15.令嬢の剣技の腕は確からしい
何度突いたのだろうか。ローズが柱時計に向かってレイピアを振るい始めて数分が経った。すると何やら清田の様子がおかしくなっている。
「キミ? そこで何をしたんだ? 商品に傷をつけたりいたずらされたりするのは困るんだが?」
「なにもしていませんよ。さっき鐘が鳴ったのでちゃんと動いているんだなと感心してみていただけです」
僕が振り向きながらそう言うと、カウンターの中から出てきていた清田の表情は苦しげで怒りを帯びているように見えた。
その怒りの矛先はどうやら僕のようで今にも掴みかかってきそうに思える。逃げるべきかとどまるべきか……
一瞬考えたが優男とは言え大人相手に取っ組み合いは分が悪い。僕は距離を取るようにじりじりと下がって行った。
ここで清田と正対して気が付いたのだが、彼の背後には何やらうすい”もや”がかかっているように見える。もしかしてアレが悪霊だろうか。
幸いカウンターの前にいる三重からは離れていく。つまり危険を感じなければいけないのは現時点で僕だけだろう。
『ローズ? なんだかやばそうな雰囲気だし、ここは逃げようよ』
『逃げる? なぜ正体が判明しそうなところで逃げないとならないの? わたくしは誇り高き貴族、敵前逃亡をするなど恥でしかありませんのよ?』
『そうかもしれないけど相手の姿も見えないし、敵かどうかも分からないじゃないか。とはいっても清田は僕を敵視しているように見えるけどさ』
『では戦いましょうか。みーちゃんも覚悟をお決めなさい?』
その言葉に返事をする間もなく、甲冑姿のローズは清田の背後へ向かって攻撃を仕掛けた。柱時計にくらわしたのと同じくレイピアでの突き攻撃だ。
「うぐっ―― な、なにをした……」
「い、いや、なにもしてないけど…… 清田さん、大丈夫ですか?」
もちろんローズの攻撃は清田に直接当たっているわけではない。たまに剣先がかすめているようにも見えるが、何も無いようにすり抜けている。
それでも数回の攻撃の後に、清田はしゃがみこみうずくまってしまった。その様子を見た三重は心配そうに口元を押さえて小さく震えている。
この骨董屋の中はうずくまる店主の清田、それにのぼせている三重。さらにそいつと敵対してそうな僕、あとは見えない”もや”と戦うローズという不思議な空間になっていた。
何度目の攻撃の時だろうか。そんな状況に変化が訪れた。
「や、やめてくれ…… やめろおお!」
清田は声を振り絞るようにローズの攻撃にあらがう様子を見せた。しかしその手は止まらない。
結局清田はその場に倒れ込んでしまった。駆け寄ろうと一歩二歩進んだ三重だったが、さすがにそこまでの度胸は無いようで躊躇して立ちすくんでいる。
その場に残されたのは人の背丈ほどの”もや”だ。しかもさっきより色が濃くなって形が作られつつあるようにも見えた。
『みーちゃん、このまま攻撃を続けるのだわ。彼女が近寄らないよう良く見ておきなさい。愛するものを傷つけたくはないでしょう?』
『傷つくって!? そんな危ないことしてローズは大丈夫なのか?』
『わたくしをあなどらないでいただけるかしら? このローレリーズ・ヴォルダ・ビクトリノ、このような卑劣な輩に遅れは取りませんことよ?』
そうこうしているうちに目の前の”もや”は完全に人型になり、そのまま色づいて行く。どうやら正体は青年? オジサンと言うには若いが僕らよりはだいぶ上で二十代中ごろだろうか。
服装は昔の軍服のようで腰にはサーベルが見える。それにかなりのイケメンだ。
『あら、随分と端正な顔立ちですこと。これでは彼女が参ってしまうのもうなずけますわね』
『確かに―― って、今はそんなのどうでもいいよ! まさかこれが悪霊なのか!?』
『彼自身に悪意があるのかはわかりませんが、悪影響を与えていることは確かでしょうね。さあどうしましょうか』
僕とローズのそんなやり取りが数秒続いたところで、思いがけないことが起こった。
『きみはこの私を殺そうとしているのかね?』
唐突にイケメン将校が話しかけてきたのだった。




