4.令嬢は冷やかしが好きらしい
まさか三重から寄り道を持ちかけるなんて思ってもみなかった。マジメで固いからってのもあるけど、中学のころから二人で出かけたことなんてなかったからだ。
「どこ行こうってんだ? まさかガラにもなく流行りのカフェだとか限定スイーツとか言いださないよな?」
「あ、ごめん、なにか期待させちゃった? って言うのは冗談だけど、繁華街のほうに用があってね。でも一人だと怖いから……」
「そんなところになんの用があるんだ? 買い物なら嫌なところへわざわざ行かなくてもショッピングモールとかホムセンでも行けばいいだろ」
『そう意地悪な物言いをしなくてもいいのではなくて? なぜあなたは婚約者にそう冷たくするのかしら。わたくしにはまったく理解できないのだわ』
「誰が婚約者だっての! 唐突におかしなこと言わないでくれるか? 僕らはまだ十六になったばかりなんだぞ!?」
『十六にもなってだらしのない。わたくしが婚約したのは十二の時だと言うのに。お相手は一つ上の伯爵家で――』
「そんな伯爵とか婚約とか現実的じゃないことはどうでもいいんだよ。ここはそんな世界じゃないんだからな?」
「どうしたのみーちゃん? きんちゃくにこんにゃくって? もう熱くなってきてるのに今さらおでんが食べたいとか?」
「いや違う、なんでもないよ。なんか独り言? 声に出ちゃってたみたいだな。あはは、驚かせてごめん」
「今日は授業中も上の空だったしなんか変だったよね。具合悪いんじゃなければいいんだけど。みーちゃんが調子悪いならやっぱり今日は止めておこうかな」
「いや、問題ない、身体は大丈夫だからその用ってのがなんなのかをまずは教えてくれよ。内容によって行く行かないってことはないけど、別の場所でも済むかもしれないだろ?」
「うーん、多分そこじゃなきゃダメだと思うよ? ココなんだけど、北口の繁華街抜けた辺りにある個人のお店なんだってさ」
三重がそう言って見せてきたスマホの地図は北口にある飲み屋街を抜けたあたりにピンが刺さっていた。画面下部には「古物商・精密堂」という店名らしき表示がある。
僕は営業案内をもう少し詳しく読もうと、差し出されているスマホを自分のほうへと引き寄せた。
「ひゃっ、みーちゃん急になにを……」
「えっ? あ、ああ、ごめん、ビックリさせちゃったか。良く見えなかったからさ。落とさなくて良かったよ」
『あれほど事前に言ってあげたのにまったくみーちゃんときたら…… あなたは気にしないのかもしれないけれど、突然愛する殿方に手を握られた乙女がどう感じるかを想像してみた方がよろしくてよ? 彼女を見てごらんなさい、あんなに頬を染めて喜んでいるのだわ』
「何バカなことを、小さなころから手ぐらい何度も握っているんだよ? 付き合いは長くて知らない間柄じゃないんだし、こんなの珍しくもない。背中に乗られてるだけでもうっとおしいのに茶化すのは止めてくれよ」
「私こそゴメン、驚かせちゃったよね。だからそんなブツブツ言って怒らないで?」
「いやいや怒ってないよ。僕も驚いてどうしようか考えてただけさ。どうせ行くなら暗くなる前にさっさと済ませよう。それで何の要件なんだ?」
「えっとね、これ覚えてる? うちのお婆ちゃんが持ってた懐中時計なんだけど、完全に動かなくなっちゃったのよ。今まではネジを巻いたら時間はわからなくてもなんとなく動いてたんだけど、この間久し振りに巻いてみたら動かなくなっててね。ネットで修理できそうなところを探したらこの精密堂ってとこが見つかったの」
「それって小さいころに僕の頭を叩いたヤツじゃないか。あんな乱暴に扱ってた割に今まで動いてたことに驚きだよ。ちょっとスマホもっかい見せてくれる? なるほど、メーカー修理できなくなったものも拝見しますって書いてあるな。治るのかわからないけど聞いてみるだけなら高額ってこともないだろ」
「みーちゃん、ありがとう。とりあえず話を聞くだけでもいいから一度行ってみたかったんだぁ。一人じゃ心細かったから悩んでたの……」
そんなの遠慮せずにすぐ言えば良かったのに、と思いつつも、今はすっかり大人しくなった三重のことだ。相手が僕だからと言っても遠慮したのかもしれない。
かといって遠慮するななんて自分からはとても言えず、何ごともなかったように僕たちは駅へと向かった。
古物商なんて馴染みもないし、個人店と言うところに多少の不安はある。それでも駅近くに店を構えるくらいなんだから、ちゃんとした店で怪しくはないのだろうと自分へ言い聞かせてみる。
その時なぜか金髪縦ロール令嬢は、三重の持っている懐中時計に興味津々といった様子で僕の肩口から身を乗り出してきてとにかく邪魔だった。




