16.令嬢も言葉に詰まることがあるらしい
彼の名は三田村藤一郎、華族であり陸軍将校であると語った。どうやら明治時代の人らしい。
『私が朝鮮半島に渡り、その後満洲まで進んだところで終戦となったのだ。帰国してみると私は戦死したことになっており、婚約者は別の者と結婚した後だった』
『それはずいぶんと災難なことね。でもまだお若いのだから別のお相手をお探しになれば良かったのではないかしら?』
『そう、頭ではわかっていたが彼女を愛する心は変えられぬ。ましてそれが仇敵の策略だと知ってしまったのだからな。やつは私から大切なものを奪うために死亡告知書を偽造したのだよ』
『ひどい話ですね…… せっかく戦地から帰ってこれたのに……』
子供の僕でもひどい仕打ちであることはわかった。かといってうまい慰めの言葉はでてこない。
『左様、それでも私は忘れようと努力をした。だがどうしても忘れられず、数多く届いた見合いの申し込みを蹴って彼女へ会いに行った』
『それはとても勇気のいることだわ。彼女もたいそう喜んだことでしょう。もちろん戸惑いや後悔も抱いたでしょうけれどね』
『ええ、しかし私の身勝手な行動がもとで彼女は不貞を働いたと糾弾され自ら命を絶ちました。そんなことになるならいっそ連れ去れば良かった』
これにはさすがのローズもなにも言えず沈黙が三人を包み込む。
『怒りに我を忘れた私は仇敵を手に掛けてしまい犯罪者となりました。そして最後は自室で腹を切ったのです』
あまりに壮絶な顛末に僕はなにも言えなかった。
『三田村さま? それを悔いているのですか? それともほかになにか未練でもあるのでしょうか?』
『わかりません、私は結局何がしたかったのか…… わからないからこそこうして今、あやかしのような姿になっているのかもしれません』
『実はその件ですが、三田村さんが悪霊のようになってしまい、ここの店主さんに悪影響が出ているんです。具体的には歳を早くとってしまっているのと――』
『みーちゃん、照れていないでしっかりお伝えしないとなりませんわ。女性を惹きつけてしまうということをね』
『私が、ですか。歳をくうことに関してはわかりませんが、女性には私も生前悩まされ続けました。こちらにはそのような気はないのに次々に言い寄られてしまうのです。おそらく勝ち戦から無事に帰ってきたこともあって、英雄のような扱いを受けたことが原因かと』
なるほど。そういうことなら納得だし、さらに言えば男の僕から見てもイケメンの華族で将校だ。本人が望まなくてもモテモテで仕方ない。
『もしなにか未練のようなものがありそうなら教えてください。なにか解決の糸口が見つかるかもしれません』
『未練…… もしかしたら手紙が―― 彼女からの手紙をきちんと読めていないことが心残りではあります。現実が辛く、帰国後にもらった手紙を読むことができなかったのです』
『それをどこにしまっていたかわかりますか? もしかして柱時計と関係がありますか?』
僕は思い切って聞いてみた。三田村将校もローズも現実のものには干渉できない。つまりなにかの物が原因なら僕が何とかするしかないのだ。
『実は柱時計の中は二重底にしてありまして、そこへ未読の手紙を隠してあるのです。それを読ませていただけたなら未練は断ち切れるかもしれません』
それを聞いてさっそく柱時計に近づいた。店の物ではあるが清田が気絶している今がチャンスである。
柱時計の扉を開けて底へ手をやると確かに空洞があるような感触がある。教えられたとおりに底板をずらすと二重底が外れた。
『手紙がありました! コレどうします? 僕が代わりに開封してもいいんですけど……』
『そのまま処分してください。もはや私は死んだ身、いまさら掘り起こしても誰のためにもなりません。しかし心無いものに見つかって辱められることは耐えられぬ』
『わかりました。僕がこっそり持ち帰って焼却でもしてしまいますね』
『井坪殿、ローズ殿、本当にありがとう。これで心置きなく天に行ける』
その一言を最後に、三田村将校は姿を消した。




