2.令嬢にはプライバシーより呼び方が重要らしい
確かに見せつけられているだけでなにも食べられないのはつらいだろう。だけどそんなこと言われてもどうにもできないし、してやる義務もない。
「それって僕のせいじゃないし…… 百歩譲って君が幽霊だと言うのは信じよう。でもなんで僕に付きまとうのさ。こんな平凡な高校生じゃなくてもっと面白い観察対象がいくらでもいるだろう?」
「そのような戯言、わたくしだって好きでここにいるのではないのだわ。どこかへ行きたくともあなたの背中から離れることができなのだから仕方ないでしょう。これ以上長々と説明しなくとも現状を理解してもらえると助かるのだけれど?」
「つまり君は…… 僕の背後霊ってこと? と言うことは、もう結構前から四六時中一挙手一投足が見られて把握されてるって意味なのか!? 本当にずっと、全部?」
「そりゃもう、望んで見ているわけではないけれど、あんなことやこんなこと、はたまたアレなこととか…… ああ、わたくしのような淑女が到底口にすることもできない恥ずかしいことまで見せられてしまったのだわ」
「なにを言ってるんだよ、恥ずかしいのはこっちだっての!」
思わず声を荒げてしまったがそれも当然だ。幽霊とは言え同年代っぽい女の子にずっと前から全て見られていたとは…… これからは色々と自重しなければ……
「それで君はなんで急に姿を見せたのさ。いつからいたのか知らないけど、ずっとそのまま姿を見せないでも良かっただろうに」
「わたくしにも理由はわからないし調べるすべもないと思わなくて? でも一つだけ確かなことがあると言うことくらい理解してもらいたいものだわ」
「確かなこと? それはどういう――」
「当然だけれど私にはちゃんとした名前があるのだから『君』なんて呼んでほしくないということ。まったく鈍いのは女心に対してだけではないようだわ」
「女心って言われても幽霊じゃないか…… まあいいや、それで君の名は?」
「まったくもってずれているのだわ。まあこちらも今はよろしい。コホン、麗しきわたくしの名は『ローレリーズ・ヴォルダ・ビクトリノ』。高貴さがあふれ出る良い名前でしょう? いつまでこうなのかわからないけれど、これからも良きに計らいなさい。わかったらしら、みーちゃん?」
「なんでみーちゃんなんて呼ぶんだよ…… 僕にだって井坪深山って名前があるんだからな」
「それくらい知っているのだわ? それならミヤマと呼んでほしいのかしら? いいえ、聡明なわたくしはあなたの希望がそうではないことを理解して気を利かせたと言うのにまったくあなたは困った子だわ」
「子ども扱いかよ。見たところ大して変わらないそうなのに生意気だぞ? もし本当に背後霊だって言うなら僕が主みたいなもんじゃないか」
「まったくみーちゃんはなにもわかっていないのだわ。主従関係と言うのは身分によって決まるものでしょうに。つまり侯爵令嬢であるわたくしが主、平民の少年は自然と従となるのが常識と思わなくて?」
「そんな屁理屈言ったってダメだよ。現代日本には平民しかいないんだからさ。つまりここにいる君、ええっとローレリーズなんだっけ?」
「ローレリーズ・ヴォルダ・ビクトリノよ。でもあなたたちの慣習にあわせてあげても良くてよ? そうね、お嬢様、もしくはローズさまと呼ぶことを許してあげるわ」
「まったく居候のくせに生意気だなぁ。じゃあローズ、君の目的はなんなのさ。まさか僕を呪うとかおかしなことは言わないでもらいたいんだけど?」
「特に何と言うことはないわ。正直言えばわたくしにも事情はわからないの。せいぜい日々の娯楽を提供してくれる程度で構わなくてよ? そうそう、屋敷にいながら演劇が見られる、あのテレビと言うのは便利ね」
「そんな面白いもんじゃないと思うけどなぁ。どっちにしろこれから学校だからテレビなんて見てる暇なんて―― って急がないと遅刻しちゃうよ! まったくもう」
「やれやれ、のんびりしていたのは自分の責任でしょう? まさかわたくしのせいにしようだなんて考えないでもらいたいのだわ」
鏡越しにやれやれと肩をすくめる金髪令嬢の姿を見ながら、僕は急いでリビングへ向かった。




