達しが出るほどであり、親たちに言わせるとこちら側は古い時代そのまま取り残された地区なのだと聞かされていた。
「北口側に来たのは久しぶりだよ。相変わらず雑多で混沌としてるよなぁ。三重もあんまり来る機会ないだろ?」
「うん、私は中学二年の時だっけ? みんなでカラオケに来た時以来かな。あの時もなんでわざわざ北口側に予約取ったのって文句が結構出てたよね」
「ああ、あの時は西崎の兄貴がバイトしてて格安にしてくれるからって話だったんだっけ。確かに小遣いは節約できたけど帰りは大変だったからもう勘弁してくれって感じだったよ」
中学の文化祭打ち上げ時の話をしながら歩いていくと、寂れた通りの中にその店はポツンとたたずんでいた。とは言え、どう見ても普通の住居の玄関に『清田・精密堂』とカマボコ板のような簡素な表札が掲げられているのみである。
本当にここへ来て良かったのかと思わなくもないが、横を見ると三重は入る気満々な様子だし、両手で懐中時計を握りしめていた。玄関にはインターフォンどころか呼び鈴すらないのでノックすればいいのだろうか悩むところだ。
『みーちゃん、この中へ入るのなら注意した方が良いのだわ。どうやら普通ではないものが待っているような気配を感じるの。でも警戒している様子や殺気は感じないから危険と言うほどでもないのかしら』
「なんだそりゃ、あやふや過ぎてなにもわからないのと同じじゃないか。と言うより君にはそういう気配みたいなのがわかるのか? 相手もその―― 背後霊的なやつなの?」
『だから君ではなくて『ローレリーズ・ヴォルダ・ビクトリノ』だと教えて差し上げえたでしょう? 長くて覚えられないならローズさまとお呼びなさい。臣下ではないからお嬢様と呼ぶよう命じるのはやめておきましょう』
「そっかごめんごめん、じゃあローズ? 君には人に見えないものが見えるってこと? しかも善悪的な気配もわかるってことだろ? なんか便利だな」
『呼び捨てとは愚弄はなはだしいけれどひとまずはいいでしょう。まあ気配がわかっても触れたり排除できないのだしなんの役にも立たないのだわ。でもあなたがいいところを見せる助力はできてよ?』
また余計なことを…… と思わなくもないが、事前に注意を払わなければならないことがわかるに越したことはない。三重の身になにかあった困るわけだし。
僕はそんなことを考えながら横目で隣の幼馴染を見ると、彼女は怪訝そうに僕を覗き込んでいた。
「ねえみーちゃん、やっぱり迷惑だった? それとも体調でも良くないの? 今日はなんだか様子が変じゃない? さっきから何度もブツブツ言ってるけど大丈夫?」
「え? 僕独り言なんて言ってたか? そんなつもりなかったんだけど、どんなところか考えてたから気が付かないうちに声に出ちゃってたのかもしれないな。別に具合は悪くないから気にしないでくれよ」
「それならいいんだけど…… 迷惑だったらちゃんと言ってよね? ホントに無理はしないでいいんだから」
僕は頷いて返事をし、ローズのせいでおかしな態度になっていたことを恥じた。だが向こうから話しかけてくるのだから仕方ない。
聞き流すか、せめて声に出さず会話できればなんとでもなるのだが、こうして今も肩口に金髪縦ロールがゆらゆらと視界に入るのだ。つい返事をしてしまう。
『うふふ、恥をかいてしまったわね。別に声に出さずわたくしへ話しかけると念じれば済むのではなくて? 現にわたくしは声に出しているわけではないのだから』
なんと、そんなの初めから言っておいてほしかった。とは言え、ローズの言うように向こうからは直接声が聞こえるわけでなかったのは確か、同じことができない道理もない。
『すぐできるのかはわからないけど、これからは意識してみることにするよ。念じるってのは意外と難しいかもしれないし、心の中で考えていることが何でもかんでも伝わっても余計な恥を増やすだけだからね』
『それはいい心がけだわ。ではそろそろかしら。心構えはよろしくて?』
ローズは不穏な言葉を口にしながら、鼻で笑ったように思えた。




