第14話:あなたの元へ
◎第二部:連理編――星辰が導く比翼の虫
鉄子の告白の余韻が冷めやらぬ内に、ダーリンは星空の彼方へ飛び去った。
ドームが閉じ終える前に、フェイスベールのメイドがヴァイオリンを専用ケースに収納し、筝の前に座って演奏を再開した時、彼女を除く全員のスマートフォンの着信が鳴って雰囲気を一変させた。
ちなみに、鉄子はエドヴァルド・グリーグの『朝の気分』。詳子と祥太郎は黒電話のコール。クロエはAdoの『唱』。美王はB’zの『LOVE PHANTOM』(前奏無し)。章子は腐女子達の間では現在最も人気があるBLアニメ『八人の八王子くん』の主題歌だった。
最初は詐欺かと疑ったが、ポォが急かす様に鳴く。
「キャッチじゃなさそう」
そう呟いた鉄子がロックを解除すると、画面に動画が映し出された。
~ ☆ ~
多くのモニターとコンソールが備わっている部屋で、眼帯を着けたロリータファッション風の幼女メイド――鬼風とランジェリー姿の詳子が話していた。周囲には複数人のメイドがインカム付きヘッドフォンを装着してキーボードを操作している。
鬼風のコンソールにある電話が鳴った。彼女は受話器を取らずスピーカーフォンに切り替えた。
『宗像だ。こちらにも停船命令が来たぞ。よもや『従え』と言うまいな?』
高齢の女性の声だが、口調は力強い。しかも、最後は挑発的だ。
対して鬼風は鼻で笑う。
「フンッ! おばば、もうボケたか? このオレが口が裂けても、らしくねーコトほざくワケ無ぇだろ!」
『おばば言うなッ! 船長と呼べ! 何度言えば分かるんだ、小娘』
「小娘言うなッ! 好き好んでガキに戻ったんじゃねーッ!!」
『全く、若いヤツ等は歳上への敬意が無い』
「それはさっきオレも言った。とにかく、ぜってー止まるなよ。止まるんじゃねぇぞ」
『百も承知。お前も絶対に負けるなよ』
「分かってらぁ!」
「いや、止まりましょう」
『「はぁッッ!?」』
詳子の唐突な予想外の提案に、宗像と鬼風は自身の耳を疑いつつ声を上げた。
『オーナー殿は何を考えているのか? 納得のいく説明を!』
「不本意だがオレも同感だ。まさか、アホボンに後輩を売る、なんてほざくんじゃねぇだろな?」
「いや、まさか」
詳子は首を横に振って否定した。
「血も涙も人の心も無いマッドサイエンティストだ、と面罵される事は多々あれど、異科部の仲間を売った事は一度も無いですよ。
折角、あのロボットが来てくれたのです。彼が戦いやすい様に止まった方が最善かと」
「あぁ、そう言うコトか。この船が動いていたらあのロボットは追い駆けながら戦わなきゃならねぇ。が、止まっていれば戦いに集中出来るし、船を守りやすいってコトだな」
「そうです。それに止まっている方が彼の戦闘をじっくり観察・記録出来ます。こんな貴重な状況を逃す手はありません」
説明を終えた詳子は秀臣に向かって、
「そちらの指示に従います。ただし条件があります」
『勘違いをしてませんか? そちらは条件を提示出来る立場でしょうか?』
「それは充分に理解していますが、敢えて言わせて戴きます。
もし、そちらの戦力があのロボットに勝てば、手塚鉄子とポォ、そしてあのロボットを素直に引き渡します。仮にそちらが勝ってあのロボットの破壊に成功したなら残骸を全て、欠片も残さず」
『ポォ?――あのカブトムシ型ロボットの事ですね』
「はい。彼女のみならず2体を。悪い話ではないでしょう?」
「おいおいって、あの子はあのロボットのマスターだろ? アンタが勝手に決めて良いのかよ?」
鬼風の心配を他所に詳子は更に、
「その上、新たなロボットの情報もお渡しします」
「ッッッ!? ちょ、それッ――」
『オーナー殿ッ!? 流石にそれは――』
『新たなロボット?――あの2体の他にまだいたのかッ!?』
「私達も先程その存在を知ったばかりなので詳しい事はまだ分かっていません。ですが、この船への侵入者達を迎撃する一部始終を録画しました。資料価値が高い映像データ、欲しくはありませんか?
そして、彼女に言えばいい。第三のロボットも我々に従う様に命令しろ、と」
『……ふむ、分かりました。では、もしこちらが負けた場合はどうなります?』
「大人しく撤退して下さい。そして、二度と彼女とロボット達を狙わない事」
『二度と――それだとねぇ』
「足りませんか? ならば、貴方達が欲して止まない座敷童子も上乗せしましょう」
『乗った!』
即答し、満足そうに満面の笑みを浮かべた秀臣。既に勝利を確信した笑みでもある。
珍しく鬼風が焦る。
「おいおいおいって! ここにいない情夫を勝手に賭けて良いのかよ?」
「勝手すぎるかな?」
時間停止能力を持っていそうな不良男子高校生みたいな返答に、
「当たり前だろ! 何考えてんだ?」
『あのロボットが負けたらどうする?』
鬼風と宗像の百戦錬磨の大人達でさえ不安を隠しきれない。鬼風が呆れた口調で、
「後輩と彼女のロボット3体と同棲相手を無断で取引の材料に――って、やっぱ血の涙も心も無ぇマッドサイエンティストじゃねぇかッ!!」
~ ☆ ~
「ショタ子先輩……」
「天道、流石にこれは……」
章子が不信の、美王が呆れた眼差しを詳子に向ける。完全にドン引き状態だ。
「イイねぇ。やっとマッドサイエンティストらしくなったな。やっぱ、ショタ子はこうじゃなきゃ」
クロエが面白そうに囃し立てる。けれども詳子は顔色一つ変えず、
「あの状況を打開し、かつ探求心を満たす為にはこの方法しかない、と考えただけだが?」
「前半は分かるが、後半が不穏なんだよ。そもそも後半を思いもしないんだよ、普通は」
「さすがショタ子! 常人凡人にできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
美王はますます呆れ、クロエはますます囃し立てる。
ところが当の鉄子は、
「私はショタ子先輩が間違っていたとは思いません」
静かに放たれた意外な言葉に全員が「おぉッ!?」と洩らす。
「確かに私とダーリン達をエサにしましたが、そうしないとピンチを切り抜けられなかったのも事実です」
「賭け金同然にベットされたのに随分冷静だな」
美王は驚きつつ疑問を口にした。すると、
「テッコって意外と冷酷なぐらい冷静な時があるよね。自分自身に対しても」
章子は何処か納得していた。
「やっぱ、異科部に入るヤツぁ、どっかイカれてるよなぁ」
クロエは半ば呆れ、半ば面白そうに呟いた。そして詳子に向かって、
「イイ後輩が出来て良かったな」
「まぁな。――テッコ君、理解してくれて感謝する」
頭を下げた詳子に鉄子は、
「入学前、大伯母から何度も聞いていました。『異端科学部に所属出来るのは、才能があって理知的に狂える者だけだ』って。そんな先輩達がいるのは覚悟していましたから」
「マジでヤベー部活だな」
クロエがドン引きしている風を装ってわざとらしい口調で呟く。
「で、その中でもショタ子ってガチでヤベーな」
「今頃気付いたのか?」
「初めて会った時から気付いてる。でも、そんなショタ子が好き♥」
「しれっと告白をブッ込まないでくれ」
その時、座敷童子こと爽太郎は穏やかな口調で、
「……僕は詳子さんの発言と行動に間違いは無い、と信じています」
「おぉ~。ベッタ惚れじゃ~ん。やっぱ、ショタ子はショタを手懐けるのが上手いな。
もしかして、あーしが告白したから嫉妬して独占欲が湧き上がったのかぁ?」
「……別に」
爽太郎はそっぽを向いた。子供らしい言動に鉄子と章子は思わず吹き出した。一方、美王とクロエは心中秘かに、
(見かけ通りなのだが……)
(ショタって言ってもなぁ……)
彼女達の気持ちを知らず、鉄子は詳子に尋ねた。
「なんだかんだ言っても、今こうしていられるって事は賭けに勝ったのでしょう?」
「さぁ、どうだろうね」
詳子が惚けると鉄子はもう一つの質問を投げ掛けた。
「ところで『新たなロボット』って言ってましたが、ダーリンやポォ以外にファーブル星のロボットが現れたんですか?」
「その通り」
詳子が頷いた直後、動画は第三の鋼虫による獅子奮迅の活躍に切り替わった。
「とても大きなトノサマバッタ! ダーリンと同じ角が生えてる! 角度が違うけど」
「体は完全にバッタだけど、顔はダーさんに似てるね。角があるからオスかな?」
章子が言うと、鉄子は首を横に振った。
「ううん。女の子だと思う」
「えっ、ダーさんと同じ角が生えてるのに!?」
「でも、ポォと同じ女の子だと思う。そんな気がしてならないの」
「う~ん。テッコがそう思うなら女の子かぁ」
章子は納得すると、
「で、名前はどうする?」
「名前ねぇ……確かバッタってホッパーだったよね?」
「うん。略さず言うとグラスホッパー」
「草原って言うより森のバッタって感じだから、フォレストホッパーはどうかな?」
「長くない?」
「じゃあ、縮めてフォッパー!」
「おっ、イイんじゃない!」
こうして第三の鋼虫の名前が決まった。
鉄子はまだ直接会っていない彼女に想いを馳せた。一方、ポォは動画を進め続けた。
~ ☆ ~
『承知した。ならば直ちに停船しよう』
プリンセス・テュラムーヌス号は慣性の法則により数キロメートル進んだが、十数分後に完全停止した。
すると、鬼風はすぐさまメイド達に命じた。
「待機中のタートルとシーガルを幾つか回せ。現在巡回している機体はそのまま続行。ロボット同士の戦いに乗じて、警備網が薄い箇所から侵入される恐れがあるからな。警戒を怠るなよ」
あるタートルが映像を送ってくる。
薄暗くて何も無い海中にぼんやりと人影が見えた。複眼と体を走るラインがルビーレッドに光っている。
複数のタートルがその人影の頭上で停止し、かつ十数メートルの距離を置いて彼を包囲した。それらが一斉にサーチライトで海中を照らすと、臨戦態勢のダーリンが海底に立っているのがはっきりと見える様になった。
尚、その海域の上空では複数のシーガルが旋回し、ダーリンや敵機が浮上した場合に備えている。
「てめーの言う通り止まってやったぞ、アホボン」
鬼風の挑発を秀臣は聞き流し、
「プランA――勧告を中止し、プランB――実力行使に移行するのは想定内でしたが、この様な形になるのは想定外でした。でも、こちらが望む展開になりましたよ。果たして今回も勝てますかね?」
鬼風はモニター内で不遜な笑みを浮かべている秀臣に向かって、
「てめーの靴を舐める気はさらさら無ぇ。今なら見逃してやるから、また無様に負けるのがイヤならとっとと自慢の豪邸に帰ってママのおっぱい吸って寝な!
――てめぇを長男に出来なかったママの、な」
大帝院家の事情を知っている鬼風の挑発に、秀臣は怒りの余り咄嗟に返す言葉が出なかった。
『……ぶ、ブッ壊して大帝院グループの技術力を見せ付けろッッッ!!』
ようやく絞り出せた命令は怒気と殺意に溢れていた。
「やっぱ、アホボンだったな。煽り耐性無くてチョロ過ぎ」
「出生順以外は順風満帆なエリートだから、挫折や敗北に弱いのですよ。しかも、一晩の内に2連敗した件で相当疲弊していますね。恐らく総帥から相当叱責されたでしょうし」
鬼風と詳子が話している間に、モニターの中では複数の機影がダーリンに接近していた。
~ ☆ ~
画面は再び水中に切り替わった。それを見た美王は、
「もしかして、ポォはこの船のドローンや監視カメラが撮影した画像を編集して私達に見せているのか?」
誰となく呟いた疑問に詳子が答えた。
「恐らく。つまり、彼女はこちらのコンピューターに容易く侵入し、画像をコピーしてもセキュリティーに感知させない能力を有している」
「この船のシステムすら太刀打ち出来ないのか?」
「異星文明の申し子にとって、我々が作ったセキュリティーは無きに等しいのだろうね」
詳子は諦め半分、興奮半分といった口調で呟いた。
「静かにしろ。ドンパチが始まるぞ」
クロエの言う通り、ダーリンに複数の機体が急速に迫っていた。
~ ☆ ~
綾風が冷静な口調で報告した。
「あのロボットに接近中の敵影4。全て人型で、全高は18メートルと思われます」
他のメイドも報告する。
「しかも、『機動戦士ガンダム』に登場するモビルスーツのズゴックに酷似しています」
それを聞いた詳子は少し考えて、
「つまり、凄く似ているからスゴックだな」
『勝手に名前を付けるなッ! この機体は“嘉隆”だ!』
モニターの中で秀臣が力強く否定する。けれども詳子は、
「いやいや、嘉隆だと名前負けしているので、スゴックで充分でしょう。彼本人と九鬼家の関係者各位に全力で謝罪すべき事案。当然、富野監督と大河原先生とサンライズとファンにも」
『名前負けなどしていないッ!』
「していようがしていまいが問題なのですよ」
『どういう意味だ?』
「海外では戦艦や戦車に個人名を付ける事は少なくないです。しかし、日本は違います。
何故ならば明治時代初期、軍艦に人名を付ける案が出た際に明治天皇が『沈没した場合、由来となった人物に対して申し訳が立たない』と退けられたそうです。
その上、特定の軍人や政治家の名前を軍艦に付ける事で、その人物を過度に神格化したり、政治的な偏りが生じたりする事を避ける為だと言われています。
これらの考え方が旧日本海軍の命名の仕方に大きな影響を及ぼし、海上自衛隊にも引き継がれています。それは陸上自衛隊も同じ事。
それなのに、人型兵器に剣豪や武将の名前を付けるとは……御存知ではなかったのですか? それとも、何か考えがあって敢えて人名を採用したのでしょうか?」
『……う、五月蠅い! お前が知った事ではない。新兵器の性能を目の当たりにして驚き恐れ慄くがいいッ!』
だが、秀臣の抗議と脅しを無視してメイド達が続ける。
「了解。これより人型の敵機4体をスゴックと認定・呼称します」
「マーカー定着。スゴック1から4を目視で確認」
「約300メートル離れた位置に潜水艦を目視で確認」
「こちらもマーカー定着しました」
「スゴック1から4、あのロボットと接触します」
『だから、その呼び方をやめろッ!』
~ ☆ ~
海中では4機の黒いスゴックがサーチライトでダーリンを照らし出している。そして、一定の距離を置いて彼の周囲を旋回し始めた。水中用スピーカーを内蔵しているのだろう、そのうちの1機から秀臣の声が響いた。
『今から我々ロボット部隊と君が戦い、こちらが勝てば君と手塚鉄子とカブトムシ型ロボット、そして第三のロボットは我々に従って貰います。
だが、万が一君が勝った場合、我々は速やかに撤退し、二度と君達を狙いません。
この勝負、受けて立ちますか?』
この宣戦布告に対し、ダーリンはすぐさま頷いた。続いて両手を頭上に掲げて胸元に下ろす動作の後、右手の剣印を前に突き出した。結果、旋回しているスゴック全機が指される。
『そうか。また抵抗するのか。――プランB発動!』
スゴックの両手から太く長く鋭利な3本の爪が突き出ており、4機が同時に左手をダーリンに向けると、その中心にある砲口から怪獣の牙の様な大型銛が一斉に射出された。4本のそれは大量の海水を貫きながらダーリンに襲い掛かる。
けれども玉虫色の装甲に激突した瞬間、鋭利な穂先は潰れて弾き返された。
『やはり特殊鋼の銛でも歯が立たないか』
秀臣は予想していたが、実際に目の当たりにすると腹立たしい。例のキリマンジャロとスコッチのカクテルが入ったコーヒーカップを悔し紛れに勢いよく煽って飲み干すと、
『接近戦だ!』
命令を受けた4機は一斉に詰め寄った。スゴック2が背後から羽交い絞めにすると、1と3が左右からダーリンの腕を押さえ込む。そして、スゴック4が彼の腹部に狙いを定めて右手を突き出した。
これまで繰り返してきた実験や模擬戦では、特殊鋼製の3本爪は10式戦車の装甲すら薄紙に突き立ったカッターナイフの様に貫通した。それを踏まえて、パイロットも秀臣もダーリンが串刺しになると確信していた。
ところが、3本爪は切っ先が砕け散った。一方、腹部には掠り傷1つ無い。
それを目の当たりにしたパイロットは、激しく動揺しながらも冷静に操縦桿のボタンを押した。すると、再び右手の砲口から大型銛が飛び出した。
(ゼロ距離でなら!――何だとッ!?)
けれども、穂先は玉虫色の装甲に命中する寸前で停止している。
突如飛び出した2本のサブアームに、羽交い絞めにしていたスゴック2が弾き飛ばされた。その直後、両腕を押さえ付けている2機の片腕を斬り飛ばしてから拘束を力任せに振り解き、右の人差し指と中指で穂先を挟み取ったのだ。
~ ☆ ~
「むぅ。これは世に聞く《二指真空把》!!」
『北斗の拳』を通読していた章子が唸る。けれども、このメンバーで『魁!!男塾』を読んでいる人はいないと思っていた。それなのに、
「知っているのか、ショコラ!?」
意外にもクロエが反応した。
(この返しが出来るって事は、両方読んでるって事じゃん! もしかして、オタクに優しいギャルは実在した!?)
~ ☆ ~
ダーリンの超絶技はこれに留まらなかった。海底に落ちている4本の大型銛が浮かび上がり、伸ばしている左掌に吸い込まれる様に集まった。
『またサイコキネシスか!?』
秀臣の驚きの声が暗い水中に響く。
その5本を纏めて握ると銀色の光に包まれ、瞬く間に16メートル程の長棍へと形を変えた。それはダーリンと同じ玉虫色の金属で形作られ、黄金色の金属で縁取られていた。
『物体を武器へ瞬時に変形させただとッ!? まさかそんな……』
ダーリンが初めて見せた物体を変形させる能力に衝撃を受けた秀臣は喉が強張った。
~ ☆ ~
「銛を違う武器に変えた!? すっごぉぉぉいッ!!」
一方、恋人が初めて見せた能力に鉄子は黄色い悲鳴を上げた。
「ありゃりゃ、こいつはますます惚れちゃうねぇ。ヒューヒュー!」
「テッコがここまでデレデレになってるの初めて見ました。メロメロにメロってるぅ。ヒューヒュー!」
クロエと章子が冷やかしたが、恋人の勇姿に夢中になっている鉄子の耳に届かなかった。
~ ☆ ~
愕然として隙を見せたスゴック4だったが、すぐさま左右の3本爪を素早く繰り出して連続刺突した。今度は両手が高速回転し、6本の爪が海水を切り裂く。
だが、ダーリンは水の抵抗が無いかの様な速度で長棍を振るうと、その刺突を尽く弾き返した。しかも、僅かな隙を突いて防御から攻撃に転じ、水中とは思えない俊敏さで連続打突していく。すると、黒い頑強な装甲は金槌で連打された粘土の様にベコベコに凹んでいく。
突如、長棍が再び銀色の光に包まれ、今度は柄が伸長してダーリンの全高と同じになると同時に、石突が膨張すると十字の穂先に変わって十文字槍と化した。やはり、玉虫色の刃は黄金色の金属で縁取られている。
その直後、ルビーレッドの光を纏った十文字の鋭利な穂先は、黒い胸部装甲を貫通して背中の推進装置から突き出ていた。
それが引き抜かれた機体が爆発する兆候を見せた瞬間、例のアメシストパープルに光る斜方立方八面体に閉じ込められて瞬時に消えた。
そして、十文字槍は玉虫色と黄金色が混ざり合った光の粒子と化してダーリンの両掌に吸い込まれた。
スゴック1と3から斬り飛ばした腕が海底に落ちていたが、ダーリンがその一つを引き寄せると右掌に吸い付いた。すぐさま三度銀色の光に包まれ、瞬く間に矢を番えた弓に変わる。しかも後者は神話の英雄が使っていた長弓の如く射手の身長に近い。やはりどちらも玉虫色の金属で造られており、鏃は黄金色の金属で縁取られていた。尚、弓の弦はシトリンイエローの光で、矢の羽はエメラルドグリーンの光で形作られている。
~ ☆ ~
「今度は弓矢!? マジですっごぉぉぉいッッ!!」
鉄子が更に興奮する。その様子を目の当たりにした章子は半ば呆然としながら、
「あたしの親友って、こんなだったっけ?」
「恋はどんな少女をも乙女に変えてしまうんだよな」
クロエが訳知り顔で呟くと美王は呆れ顔で、
「何もかも全て色欲の種牛が恋を語るなよ」
「ンだとぉッ!!」
「静かにしろ。ドンパチはまだ終わっていない」
先程自身が口にした科白を返されたクロエは渋々黙るしかなかった。
~ ☆ ~
ダーリンは構えた長弓を引き絞りながら、残り3機の中で最も離れたスゴック2に、ルビーレッドの光に包まれた鏃を向ける。
次の瞬間、玉虫色の矢は水中なのに全く失速せず、その胸部を貫いた。先程の穂先と同じく鏃が推進装置から突き出ている。
スゴック2が力尽きた様に沈んで海底に仰向けになった直後、矢は見えない力で引き抜かれてダーリンの右手に掴まれる。爆発する直前、やはりアメシストパープルの結界に包まれて消えた。それと同時に、手の中の弓矢は長棍と同様に2色の光の粒子となってダーリンの両手に吸い込まれた。
ダーリンは片腕を失ったスゴック3と対峙すると、落ちているもう1つの腕を引き寄せた。
それは彼の手の中で銀色の光に包まれると、刃渡りが12メートル程と思しき長剣に変わった。これまでの武器と同じく玉虫色の金属で造られており、幅広で分厚い獰猛な刃は黄金色の金属で縁取られている。
~ ☆ ~
「今度は剣!? もうメッチャすっごぉぉぉい!!」
鉄子は感極まって更に悲鳴が甲高くなる。美王も眼を見開いて、
「ロボットの一部を武器に変えるなんて!」
と驚きを交えて洩らした。一方、詳子は冷静に分析する。
「一見すると物体を武器に変化させる能力に見える」
「違うのか? 銛の束を棍に、それを射出する腕を弓矢に、鋭利な爪がある腕を剣に変えたのに」
「それなら、素材まで変わるのは説明が付かない。あの2種類の金属はどうやって生まれた? まさか、ファーブル星人は錬金術すら使えるのかな」
「高度に発達した科学は魔法と区別が付かない、だったよな? 彼女達の科学技術でそれを可能にしたのでは?
素人質問で悪いが、原子核の中にある陽子の数を変えれば違う物質に代わるのだろう?」
「確かに。だが、現代の地球人類の科学技術では粒子加速器を使って2つの原子同士をぶつけ合い、その原子核内にある陽子の数を変えるのが限界。しかも、その状態が維持出来るのは1秒にも満たないごく僅かな時間だ。
彼女達の科学技術では加速器を使わずに変換かつ長時間の維持が可能なのかもしれないが、複数の素材で造られた物体に含まれる無数の原子核を一斉に変換するのは不可能の言っても過言ではないだろう。
――もしかすると、それこそ魔法が使われているのかもしれない」
「おいおい、科学者が魔法を語るのか? それともマッドサイエンティストだからこそ語るのか?」
「私だから語るのだよ。以前、君だって見ただろう?」
「……あぁ、そうだったな。今でも信じられないが、彼と云う物的証拠が存在する以上、認めざるを得ない」
美王はそう呟くと、スマートフォンを覗き込んで人類史上初の巨大ロボット同士による水中戦に夢中になっている爽太郎に視線を移した。そして、
「では、この現象をどう説明するんだ?」
「元素変換の可能性もあるが、先程も言った様にその可能性は限りなく低い。その証拠に、武器に変わった物体は元に戻っていない。しかも、分解して2種類の金属の粒子となってダーさんの手に回収されている。必ずだ」
「確かに。……もしかして、その2種類の金属こそ武器の材料なのか?」
「そうだ。あの銀色の光は物体を武器に変形させるのではなく、武器を生み出す為のエネルギーに変換している、と言うのが正しいと考えられる」
「つまり、武器の材料はダーさんの体内にある。でも、武器を短時間で造り出すには莫大なエネルギーが必要だから、敵の機体の一部を奪ってエネルギーに変えている、と言う訳か」
「そうだ。有名なE=mc²を目の当たりにしている。しかも、核融合炉の外で」
「まさかアインシュタインも異星人が使っているとは思わなかっただろうね」
納得した美王に詳子が尋ねる。
「錬金術より説得力があるだろう?」
「それでも人類が及ばない高度な技術である事には変わりないよ」
~ ☆ ~
スゴック3は残った腕から銛を射出した。けれども、命中する前に片手で振るった長剣で真っ二つに両断される。
銛に気を取られた隙に3本爪を高速回転させながら素早く突き出した。しかし、これも容易く長剣で食い止められた。何度刺突しても軽くいなされた挙げ句、最後の一撃は喰い止められた。ダーリンはすぐさまスゴック3の腹部を蹴り付けて引き離す。
後方に吹っ飛んだスゴック3は、推進装置を動かしてダーリンに再び襲い掛かる。
その時、長剣の刃がルビーレッドの光を帯びた。両手で握り、ゆっくりと振り上げる。
この距離と速度では最早避けられない。
今度はスゴック3が脳天から股間まで両断された。左右に分かれてダーリンの横を突き進む。通り過ぎた直後、見えない手で押さえ付けられたかの様に急降下して海底に着地した。
最後の1機となったスゴック1は、ダーリンに背中を向けて全速力でこの場から離脱を試みた。
『おいッ、逃げるなッ!』
秀臣の叱咤が水中に虚しく響く。
それを聞き入れたのか、スゴック1は急停止した。
~ ☆ ~
「ダーさんよりも酷ぇコトばっかりするヒデぇ臣が怖いから敵前逃亡をやめたのか?」
クロエが首を傾げた時、スゴック1はそのまま後進を始めた。
「――違う、やめたんじゃない! 彼が逃がさなかったんだ」
気付いた美王が声を上げた。
「ダーさんがサイコキネシスで引き寄せている!」
~ ☆ ~
逃走の航行速度を上回るスピードでダーリンに向かって突き進む。待ち構えている彼は、まだ赤い光を失っていない長剣を握っていた。
そして、渾身の力で背中に突き刺すと胸部から刃の半分が突き出た。エンジンを貫通したのだろう、スゴック1は完全に沈黙した。そして爆発寸前、先の2機と同じ末路を辿った。
誰もがダーリンの勝利を疑わなかった。
画面の中で詳子達は安堵し、画面の外で鉄子達は歓声を上げた。
けれども、ダーリンだけは違った。
彼は不意に振り向くと、角からシトリンイエローの光線を射出した。それは海水によって拡散や屈折する事無く一直線に迸り、約300メートル先で何かに命中した。
その付近を潜航していたタートルが駆け付け、捉えた光景を詳子達に送る。
「5機目がいたのかッ! クソったれ! 全然感知出来てなかったなんて夜風衆の名折れだ!」
「やはり伏兵がいましたか。あの人らしい」
鬼風が悔しがり、詳子は数度小さく頷いた。
モニターの中では、シトリンイエローのリング状光線で全身を拘束されたスゴック5が何も出来ずに漂っていた。
『小型魚雷を撃つ前にやられたのかッ!? プランCが……』
秀臣は狼狽を禁じ得なかった。4機の嘉隆では対処出来ない事を想定し、いつでも狙撃出来る様に5機目を潜ませていた。
けれども、ダーリンには全てお見通しだったのだ。
『やはり凄まじいな。異星の人型兵器は』
秀臣は怒り・恐れ・嫉妬等の様々な感情が入り混じった苦笑を零した。そして、
『だからこそ必要なのだッ! だからこそ欲しいのだッ! その力がッッッ!!』
~ ☆ ~
ダーリンの完勝に鉄子は感極まって声にならない歓声を上げた。けれども、すぐに表情が固まり、
「また胸の色が変わってる!」
4機の三厳を撃破した時と同じく、胸の三重八芒星がトパーズイエローに変わり、「テュゥゥゥン! テュゥゥゥン!」と柔らかめの警告音が鳴り響いていた。
そこに詳子がを追い撃ちを掛ける。
「これで終わりではないのだよ」
「おいおい、マッドサイエンティストが意味深な事を言い出したぞ!」
クロエが問い詰めようとした時、画面の中では鬼風が秀臣に向かって挑発し始めていた。
~ ☆ ~
「さぁて、手駒は全て失ったな。どうするよ、アホボン。頭イイところを見せてみろよ」
煽り耐性が低い彼からの負け犬の遠吠えを楽しみにしていた。しかし、その期待は裏切られた。秀臣は陰湿な笑みを浮かべて、
『勘違いも甚だしいですね。まだ終わっていないのに』
「負け惜しみは帰ってママに聞いて貰いな」
『こちらの手駒はまだあります! プランD発動!』
直後、綾風が血相を変えて鬼風に報告した。
「潜水艦から魚雷の射出を確認ッ! このままでは14秒後に着弾しますッ!」
ところが、詳子達が驚愕の声を発する前にその心配は無用に終わった。
プリンセス・テュラムーヌス号に向かって突き進んでいた魚雷は、ダーリンの頭上を通過する直前、突如出現したアメシストパープルの斜方立方八面体に包まれた直後、内壁にぶつかって爆発した。にも関わらず爆音も振動も全く伝わってこない。そして、結界ごと瞬時に消えた。
『そ、そんな……ここまで万能だなんて……』
予想を遥かに超えた対抗手段に、秀臣は言葉を失った。
「さて、もう一発と言わず、残ってるのを全部撃つか?」
ここぞとばかりに鬼風が挑発する。本当に楽しそうだ。
「まぁ、何発撃っても結果は同じだろうがな。国民の血税を無駄にしたくないだろう?」
葉巻型チョコをガリガリ齧って煽り続ける。
ところが、秀臣は不敵な笑みを甦らせる。
『我がグループの最新鋭潜水艦“素戔嗚”を舐めるなッ!――|プランE発動ッ!!』
プリンセス・テュラムーヌス号の後方で停止していた潜水艦が急加速した。同時に艦首が展開して巨大なドリルが飛び出す。
~ ☆ ~
「ムウ帝国や恒星ヨミ第三惑星人と戦う気!?」
章子が声を上げるが『海底軍艦』と『惑星大戦争』を誰も知らないので反応が無い。
(うわぁ~、スベったわぁ~。マニアック過ぎたわぁ~)
そう心の中で悔んでいると、
「グビラーかよッ!?」
「「ぐびらぁ?」」
クロエが驚きの余り口にした初耳の単語に鉄子と章子は首を傾げた。すると詳子が、
「スマラクト語でドリルの事だよ。彼女は日本語とスマラクト語のバイリンガルでね。ただし、これはドリルではなくて――」
~ ☆ ~
「まさか、衝角かッ!? それも潜水艦に!?」
愕然とする鬼風の表情を見た秀臣が誇らしげに語る。
「その通り! 絶対撃沈高速回転超硬衝角“海波破斬”――グループで開発した特殊鋼で造られ、文字通り高速回転するこの衝角に貫けない船は無いッ!」
「衝角を復活させただけでなく、ドリルに変えて潜水艦に取り付けるなんて……アホボンはバカなのか!?」
鬼風は呆れ返り、綾風達も言葉を失った。
ところが、詳子だけは眉一つ動かさずに落ち着いた口調で、
「このままでは串刺しですね。今から前進しても躱せないでしょう」
『オーナー、どうするッ!?』
「迎撃システムじゃ間に合わんッ!」
「では、人事を尽くさずに天命を待ちます」
「『はぁッッ!?』」
鬼風と宗像は再び自身の耳を疑いつつ声を上げた。対して詳子は冷静に呟く。
「頼みましたよ、異星文明の申し子――鉄子のナイト」
彼女の声が届いたかの様にダーリンは迅速に行動を開始した。
5機目のスゴックの左脚をサブアームで付け根から切り離す。それを右手で掴むと、サブレッグで跳躍して素戔嗚と同じ深度に達した。背後の十数メートル先にはプリンセス・テュラムーヌス号の船底がある。
ダーリンが突き出した右手の中で銀色の光に包まれた左脚は、瞬く間に大型円盾に変わった。言う迄も無く玉虫色の金属で造られており、縁は黄金色の金属で補強されていた。
変形が終了した直後、海波破斬の先端が円盾の中心に激突した。
高速回転する海波破斬が玉虫色の金属を何度も抉り続ける。
けれども、円盾を貫けない。それどころか表面に傷が入る気配すら無い。
『全速前進ッッッ!! 尚且つ、全力回転ッッッ!!』
苛立つ秀臣の命令に従い、嘉隆のスクリューと衝角の回転が最高速に達した。
それに対応する様に、円盾の表面をガーネットオレンジの光が覆う。
ビシィッッッ!!――と耳障りな轟音が海中に響き渡り、海波破斬の全体に無数の亀裂が走る。その直後、切っ先が砕け散ると防御面から離れた。当然、前進を喰い止めていたダーリンから離れてしまった事を意味する。
『いかんッ! 急停止! いや、方向転換だッ!』
このままでは全速力でプリンセス・テュラムーヌス号の船底に激突してしまう。けれども、いくら秀臣が叫んでも慣性の法則は従ってくれない。
両者共倒れで不本意ながら仲良く沈没する光景が全員の脳裏に過ぎったその時、ダーリンは円盾を投げ捨てて両手を頭上に掲げた。例の仕草だが次からが違った。
両掌の中に黄金の光球が生み出されたのだ。同時に触角が逆立つ。
まるで神からの授かり物を受け取ったかの様に両手をゆっくりと胸の前に下ろす。そして、勢いよく両の手刀を左右に振るや否や、すぐさま拳にして素早く胸の前で合わせた。
すると、両拳で押し潰された光球が直径2メートル程の薄い円形の板と化した瞬間、そこから金色の光線が迸り出た。
それが艦体に炸裂した素戔嗚は爆散したが、すぐに逆再生した様に大小無数の破片が一点に集まると圧縮されて鉄塊と化す。間髪入れずアメシストパープルの斜方立方八面体に包まれて瞬時に消えた。
~ ☆ ~
「何この光線ッ!? ガチですっごぉぉぉいッッッ!!」
鉄子が盛り上がる一方、章子と美王は愕然と眼を見開き、
「これは絶対サイコキネシスとは違うッ! だが、何が作用してこうなった?」
「爆発してすぐ凝縮された様に見えたが、精神力とは違うエネルギーが放たれたとすれば……」
詳子が推測を口にした。
「考えられるのは重力波だな」
「それは18メートルのロボットが作り出せるものなのか?」
再び素人質問をぶつける美王に、
「観測が困難なレベルの微弱な重力波なら現代の科学技術でも生み出せる。質量を持った物体が加速度運動すれば発生するから。
だが、潜水艦を瞬時に爆散・圧縮させる程の強大な重力波となれば……」
詳子と美王はそれを可能にした異星文明の科学技術のレベルに舌を巻いた。
「しかし、かなり消耗したみたいだ」
目の前の詳子と画面の中の詳子が異口同音に呟いた。
~ ☆ ~
ダーリンの胸の三重八芒星がルビーレッドに変わり、「デュゥゥゥン! デュゥゥゥン!」と重い警告音を鳴り響かせている。しかも、膝裏まであった触角が短くなって肩までになっていた。
「エネルギー切れなのか?」
今度は画面の中の鬼風と目の前の美王が異口同音に呟いた。
~ ☆ ~
「あれはエネルギーゲージかもしれない」
詳子が呟くと、
「――って事は、マジでカラータイマーじゃん」
章子が赤くなった三重八芒星を指して言う。
「もしかして、ダーさんって光の国から来た?」
「じゃあ、私はハヤタ隊員って事!?」
鉄子が自身を指さして訊くと章子は、
「その前に一体化しないと」
「一体化ってエロいな」
「「天牛山ッッ!!」」
詳子と美王から窘められたクロエは首を竦める。
その時、詳子が思い付いた様に声を上げた。
「そうか! ダーさんが倒したロボットを回収していたのは、エネルギーに変換して補充する為だったのか!」
「じゃあ、ダーリンはまた元気なるんですね?」
「そうだね。実際、先程現れた時は元の青色になっていたし」
それを聞いた鉄子は胸を撫で下ろして微笑んだ。
~ ☆ ~
「指向性の重力波を放ち、艦体の中心から外に向かって重力が作用して爆発する。その直後、重力の方向が反転して全ての破片が一点に集中し、圧縮される訳です」
警備室でも詳子が鬼風達に自論を披露していた。
「アホボンはまだやる気か? 聞いての通りだ。重力すら自在に操るロボットをてめぇ等は管理出来るのか?」
鬼風は秀臣を挑発するが、2人とも顔が青褪めている。秀臣はしばし考え込んだ後、
「……分かりました。これで撤退します」
「やっとかよぉ。もう仕掛けてこないって約束忘れんな――って、人が喋ってる途中で切るんじゃねぇッ!!」
怒鳴った鬼風は一変して脱力した全身を背凭れに預ける。緊張感が失せた表情で、
「今回はあのロボットがいたからこそ陥った窮地だったが、いなかったらクソヤバかった――って何だこの状況は!?」
夜風衆だけでは守り切れなかった事に苛立っているのが詳子にはよく分かった。
「お疲れ様でした。今回は報酬に色を付けておきます」
「ありがとよ。感謝・感激・涙が出らぁ」
現金なもので、その言葉だけで鬼風の顔に血色が戻りつつあった。
詳子はマイクを手に取ると、
「異星のロボットに申し上げます。今回もありがとうございました」
タートルのスピーカーを通じて律儀に礼を述べる。
「お願いがあります。真っ二つにしたロボットと5機目は残しておいて貰えませんか? こちらで色々調べたいので」
すると、複眼とラインがサファイアブルーに戻ったダーリンは頷いた。そして両断されたスゴックの残骸と片脚を失ったスゴックにそれぞれ人差し指を向けた途端、その3つは海底から浮かび上がり、ゆっくりと上昇した。
そして、同じく海底に落ちていた円盾を粒子に変えて回収した後、エメラルドグリーンの光で作られた蜻蛉の翅を背中に出現させ、海上へと飛び出して星空の彼方に消えた。
「もしかして……」
「どうした? まだ気になるコトがあるのか?」
「2機だけ爆破させなかったのは、我々が欲するのを見越していたからでは? 前回パチレイバーを欲しがった様に、今回もスゴックを欲しがると予想して」
「アホボンより頭イイかもな。抱こうたぁ思わんが。
――そんなコトよりもだ。オレ達の命の恩人は無傷で帰ったが、こいつらは無傷で帰すかい?」
鬼風が示したモニターには、大勢の男性達が両手を挙げて戦意と敵意が無い事を表していた。彼等を複数のメイド達が包囲し、いつでも攻撃出来る様に身構えていた。画面越しに殺気が伝わってくる。
『こちら、雪風』
先日、断風と行動を共にしていたくノ一の片方の声がした。
『こいつ等が急に次から次へと湧き出てくるので、姉妹が造った“船”で確保しました。多分、ロボットのパイロットと潜水艦の乗組員どもでしょう。処分はどうしますか?』
別のモニターにはシーガルが捉えた光景が映し出される。
捕虜となった彼等は、学校のプールの2倍以上の広さがある氷の塊の上に立たされている。その傍には、譲って貰った2体のスゴックの残骸が横たわっていた。
~ ☆ ~
鉄子が安堵して周囲に穏やかな雰囲気が流れたその時、再び全員のスマートフォンに動画が映し出される。
「今度は何だ?……って、おいッ!?」
クロエがこの上なく焦った。
画面の中では、柱の陰に隠れる様にしているクロエが、パーティー初参加の新入生を口説いていた。画面の右上に表示されている日時から、ここに来る直前だと分かる。
「少しでも眼を離すとこれだ」
「油断も隙も無いな」
詳子と美王は憤りを通り越して呆れ返っていた。
ちなみに、口説かれている少女の体型は詳子のそれに近い。そして、明らかに困惑していた。
「ここはカメラの死角になっていたのに!?……まさか、ポォが!」
「違います! ポォは私達と一緒にいました」
「クロっち先輩、そりゃ濡れ衣で言い掛かりですよ」
鉄子と章子に反論されてしまう。
「じゃあ、どうやって? この後、メイドが来たからすぐに離れたから……分かんねー!」
「種明かしはしない」
詳子は冷たい目つきで冷たく言い放つ。
「スッキリしないまま後悔と反省と罪滅ぼしをするがいい。――朝まで償え」
「うわぁ。クロっち先輩もあたしと同じ目に――コロリンされちゃうんだ」
顔をしかめる章子の横で美王が、
「皮肉だな。お前が頼んで持ってきて貰ったマジックとプレートで罪状を記して首に下げてやろう。自業自得とは言え御愁傷様」
と、先程と同じく医師が入院患者の家族に「御臨終です」と伝える様に言った。
死刑宣告を受けた被告人の如く青褪めているクロエを鉄子と章子が懸命に宥める。しかし、彼女にとっては気休めに過ぎない。
ところが、宣告した本人はスマートフォンを覗き込み、形の良い顎に手を当てて考え込んでいる。それを見た美王が、
「余罪があるのか?」
そう訊くと詳子は珍しく即答せず、数秒程考えてから返答した。
「……ある場面でフォッパーが映っていた」
「君のドローンが撮影したのだから映っているだろう。何が問題なんだ?」
すると、詳子は一時停止した動画を美王に見せた。確かにフォッパーが海面を疾走している。
「これを撮影したのはシーガルでもタートルでもないのだよ」
「どうして分かる?」
「いずれかが撮影したなら、画面の右上に日時とドローンの識別ナンバーが入るからだ」
「クロエの証拠画像と同じだな」
「そうだ。なのに、この映像には日時もナンバーも入っていない」
「……確かに」
「にも関わらず、フォッパーが映っている。この様に」
問題の動画を見せられた美王は混乱した。その事実が何を意味するのか、まだ分かっていない。
「では、どういう事なんだ?」
「これを撮影した存在は、もしかすると第四の鋼虫かもしれない」
美王の表情が驚愕によって強張る。
「ダーさん・ポォ・フォッパーだけでなく、まだいるのか!?」
「恐らく。そうでなければ、この映像の説明が付かない」
「一体、何機いるんだ?」
クロエを宥めている鉄子の耳に2人の会話は届いていない。しかし、
(あなたに悪意と害意と敵意を向ける者あれば、何時でも何処でも何があろうとも必ずあなたの元へ)
二十歳前後と思しき男性の声が聞こえた様な気がした。
その声は優しくて穏やかだが、機械的な印象を受けた。同時に、何があろうとも彼女を守り抜く、と云う強い意志が感じられた。
「どうしたの?」
急に振り返った鉄子に章子が尋ねる。すると、
「……声が聞こえた気がして」
「声、って誰の?」
「分からない。でも、優しい感じがした」
「空耳かな?」
「かもね」
それを聞いた章子は再びクロエを宥める。
鉄子はドーム越しに星空を見上げて、
(もしかして、あなたかな?)
☆次回予告
異端科学部は科学の牙城に降り立つ。
その研究所は正に奇跡という名のパラダイス。
人を超えつつある鉄子は念入りに調べられ、
美王は秘匿された真実の一端を垣間見る。
第15話「姫花園最強万能科学研究所にようこそ」
産み落とされて済みません。




