1.令嬢は唐突に現れても美しいらしい
今日もいつもと変わらない平凡な一日の始まりだ。これはうれいているわけでも嘆いているわけでもない。僕は何より波風の無い平穏な日々を好むからだ。
高校受験の時は、万一受験失敗したらどうしようかと気が気じゃなかったが、無事に志望校へ合格して以来何事もない退屈な日常を過ごしている。
「みーくーん! 今朝はパンでもいいかしら? タイマーセットし忘れてご飯炊けてないのよね。もちろんお弁当もないから適当に買って食べてちょうだーい」
「もちろんてさぁ…… ちゃんとお金はくれるんだよね? この前は財布持っていかなくて昼飯抜きになったんだからさ」
このご時世、紛失や盗難リスクを抱えてまで財布を持ち歩く必要なんてない。だから普段は定期券と電子マネーしか持たないのだが、途中でコンビニに寄る程度なら問題はなかった。
しかし学食や購買は現金払いのみである。お陰で腹を空かせたまま午後の授業を受ける羽目になり、周りにお腹の音が聞こえてるんじゃないかと気が気じゃなかった。
隣の席にいる幼馴染の三重がサンドウィッチをくれなければもっとひどいことになっていただろう。
そんな先週の出来事を振り返っている間にも時間は過ぎていく。遅刻しないよう早く支度しなければと、僕はとりあえず制服のズボンだけ履いて顔を洗いに行った。
冷たい水で顔を洗うと一気に目が覚める。タオルで顔を拭いながら一応寝癖がないか確かめるため鏡へと向かう。よし、今日はどこも跳ねてたりしていない、が――
「なっ! なんだこりゃ!? なんで僕の頭から縦ロールが生えてるんだ!? そんなバカなことってある? まだ寝ぼけてるのか?」
「あなたは何を言っているのかしら? これはわたくしの美しい髪に決まっているでしょう? さあ早く支度しないと遅刻してしまうわよ?」
「えっ? 誰? 君にもそのおかしな恰好にも見覚えがないんだけど? 一体どこから入ってきたんだよ」
「わたくしもこんな冴えない少年と四六時中一緒なのは不本意だわ。なぜ急にこうして顔を合わせられるようになったのかはわからないけれど、しばらく前からあなたのことは見えていたのだわ」
「見えていたってどういうこと? ずっと付け回していたってことか? まさかストーカーってやつ!?」
「この美しきわたくしに向かってストーカーとは失礼な。世が世なら打ち首獄門になってもらうところだわ。さらし首が嫌なら態度には気を付けなさい」
「えっと…… それで君は誰なのさ、なんで家にいるんだよ。しかも結構前からって言うけど、家の中にいたなら今まで気づかないなんてことあり得ないだろ」
「普通はそうでしょうね。でもわたくしのような高貴な存在なら常識を超越することなんて容易いのだわ。現に今まで気が付かずに過ごして来たのではなくて?」
「そりゃそうだけど…… ってずっと監視してたってことか? 僕を? それとも家を狙っているとかそういうことか?」
「あなたは頭の中まで凡でつまらない人なのだわ。もっと考えを巡らせてみなさい? こちらの世界にも同じような概念があることはわかっているのよ? 確かあれは随分前に見た―― そう、テレビから人が出てくる場面があったのを覚えているのだわ」
「まさかそれってホラーじゃないのか? すると君は幽霊ってこと? まさかそんな…… 現にここに髪の毛が―― えっ…… 触れない、だって!?」
「淑女の髪に来やすく触れようとしないで頂けるかしら? とは言っても触ることはできないと知っているけれどね。もちろんわたくしからも同じこと。お腹は空かないけれど、触れることさえできない食事の光景を見せられているのは辛いものだと言うこと、あなたにわかって?」
鏡越しに手を伸ばしても触れることができず、驚いて振り向いたら僕の背中にくっついたように常に背後に移動しているこの金髪縦ロールはいったい……




