第15話:姫花園最強万能科学研究所にようこそ
自室に帰った鉄子と章子はベッドに入ってからも興奮が収まらず、先程見たダーリンの水中戦について熱く語り合った。そして、いつかダーリンと同じく外見が昆虫に近い巨大人型ロボットの話になっていた。
詳しい章子がスマートフォンで検索しながら話す。
「ロボットアニメなら『聖戦士ダンバイン』のオーラバトラーかな。でも、あたしは昔のリアルロボットはそんなに詳しくないから疋島部長に訊いてみたら? テッコの話だと色んなアニメ観てそうだし、自分でロボット造って乗ってるし」
鉄子もスマートフォンで同じ内容を見ている。
「で、特撮だと『ビーファーターカブト』の大甲神カブテリオスと邪甲神クワガタイタン、『忍風戦隊ハリケンジャー』の豪雷神、『王様戦隊キングオージャー』のキングオージャーぐらいかな」
「ん? キングオージャーは戦隊の名前とロボットの名前が同じなの?」
「訳が色々あるのよ。『とにかく観て!』としか言えない。面白いから観て損は無いよ」
幼少の頃からリビングで妹達とテレビを見る習慣が無い鉄子は、ニチアサすら知らずに育ってきた。
「ロボットは分かった。じゃあ、特撮ヒーローだと誰かいるの?」
「それなら真っ先に思い浮かぶのが仮面ライダーね」
「それは知ってる。バッタの改造人間なんでしょ」
「うん。でも、それだけじゃあないんだな。他にも、トンボ・カブトムシ・スズメバチ・カミキリムシ・クワガタムシとかがモチーフに採用されてるの」
章子は自身のスマートフォンで検索した数々の虫系ライダーを見せた。
「バッタだけじゃなかったんだ。知らなかった」
「他にも、メタルヒーローやスーパー戦隊にも虫がモチーフのヒーローがいるよ」
章子に言われて検索すると該当するヒーローが次々に出てきた。
「ところで、この『ビーファイターカブト』とさっきの『仮面ライダーカブト』のカブトって同じ人ななの?」
「全然違うよ。名前が同じだけ。ほら、別人でしょ」
章子はそれぞれの変身者の画像を見せた。
「じゃあ、何で同じ名前なの?」
「多分、 シリーズも放送した年も違うから、東映の上層部が許可したんじゃあないかなぁ。
『ビーファイターカブト』は『重甲ビーファイター』の続編なんだけど、どちらも主人公はカブトムシがモチーフのインセクトアーマーを装着するから、単純にカブトって付けられたんだと思う」
「本当にどっちもカブトムシがモチーフなの? 1作目のブルービートは青一色なのに、2作目のカブトは金色と黒で派手になってるけど……あっ、このヒーローは緑だ! ダーリンやポォに近い感じ」
「もしかしてジースタッグ?」
「うん、そう書いてある。でも、主人公じゃないのね」
「サブだけど、最初の頃は戦隊みたいに3人で必殺技を出してその週の敵を倒してた。
――で、『ビーファイターカブト』の10年後に平成ライダーとして第7作目として『仮面ライダーカブト』放送されたの。だから、同じカブトでも全然違う作品だよ」
「確かに、こっちのカブトは赤い。……って、こっちのライダーも緑だ!」
「あぁ、キックホッパーね。彼もサブライダーなの。で、地獄兄弟の兄貴分」
「仮面ライダーなのに地獄ってどういう事!?」
「こっちにも訳が色々あるのよ。『これも観て損は無いから!』としか言えない」
「そうなんだ。……そう言えば、アニメで玉虫色に近いロボットっているの?」
「う~ん……アニメだとメタリックな表現が難しいから玉虫色は無いね。緑も少ないよ」
「そっかぁ。玉虫色に近い虫系人型ロボットは無いし、ヒーローだとさっきの2人だけかぁ」
鉄子は残念そうに呟く。すると章子が。
「でも、テッコには自分だけのヒーローがいるじゃない」
言われた鉄子は頬どころか耳まで赤くなった
~ ☆ ~
深夜0時を過ぎた頃、潮風が吹き荒ぶヘリポートに黒塗りのヘリコプターが着地した。
降りて来たのは4人の美女だった。全員が全身ピッチリの黒いラバースーツに包まれている。同じ素材の眼出し覆面を被り、首輪を填められ、口にはボールギャグを嚙まされていた。それでも美女と分かるのは、ラバースーツの上からでも裸婦像の様なプロポーションが、そして覆面からは綺麗な両眼が露わになっているからだ。尚、うち2人はキャリーケースを引っ張っていた。
そんな彼女達が左右に分かれ、跪いて頭を深々と下げる。すると、シルクハットを被って燕尾服を着こなした、雀の様な愛らしい印象を与える小柄な少女が、黒のトランクを持って降り立つ。
続いて、その彼女が180度振り向いて頭を下げて迎えるのは、有塚舞世クラリッサだった。
――いや、既に舞世ではなかった。
同性の異性愛者ですら見惚れる程の肉体を漆黒のエナメルスーツで包み、黒いレザーのトレンチコートを肩に羽織ってエナメルのロングブーツを履き、例の軍帽を被っている。そして、艶やかなブロンドをポニーテールにして前髪を少し遊ばせていた。しかも、庇の下からコバルトブルーの眼が鋭い眼光を放っている。――読書好きの女子高生から夜の女王への変身を完了していた。
数人のメイドと共に出迎えた、ローズのレッドの白衣を肩に羽織っている詳子に、中学生と思しき燕尾服の美少女は上品な微笑みを浮かべて一礼した。
「初めまして、天道様。『ミッドナイト・エンパイア』の鳳琉魅香専属マネージャーのスワロースパローです」
「初めまして、天道詳子です。夜遅くにこんな遠い所に呼び出して申し訳ありません」
詳子が頭を下げるとスワロースパローは大袈裟に手を振り、
「いえいえ。お客様の御要望とあらば、何時でも何処でも馳せ参じます。先日に引き続き当店を選んで下さり、誠にありがとうございます」
再び丁寧に頭を下げる。プリンセス・テュラムーヌス号に降り立っても驚いていないのは、豪華客船に呼ばれる事に慣れているからなのか。
「実は先日と同じく特殊な内容なのですが――」
「御安心下さい。何も問題ありません。琉魅香も事情を知っておりますので」
「だからと言って友達割引しないから」
口調も普段とは違い、妖艶な上に冷たくて威圧感に満ちていた。
フロントで手続きを済ませた琉魅香達は、歩きながら詳子と打ち合わせを始めた。
「今夜は誰を尋問すればいいのかしら?」
「この船に侵入を試みた3つのスパイ集団のそれぞれのリーダー。ただし、3人とも国籍が異なる」
「3人とも英語は通じそう?」
「恐らく。ただし、2人は英語圏ではない。それと全員が日本語を全く話せない。夜風衆が確認済みだよ」
「この前の忍者が15分ぐらいで何でも喋る肉塊になったから、今回は1人につき30分ぐらいだろうね」
「それでも短くないか? 鎌鼬組と違って国外で活躍するほど優秀な工作員なのに」
「一流のスパイとて例外じゃない。一流の女王の前では」
決して過信ではない。事実のみ淡々と話している。
「ところで、ロボットのパイロット達と潜水艦の乗組員達も捕虜にしたと聞いたけど、パイロットのリーダーや艦長は担当しなくていいのかしら?」
「艦長はうちの警備主任が『是非ともやりたい』とやる気満々だったので既に任せている。
そして、パイロットのリーダーは“赤の女王”に任せた」
「……あぁ、そう言えばあの子も得意だったわね」
「本人は認めたくないみたいだけど」
「そうは言ってもね。治し方に精通していると言う事は、壊し方にも精通しているって事だから。
話を戻すと、私が鞭を振るうべき3人の外国人スパイ。それぞれ違う部屋に監禁している?」
「勿論、その上で拘束して見張りも付けている」
「上等。それから、1人を攻めている時、待っている他の2人にその様子が聞こえる様にして欲しい」
「それなら船内放送のシステムを使えば出来るが、何の為に?」
「同業者が責め苛まれ続けた末に屈服して何もかも白状するのを聞けば、次は自身がこうなると恐れ慄いて心が折れる。だから、2人目以降は1人目に較べて手間が省けるの」
「了解した。早速準備させよう――ここだよ」
詳子が示したのは、ドアの両側に2人のメイドが立っている部屋だった。尚、その隣と更に隣のドアの両側にもメイドが控えていた。全員、螺子頭が付いていないので夜風衆だろう。
「お疲れ様です」と詳子が頭を下げると、メイド達は表情を崩さずに頭を下げた。
「スワスパ」
琉魅香が声を掛けると、スワロースパローは「畏まりました」と恭しく頭を下げた後、指をパチンと鳴らす。
すると、4人の下僕はそれぞれ、四つん這いになり、スワロースパローから受け取ったトランクを両手で持ち、キャリーケースから取り出した大きめの楕円形の鏡を左右から支えた。
琉魅香が四つん這いになった下僕の背に、エナメルと網タイツに包まれた美巨尻を乗せると、スワロースパローは自身のトランクから取り出した漆黒のドミノマスクを両手で琉魅香に差し出した。
瑠魅香は受け取ったマスクを持ったまま、鏡の中の自身を見つめている。すると、徐々に空気が張り詰めていき、耳が痛い程の静寂が流れる。
瑠魅香から伝わってくる緊張感を肌で触れた詳子は、微動だにしない彼女の後ろ姿を見つめながら、
(能舞台の手前には〈鏡の間〉と呼ばれる部屋がある。演者はそこに置かれた大きな鏡の前に座り、衣装を整えるだけでなく、自身の姿を見つめる事で日常の自分から演じる役へと気持ちを切り替えると云う)
そう考えていると、琉魅香は徐ろにマスクを着けた。――その瞬間から仮面は彼女の“素顔”になる。
(能面を着ける瞬間、演者は面に自分が引き込まれる様にして役に命を吹き込む。
ならば、彼女が女王になるのはあの仮面が持つ力によるものなのか。それとも……)
「始めるわよ」
立ち上がった琉魅香が開始を告げると、スワロースパローは2回ノックしてからドアを開いた。
何も無い殺風景な部屋の真ん中でパイプ椅子に座らされて後ろ手に縛られている男は、唐突に入ってきた女王と4人の下僕に度肝を抜かれて言葉を失った。
1人がトレンチコートを脱がせ、それを二つ折りにして自身の前腕部に掛ける。
先程四つん這いになった下僕が再び玉座になると、女王が自然な動作で腰を下ろして長い脚を組んだた。
残りの2人はキャリーケースを琉魅香の傍に置くと、慣れた手つきで男の拘束を解いた。
次の瞬間、男は素早く立ち上がって左右の2人を殴り飛ばそうとしたが、美女とは思えない程の物凄い力で両腕を押さえ付けられ、床に両膝を突かされた。生まれて初めて正座を体験させられる。
「遠路はるばる、極東の島国にようこそ」
瑠魅香は穏やかな口調だが威圧感が凄まじく、数々の死地を潜り抜けてきた男でさえも言い返す事が出来なかった。
しかも、気付いた時には手枷と足枷を填められていた。
「だけど、今からここは私の国になる。
さぁ、罪深き侵入者に刑罰を」
男から離れた2人は再びキャリーケースに触れ、同時に開いた。
それぞれの中身を見た男は、生まれて初めて鉄の処女の中を覗いたかの様に青褪めて強張った。
~ ☆ ~
「あなたは参加らないのですか?」
詳子がドアの前で待機しているスワロースパローに尋ねると、
「わたくしは飽く迄マネージャーです。女王が統べる国では異邦人にしかなりませんので」
「裏方に徹しているのですね。まさに縁の下の力持ち」
「それを目指して努めておりますが、恥ずかしながら未だ至らぬ事が多々あり、己の未熟さを日々痛感しています」
「謙虚ですね」
「気高く多才かつ優秀なあの方の前では、誰もが謙虚さを忘れられません」
スワロースパローの忠臣が如き発言に、詳子はふと思った。
(もしかして、これもプレイの一環なのだろうか? それにしても……)
彼女は当初から気になっている事を尋ねた。
「ところで、プレイに参加しないとはいえ、未成年者がSMの女王のマネージャーを務めるのは法的に問題があるのでは? しかも、深夜に」
すると、自身より歳下に見えるスワロースパローは、
「ん? わたくし、今年でアラフォーですが何か問題でも?」
詳子は予想外の返答に一瞬言葉を詰まらせた。
「……そうでしたか。失礼しました」
謝った後、質問せずにはいられなかった。
「つかぬ事をお訊きしますが、それだけお若いのは悪い魔法使いに若返りの呪いを掛けられたからですか?」
スワロースパローは一瞬きょとんとしたが、やがて口を押えて失笑した。
「申し訳ございません。お客様に大変失礼しました」
すぐ丁寧に頭を下げ、言葉を続ける。
「まさか、科学者が魔法使いや呪いを口にするとは思いもしなかったので……天才と呼ばれる方は発想がユニークですね」
「よく言われます」
詳子は鬼風の数箇月前の顔と今の顔を思い浮かべて、
(実際にいるからなぁ。呪いで筋肉巨女からロリ少女になったのが)
~ ☆ ~
翌朝、メイド達が用意した高級旅館のそれに匹敵する豪華な朝食を味わい、帰宅準備を終えた参加者達は来た時同じく大型ヘリで高校に送って貰った。
ただし、鉄子と詳子を含む異端科学部の女子部員数名と章子・クロエ・美王は残り、豪華客船は姫花園最強万能科学研究所がある島に向かった。
鉄子達は甲板に備え付けられているテーブルで飲み物を味わいながら、
「ワカメと刻みネギのお味噌汁、美味しかったよね」
「うん。スダチの搾り汁を入れて味変したのも美味しかった。今度ママンに作って貰おう」
「ご飯も変わってたよね」
「そうそう。玄米と餅麦の混ぜご飯。変わった食感で美味しかったなぁ」
「そう言えば、ショタ子先輩が腸に良いって教えてくれた」
「じゃあ、食べ続けたら少しは瘦せるかなぁ?」
満足している鉄子と章子の横でクロエと美王が、
「焼き鮭じゃあ物足りねーって。あぁ、肉食いたかったな。焼肉とかステーキとか」
「朝からえげつないな……」
「せめて、麻婆豆腐とか麻婆ハンバーグとか」
「朝ぐらい肉と四川から離れろ」
「そういえば、朝飯に有塚がいたな。いつ来たんだ?」
「知らない。天道からは『バイトが終わってから来た』としか聞いていない」
「あいつ1人の為にヘリ出したのか?」
「多分。天道の方が何か用があったのでは?」
「もしかして、ショタコン仲間か? 座敷童子と3Pしてたとか」
「何故そんな発想にッ!? 下衆過ぎる!」
「ま、それは置いといて、今度こそ口説けると思ったのに、こっちが食べ終わった頃にはいなくなってた。あいつって毎回、いつの間にか現れて、いつの間にか消えてるよな」
「多分、危険を察知して逃げたんだよ。下品なエロ妄想しまくる種牛の毒牙から」
「ンだとォ!――ま、それは置いといて」
「急にどうした?」
「何処行ってた?」
「何の話だ?」
「茶会が終わった後、あーしは真っ直ぐ部屋に帰ったけど、お前はショタ子に呼ばれてどっか行ったよな。30分ぐらいして帰って来たけど、何処行ってた?」
「……あぁ、その事か。昔のUFOの本が
手に入ったから譲ると言われて、天道の部屋に行ったんだ」
「……ふぅ~ん」
クロエは訝しげな視線を送るだけで、それ以上何も言わなかった。
昼前にはかなり大きな島が見えてきた。
1950年代初頭、海底火山の噴火で隆起して生まれたのが〈逆瓢新島〉である。空から見れば瓢箪の形をしているのだが、注ぎ口に当たる部分が真南を指し、底に当たる部分が真北にあるのでその名が付いた。
島の隆起と拡大は数年続き、面積が種子島よりやや大きくなったぐらいになった頃にようやく沈静化した。地殻変動が20年以上観測されなくなったのを見計らって、ノーベル賞を5度受賞という最多記録を持つ(狂気と紙一重の)天才科学者・姫花園愛理が率いる科学者チームが念入りに調査を行った後、日本最大の私立研究施設・姫花園最強万能科学研究所を創建した。
自ら所長に就任した愛理は、非常に優秀ではあるが厄介者扱いされて居場所が無い型破りな研究者や技術者達を集めると、分野を問わず、尚且つ研究費や開発費に糸目を付けず、彼等の思うがままに研究と開発をさせた。その有り様は自由と言うより無法に近い。
それ故、世界中の科学者や技術者達から“狂った理系どもの梁山泊“”日本のイカれたメンロパーク”等と呼ばれ、恐れられ続けている。
尚、マッドサイエンティストもしくはマッドエンジニアと恐れられる彼等は、愛理の期待以上の成果を上げており、数々の受賞歴を誇っていた。
ちなみに、新たに生まれた島は国の所有となり、個人購入は不可能である。それにも関わらず、彼は現在もその島に君臨し続けている。
逆瓢新島の大きな括れにはそれぞれ港がある。プリンセス・テュラムーヌス号は東の港に接岸した。
鉄子達が下船すると建物内に案内され、空港の国際線のゲート以上に厳しい検査を受けた。
「天牛山が通過出来るなんて、結構ザルなんだな」
「うっせーよ、むっつリーゼント。人の事言えるかぁ?」
全員が無事に通過すると、そこで電馬が率いる男子部員達が合流した。
そして、全ての部員と数名の非部員達じゃ大型バスに乗って本部ビルに向かう。
研究棟が幾つも建っており、初めて見た章子は、
「パゴスが襲って来そうな街並みじゃん! しかも、奇跡という名のパラダイスっぽい!」
と、嬉しそうに呟いた。すると、電馬が満面の笑みを浮かべて「僕もそう思う」と頷く。その後も、
「今通ったの、金田のバイクだ! つなぎ着た女の人が乗ってた」
「多分、運転してた女性のエンジニアが再現したんだよ」
「今度はナイト2000だ! ポインターも! うわっ、ロボノイドまで!」
「ここにいる人達はマニアやオタクが殆どだからね」
しかも、電馬が言うダーリンの顔があの特撮ヒーローに似ているとか、この部分があのアニメのロボットのここに似ている等の話にも章子は相槌を打って盛り上がっている。
(あれ!? もしかして、この2人ってお似合い?)
鉄子がそう思った時、本部ビル前に到着した。
それはデザインが異なる2つの建造物が合わさった感じで、海外の大都会でもお目に掛れない奇抜な外観だった。
バスから降りてビルを見上げた章子が、
「うわぁっ! ブルトンやゼットンが襲って来そう」
「僕もいつもそう思う」
そして2人で特撮談義に花を咲かせ始めた。
「少し早いですが、先に昼食を済ませませんか?」
詳子の提案で食堂に向かう。そこは低い方のビルの最上階にあった。
「ここなら研究所内を一望出来るよ」
電馬が言うや否や章子は大きな窓に駆け寄り、
「スゴイッ! こうして見るとやっぱり秘密基地だ!」
彼女の後に続いた鉄子を始めとする新入部員達も、ガラス越しに広がる光景に圧倒された。
研究と実験と開発の為だけに築き上げられた、マッドサイエンティストとマッドエンジニア達の楽園たる学術都市。
話には聞いていたが、ここまで未来都市風とは思わなかった。
鉄子達はテンションが上がっていたが、電馬の「おーい、そろそろ注文するよ」の声で席に着く。
鉄子の左右には章子と詳子、向かいにはクロエと美王。電馬はすぐ隣の食卓でで男子部員達と座った。
メニュー表を持った電馬は徹子に話し掛けた。
「以前は辛い物が苦手で全然食べられなかったんだけど、最近は少しずつ練習したから麻婆料理を食べられる様になったんだ」
「そうなんですか! 良かったですね」
「今日も食べようと思ってね」
「じゃあ、私達と一緒に食べられますね」
鉄子から好感を得た電馬は更に得ようと、
「麻婆茄子って美味しいよね」
「「マぁ~ボぉ~ナスぅぅぅッ!!」」
同時に叫んだ鉄子とクロエの顔が青褪めて引き攣っている。
「ど、どうしたの!?」
予想外の只ならぬ様子に電馬は狼狽える。
「だって、手塚君は麻婆が好きなんだろう?」
「そうです、麻婆豆腐が好きなんです!」
「だから、僕も――」
「全ッ然ッッッ違いますッ!! 麻婆春雨も麻婆丼も麻婆ラーメンも麻婆焼きそばも好きです。麻婆料理ぃぃぃ最ィッ高ォォォオッ!!
――でも、麻婆茄子は駄目ですッ! 茄子は大嫌いなんですッッッ!!」
「そーそー。ナスはダメっしょ、ナスは!」
鉄子のテンションに圧倒された電馬にクロエが追い打ちを掛ける。
「あんなクソ不味いナスなんか入れたら折角の麻婆が台無しっす! よりによってナスたぁ、疋島パイセンはマジでボケナスでオタンコナスじゃん!」
「そ、そんなぁ……茄子が好きで、折角食べられる様になったのに……」
「えぇと、麻婆料理で他に食べられるのは?」
気まずそうに訊いてきた鉄子に電馬は頭を振って答える。
「無いよ。麻婆茄子だけ」
「じゃあ、ダメダメじゃん!」
クロエが容赦無くとどめを刺した。
「麻婆同盟に麻婆茄子しか食べらんない人、麻婆茄子が好きな人はお断りっす」
そう言われた電馬の落胆ぶりはシェイクスピアの四大悲劇の主人公並みだった。
「そこまで落ち込んじゃいますかぁ」
クロエが呆れる。
「そんなに同盟に入りたかったんすか?」
その質問に電馬は何度も頷く。
そこへ鉄子が不思議そうに、
「ところで麻婆同盟って何ですか? 初耳なんですけど」
「あーしもだよ」
「えぇっ!? じゃあ、クロっち先輩の思い付きですか?」
「まぁね。今からあーしとテッコとショコラで麻婆同盟結成だ!」
「えっ!? はぁ、別に構いませんが……」
「あたしも!? まぁ、テッコが入るなら……」
「相変わらず瞬間瞬間で生きているな」
「行き当たりばったりにも程がある」
詳子と美王が呆れていた。そんな2人を尻目にクロエは、
「そんじゃ、とりま同盟結ぼっか」
鉄子は「は~い」と快諾したが、章子は愕然と眼を見開いた。
「もしかして、あたし達を退屈から救いに来たんですか?」
「ん? ちょっと何言ってるか分かんない」
「うぅっ、サンドイッチマン構文……済みません、何でもないです」
こうしているうちに、ほぼ同時に全員に料理が届いた。
麻婆茄子定食に箸を付けた電馬は、こっそり鉄子の様子を窺う。
彼女と章子とクロエは、それぞれが頼んだ麻婆豆腐定食と麻婆丼と麻婆春雨定食に舌鼓を打ち、お互い一口ずつ交換したりと盛り上がっていた。ただし、麻婆茄子が視界に入らない様に、こちらを全く見ない。
日々努力を積み重ねた末、ようやく食べられる様になった麻婆茄子の味はよく分からなかった。
~ ☆ ~
昼食を終えた一行は、ある格納庫の前にいた。
高さが20メートル程ある巨大な鉄扉が自動で左右にゆっくり開き、飛行機の工場みたいな内部が見えた。
「では、呼んでくれるかな」
「分かりました。――彼をお願い」
詳子が鉄子に、そして彼女がブローチから外して掌に載せたポォに頼むと、その直後にアメシストパープルの斜方立方八面体が空中に出現した。それが一瞬で消えると、入れ替わりに現れた玉虫色の巨体が静かに着地した。
「来たね、ダーさん」
詳子の呟きを電馬は聞き逃さなかった。
「だーさん?――って、もしかして、このロボットの名前?」
「そう。その通りッ!」
章子が嵐を呼ぶ高校生社長勇者みたいに答えた。
「本当なのか、手塚君!?」
詳子が頷くと章子が唐突に、
「レディース・アンド・ジェントルメン! そして、兄さん・姉さん・パパにママ、じいさん・ばあさん・お孫さん。遂にこのロボットの名前が決まったので、揃ったところで結果発表ぉ~ッ!!」
高らかに宣言すると、クロエと一緒にドラムロールを口遊む。
そして、頬を赤らめた鉄子がその名を告げる。
「彼の名前はダーリンです」
「はぁッ!? ダーリンだとぉおおぉッ!?」
初めて知った部員達はどよめいた。特に電馬は驚きと狼狽を隠せない。
「さぁ~らぁ~にぃ〜、重大発表ぉ~ッ!!」
章子が第二弾を発すると、鉄子は間髪入れず、
「私はダーリンとお付き合いを始めました! 名前通り、私の彼氏です」
「はぁああぁぁぁあッ!?」
電馬を始め、この事実を知らされた全員が口をあんぐり開けていた。
詳子は部員達の混乱を意に介さず、淡々と補足説明を始めた。
「尚、テッコ君以外の人達は彼を“ダーさん”と呼んで下さい。ダーリンと呼ぶ資格があるのは、恋人のテッコ君だけなので」
「……えぇと、これは、つまり、どぉゆコトかな?」
ようやく言葉が出た電馬がたどたどしく尋ねる。彼の気持ちを知らず鉄子は、
「ちょっと珍しくて奇妙な話になりますが、私がダーリンに告白して、彼が受け入れてくれました。だから――」
「受け入れた!? 君の告白を!? ロボットが!? 君から告白したぁッ!?」
「まずは落ち着きましょう。扇子で煽ぎながらゆっくり深呼吸を。ヒッ・ヒッ・フゥ~」
見かねた詳子に宥められるも、電馬は冷静になれない。
「だって、ロボットにだよッ! それも他所の星から来た巨大ロボットにだよッ!!」
「長い人生と長い人類史の中でそういう事もあります。世の中には、ベルリンの壁やエッフェル塔と恋愛結婚した人達もいるのですから」
「それは知ってるけど、すぐ傍にいるなんて思わないじゃないかぁッ! それに――」
「それに?」
「……あ、いや、何でもないよ。全然何でもないから」
電馬は言葉を飲み込んで首を何度も横に振った。この場にいた者達のうち、鉄子以外は察した。
(まぁ、テッコがこうなるなんて予想出来る訳が無いし)
(この失恋の仕方は想定外だって)
(部長もさっさと告白していればなぁ)
(外堀を埋めていく慎重さが裏目に出たか)
(押しが弱かったし)
(あーしだって、今回はショタ子の時以上に驚いたわ)
「よくよく考えてみりゃ、他の星で造られた自我の無い巨大ロボットに惚れて告白して恋人になるなんざ、マッドサイエンティストっぽいと言やぁぽいよなぁ。ある意味、上級生達以上じゃねぇか?」
遠山の金さんの上半身みたいに桜吹雪が乱れ舞う白衣を纏った部員が呟くと、電馬を除く全員が納得した。
続いて、マウリッツ・エッシャーの騙し絵の1つ『昼と夜』がプリントされた白衣を着た部員が、
「それで、今回はあのロボッ――いや、ダーさんの調査の続きをするんだろう? 前回分かった事は?」
「それは私が説明しよう」
「じ、じーちゃんッ!?」
何処からともなく突然現れた疋島雷馬博士が、黄色の地に無数の黒の稲妻が走る白衣を靡かせながら、
「前回の調査で判明した3つの事実!
1つ、彼の装甲の色はタマムシやモルフォ蝶と同じく構造色だった。
2つ、接合部分と思われる箇所さえもシームレスの様に分解不可能。
そして3つ、地球の科学技術の産物ではない。
――以上!」
「……それだけなの?」
電馬が全員の気持ちを代弁した。孫や後輩達の落胆した表情に雷馬は、
「それだけ、とは酷いな。あの短時間でこれだけ分かったんだから凄い事なんだぞ。急に消えなければもっと調べられたのだが……」
「済みません。私の所為です」
鉄子はダーリンが自身を守る為に瞬間移動した事を雷馬に謝った。すると、彼は大きく手を振って、
「いやいや、君が謝る必要は全く無いんだよ。彼は君を守る事が至上命令らしいからね。むしろ、悪いのは大帝院グループと政府だよ」
「それで、今回はどうするのですか?」
詳子が尋ねると雷馬は、
「ダーさんの装甲を取り外して機体の中を調べたい」
「ですが先程、地球の技術では分解不可能、と仰いましたよね」
「そうなんだ。しかし――」
雷馬は鉄子に期待を込めた視線を送る。
「君が頼めば彼が応えてくれるのではないかな?」
「上手くいくかなぁ?」
電馬が不安そうに呟くが、鉄子は雷馬に、
「分かりました。やってみます。
――ダーリンにお願いがあるの」
鉄子は真剣な面持ちで、そびえ立つダーリンの顔を見つめながら、
「私達にあなたの体を調べさせて欲しい。絶対に傷付けたり壊したりしないから」
それに対し、「リィィィン、リィィィン」と心地良い鳴き声を発して頷いた。
その直後、玉虫色の装甲が一斉に機体から離れ、頭部と胴体と四肢の内部を剝き出しにした。それらは宙に浮いたままだ。
「うぉぅっ、キャストオフ! 電流火花のメカニズム!」
麻婆の件と失恋で落ち込んでいた電馬が、ようやく笑顔を取り戻して歓声を上げた。雷馬も、
「これで解析を進む。ありがとう」
と、鉄子とダーリンに頭を下げた。
「では、研究棟の中に入ってくれないか」
すると、ダーリンは雷馬の指示に従って入った。そして、全ての装甲が彼の後を追う。
その中にはロボットアニメに出てくる様なハンガーデッキがあり、所員達の誘導に従ってそこに立つ。装甲はその傍に着地した。すると、直ちに調査が開始される。
「ポォはどうするんですか?」
「私は巨大ロボット専門なので、小型ロボットは彼に任せるよ」
そう言って指し示した先は開ききった鉄扉で、その傍には30代半ばと思われる男性が立っていた。
彼は喪服みたいなネクタイとスラックスに、死体の肌を思わせる蒼白の白衣。青白い顔で陰気そうな表情をしており、どう見ても喪主だった。
ところが、彼に似つかわしくないメイドが左右に控えていた。どちらも20代前半に見えるし、美貌もスレンダーな体形も双子の如く瓜二つだ。長袖でスカートの裾が足首近くまであるクラシカルなメイドドレスを着こなしている。ただし、額に螺子頭が付いているが。
「僕は曳津島修治と言います。ガイノイドの研究並びに開発を担当しています」
ぼそぼそと話す声質も陰気で、葬式で遺族にお悔やみの言葉を申し上げているみたいだ。
「暗いなぁ」
「暗くて済みません」
クロエが思わず洩らすと、修治はすぐさま頭を下げた。
「昔からどうしても明るくなれなくて」
「言い過ぎだぞ、天牛山」
美王に窘められたクロエは「こっちこそ済みませんでした」と素直に謝った。
気を取り直した修治は、
「そして、この2人は僕の助手を務めている桜姫と桃姫です」
メイド達は同時にスカートを摘まんで頭を下げた。
恐らく、修治の右側に立ち、リボンタイに付いているブローチが桜の花になっているのが桜姫で、修治の左側に立ち、リボンタイに付いているブローチが桃の実になっているのが桃姫だろう。
「「がいのいど、って?」」
鉄子と章子は初耳の単語を異口同音に呟く。それに対して詳子が、
「女性型ロボットの事だよ」
「それって、アンドロイドとは違うのですか?」
章子が質問すると、
「アンドロイドは『人型ロボット』と云う意味の他に『男性型ロボット』と云う意味もある。だから、『女性型ロボット』を厳密に言えばガイノイドになる。あまり知られていないけどね」
「英語のmanとwomanみたいなものだな」
美王が補足する。更に詳子は、
「ただし、アンドロイドと云う単語を初めて用いた小説では、女性型ロボットを指している」
「ややこしいですね」
鉄子が呟くと、
「まぁ、そうなりますよね。済みません」
修治は自身の不手際であるかの如く鉄子に頭を下げた。
「そんな! 博士が謝らなくても!」
鉄子は慌てて両手を振って宥めた。詳子も、
「そうですよ。博士が謝る必要はありません」
「いやいや、天道君。僕が普段からアンドロイドと言っていればこんな事にはならなかったんだ。つまらない拘りを持っていたばかりに。本当に申し訳無い」
そう言って詳子にも頭を下げる。
「謝ってばっかだな」
そう呟いたクロエにも「謝ってばかりで済みません」と頭を下げる。
「どんだけ卑屈なんだよ!?」
「やめておけ、言い過ぎだぞ!」
美王に窘められたが、「だってさぁ~」とごねる。
「何もかも全て僕が悪いんです。恥の多い生涯を送ってきました。産み落とされて済みません」
「……玉川上水で不倫相手とアイキャンフライしそうなんだけど」
クロエの呟きに詳子が答えた。
「心配無用。博士は痛いのと苦しいのが大嫌いだから、そんな度胸は無い。あと、女性にモテないし、モテなさ過ぎて彼女達に恋愛感情が湧かないから不倫なんてしない」
「その言い方もどうかと思う。それも本人の前で」
その時、章子が「はい、は~い」と元気良く挙手して、
「博士が卑屈過ぎてスルーしちゃいそうだったんですけど、もしかしてこの2人はメイドロボットですか?」
桜姫と桃姫を指差す章子に、修治は恐る恐る手を挙げて、
「そ、そうです。主に僕が設計して造り上げました」
「じゃあ、メッチャ偉い人じゃないですかッ!!」
「そうです。だから、もっと自信を持ってください」
「でも、天道君。僕みたいなのが自信を持って良いのかな?」
「構いません。むしろ、持つべきです。それだけ凄くて素晴らしい成果を出しているのですから」
「でも、『こいつ陰キャコミュ障の分際で調子に乗りやがって』なんてみんなに言われないかな?」
「言われません。電動侍女の基礎を作り上げた1人なのですから。これは誇るべき功績ですよ」
「そ、そうかなぁ。えへへ」
「いい加減、話が進まねーから、さっさと元気出してガンガン行こうぜ」
「済みません」
クロエの言葉に再び落ち込む修治。
「「天牛山ッッ!!」」
詳子と美王が同時にクロエに詰め寄る。
「だって、偉い人か何か知んないけど、女子高生がおっさんを持ち上げるっておかしいだろ?」
「世の中には長年に渡って周囲から不当な評価と対応をされ続けた所為でメンタルが深く傷付き、再起不能寸前まで壊れている人もいるのだよ」
「お前は事情を知らないのだから、大人しく天道の言う事を聞け」
2人から怒られて、今度はクロエが落ち込んだ。
「えぇと、とにかく、曳津島博士は小型ロボットについて研究所で一番詳しい人なんですね?」
鉄子が強引に話を戻す。すると、詳子がそれに乗った。
「そうだよ。ちなみに、我が家のメイド達の半数は博士が設計したモーターメイドでね」
「だから、ショコラをお姫様抱っこ出来たんだ!」
眼前に立つ双子のメイドがロボットとは信じられなかった。柔和な表情と優雅な動作は、とても機械仕掛けには見えない。
「もしかして、おでこのコレってモーターメイドの証なんですか?」
章子が桜姫と桃姫の額にある螺子頭を指差す。
よくよく思い出してみれば、プリンセス・テュラムーヌス号のメイド達にも同じ装飾があった。
「人と区別する為に付けたのです」
「言われてみれば、付いてないメイドさんもいましたね」
「確かに。警備室のメイドさん達とか」
ここで持ち直した修治が答えた。
「そのモーターメイド達は、天道君の多大な協力もあって完成したんだ。だから、彼女も凄くて素晴らしい科学者なんだよ」
「ありがとうございます、博士。恐縮です」
「で、人型ロボット担当なのは分かったけど、カブトムシ型もいけるの?」
早くも立ち直ったクロエが訊くと詳子が、
「博士は人型だけでなく、動物型や昆虫型も造られている。昨夜話した救助用ロボットにも関わっているのだよ」
「元々、そちらが専門なので」
そう言うと修治は鉄子に向かって、
「君は手塚森華博士の姪孫ですよね?」
「はい。手塚鉄子と言います」
「顔が似ている。――この度は大変でしたね」
やはり、お悔やみの言葉に聞こえてしまう。
「カブトムシ型ロボットのマスターである君にも協力して戴きます」
「身体検査ですよね」
「そうです。カブトムシ型ロボットに血を吸われのでしょう?」
「断言は出来ませんが、多分……」
「しかも、アゲハチョウ型知的生命体と同じ様な触角と翅が生えた」
「はい。生身じゃなくて光で出来てましたけど」
「恐らく、カブトムシ型ロボットは血を吸うと同時にナノマシンを注入したのかもしれません。そして、常人とは異なる肉体になっているでしょう。それを調べたいのです」
「……分かりました」
事前に聞いてはいたが、やはり動揺は隠せない。しかし、戸惑いながらも受け入れた。
「でも、ポォと離れるんですよね? 納得してくれるかな?」
すると、ポォは「リィィィン、リィィィン」と鳴きながら修治の前で旋回した。
「テッコから離れた! 了解したって事じゃない?」
「ショコラ君の言う通りだと思う。安心して受けて欲しい」
鉄子にそう言った詳子は電馬に向かって、
「では、部長。そろそろ班分けをしませんか?」
「そうだね。みんな、それぞれ希望する所に行こう。
ダーさんの調査を見学したい人は、じーちゃ――いや、疋島博士に。
ポォの調査を見学したい人は、曳津島博士に付いて行って。
それ以外の場所を見学したい人は……天道君?」
「私はちょっと野暮用があるので。蜂須賀も来てくれないか」
「私も!? 何故だ?」
「まぁ、色々あるのさ。きっと喜んでくれると確信している」
それでも訝しげに友を見る美王の横で章子が、
「じゃあ、あたしは先にポォの方に。もしかすると、他の小型ロボットが見られるかも」
「ネタ探しだね」
「あと、イケメンアンドロイドとか。ドゥフフ」
「半分はスケベ心かぁ」
「じゃあ、あーしもショタ子と――」
クロエは詳子に近寄ったが、
「悪いが、君はテッコ君に付いてくれないか」
「えぇ~ッ!」
あからさまに嫌そうな表情を見せた。
「身体検査だろ。テッコのポッキーみたいな裸は昨日見たからもういいよ。全然好みじゃないし」
「そう云う意味で同行して欲しいと言っているのではない」
「ちょっとショックなんですけどぉ」
詳子と鉄子が揃って眉をひそめる。
「彼女はポォと離れるので代わりに護衛を頼みたい、言っておいた筈だが?」
「わぁーってるよ。りょーかい、りょーかい」
「護衛? クロっち先輩が……あっ!」
鉄子は当初意味が分からなかったが、双子のグレースが居合切りを見せたのを思い出した。
「もしかして、先輩も!? でも、手ぶらですよね」
「おっと、お楽しみは後にとっておこうぜ」
クロエは意味深にウインクした。
~ ☆ ~
「それで、何処に向かっているんだ?」
エレベーターの中、タブレットを携えた詳子と2人きりの美王が訊いた。
(天牛山が嫉妬しそうなシチュエーションだな)
最後まで「デートかよ」と不満そうだったクロエの顔を思い出した。
「いい加減、勿体ぶってないで教えて欲しいな」
エレベーターはかなり降下している。地下階で2桁に達するのは生まれて初めてだった。
「百聞は一見に如かず――説明するより見て貰った方が早いと思ってね」
そう応えた時、ようやく停止した。
扉が開くと、数メートル先にユニオン銀行の地下金庫室みたいに重厚な造りの大扉があり、その両側に筋骨隆々な警備員が立っていた。
「……物騒だな。所持の許可は得ているのか?」
2人とも右腰のホルスターにオートマティックの拳銃を収め、いつでも射てる様に手にはサブマシンガンを携行していた。
「この国には、姫科研に許可を与えられる立場にいる者なぞいないよ」
「そうだったな」
美王は半ば呆れた口調で呟く。
詳子は大扉の傍にある装置の前に立つと、床と平行になっているディスプレイに左手を置き、大扉と平行になっているもう1つのディスプレイを覗き込んだ。
「堤中高校2年A組、異端科学部所属、天道詳子」
名乗った瞬間、装置は声紋・網膜・指紋をスキャンした上にUGからのデータを読み取り、
『入室を許可します』
優しい口調の機械音声が発せられた直後、大扉のロックが外れる音が響き、ゆっくり開いた。
中が見え始めた瞬間、美王は眼を見開き、驚愕と興奮による狂気の笑みが浮かんだ。
「これは……まさか」
詳子を追い越し、足早に入る。すると、舞踏会に招待された姫君の様に自身を何度も旋回させて室内を見回した。
「ここはエリア51かッ!? それとも、ライトパターソン基地の18番格納庫かッ!?」
歓喜の声を上げている美王を眺めながら、詳子は落ち着いた歩調で入室する。室内は意外と広大で、高校の体育館を上回っていると思われた。
そこに所狭しと様々な機械が安置されている。4トントラック並みのサイズの物から、室外機サイズの物まで大きさはまちまちだ。中には破損している物も少なくない。
「これって、全部アレだよな?」
美王は興奮しまくった表情と語調で尋ねる。すると詳子は、
「その通り。喜んでくれているみたいだな」
「当たり前だ! 異星人が地球に来た物的証拠ばかりじゃないかッ!!」
最大サイズの物体は、いわゆるUFOだ。それより小さいのは乗り物ではなく、何かの装置と思われた。
「ネバダやオハイオで追い払われた時は悔しかったけど、まさかこうして……」
「これほど喜んでくれるのは、こちらとしても嬉しい」
「私は部外者なのに入って良かったのか?」
「所長が許可した。例のお礼だそうだ」
「代金は一括で貰ったから気にしなくてもいいのに」
「だが、その為だけに君を招いたのではない」
「どう云う意味かな?」
「是非とも君に見解を聞きたくてね。こっちだ」
そう言いながら機械の森を通り抜けていく。
着いた先は、高さが2メートル程のスティールラックが数多く並んでおり、どの棚もファイルで埋め尽くされているか、様々な小型の機械が並んでいた。
「この光景は『Xファイル』で見た事があるッ!!」
美王は浮足立って近付き、詳子は静かな歩調で後を追う。
「言う迄も無く、地球に飛来した異星人達が持ち込んだ装置だよ。
何らかの目的で置いていった物。
墜落したUFOの残骸から回収した物。
ある人物が彼等から直接手渡された物。
ある人物もしくは彼等から押収した物。
――いずれも地球の科学技術では造り得ない代物ばかり」
「もしかして、ファーブル星人と関係がある物がここに?」
「御明察。これを見て欲しい」
いつの間にかフィンガーレスグラブから鑑識係が使っている様な白手袋に履き替えていた詳子が棚から取り上げたのは、B5サイズ程の桜色をした薄い金属板だった。
「下敷きみたいだな」
「表面に息を吹き掛けて」
言われた通りにした瞬間、美王は驚きの声を上げてしまった。
息が掛かった部分に、マリンブルーに煌めく複雑な記号の羅列が浮かび上がったのだ。
「どんな仕組みだ!? もしかして、これは文字なのか?」
「恐らく。だが、文字が浮かび上がる仕組みも文字の意味も未だに解明出来ていない。裏も同じ様にして欲しい」
詳子が裏返したので再び息を吹き掛けた瞬間、美王はまたもや驚愕の声を上げてしまった。
「ファーブル星人ッ!?」
金属板の真ん中には、頭上に光輪が浮かんでいる揚羽蝶が刻み込まれ、彼女を同心円が何重にも包囲している。恐らく、尊い存在である事を表現しようと光背を描いているのだろう。
そして、下の広めの余白には、複数の人に似た存在が横向き描かれており、その蝶を仰ぎ見ている。まるで古代エジプトの壁画みたいだ。更に上の余白にて、
揚羽蝶の真下には、三重八芒星を持つ兜虫。
その右側には、兜虫より大きく描かれた三本足の鷹。
兜虫を挟んで反対側には、鷲の頭を持ち、ライオンの胴体から6本の脚が伸びている獣。
真ん中――兜虫の下には、下の人達と同じ形をした存在が左右のそれらより大きめに描かれていた。
「一番下に描かれている人達は、その星の知的生命体だろうね」
美王は興奮した面持ちで呟く。
「体は人だが、顔はライオンに似ている。でも、ユニコーンみたいな角が生えているな。背中にも翼がある」
「これは日本のある場所に墜落したUFOの残骸から回収された物だよ」
「日本にも墜落していたのかッ!?」
「私達が生まれるずっと前の話だよ。戦時中だから極秘扱いにされた。GHQにも隠し通したそうだ」
「それで、乗っていた 異星人は?」
「肉片と化した上に焼けていたらしい。姿形や人数すら分からない程に。乗り物も大破。その中でも無傷だったのが、この金属板だけだった」
「これを持っていたのはファーブル星人かどうかも分からない、と」
「いや、彼女達とは違うだろう。肉片はどれも哺乳類に近かったらしい」
「では、このライオン頭の知的生命体がそうなのか?」
「そうだろうね。そして、巨大ロボットも」
「どう云う意味だ?」
「姫科研では、下に描かれたライオン人間達――仮称:セクメト星人――は、彼等の姿だと推測していた。そして、上に大きく1人だけ描かれたセクメト星人は王や英雄、政治的指導者、神官等々、様々な推測が出ていた。
だが、今回の件で『実は彼等を模した巨大ロボットではないか』との意見が多数出た」
「これはダーさんと同じ種類のロボットという事か? このカブトムシはポォと全く同じなのに、このロボットはダーさんとまるで違うが?」
「ヴァージョン違いかもしれない。そして、このグリフォンとスレイプイニールを融合させた様な動物は、フォッパーに相当すると考える。
つまり……笑わないで聞いて欲しい」
「天牛山じゃないから笑わないよ」
「私は、端末装置のポォがマスターと認識した者が好む外見や望んだ姿になる、と考えている」
「……まさか、ダーさんとフォッパーが複数の昆虫の特徴を持っているのは、ポォがテッコ君の脳を分析し、嗜好や欲望に基づいて理想の姿を忠実に再現したから、と言いたいのか?」
「そうであれば、アゲハチョウ型のアンリが贈ったロボットが人型である理由に辻褄が合う。昆虫の特徴を備えているのはテッコ君に好みで、やはり地球人類だから人型が最も親近感が湧く」
「物的証拠1つで飛躍していないか?」
「いや、もう1つある」
詳子がタブレットに映し出した画像を見た美王は、
「これは例のバリアじゃないか!」
それは宇宙空間に浮かぶ、メタリックヴァイオレットの斜方立方八面体だった。
「でも、中が透けて見えない。それに金属っぽいな」
「そう、バリアではなく金属の塊で間違いない。高さ・幅・奥行きは等しく20メートル」
「結構大きいな」
「ISS――国際宇宙ステーションから撮影された。その日時は、テッコ君がポォを貰った数十分後。そして、これが――」
次に見せられた画像には、
「ダーさんに変わっている!」
「撮影日時は、その翌朝だ」
「……もしかして、ポォが血を吸う前は斜方立方八面体の状態で、血を吸うと同時にマスターの記憶や感情をも取り込む。その情報をこの金属の塊に送り、受け取るとそれらに従って変形する仕組みか?」
「私はそう推測している。そして、ポォの背中の紋章が吸った血の色から青に変わったのは、ダーさんの変形が完了し、起動可能状態になったサインだと考えられる」
「では、あの様々な光線や超能力は?」
「それらは元々備わっていたのではないかな。超能力――思念で物体を動かす力を電子頭脳が発するのは信じ難いが」
「頭脳は生体部品かも」
「つまり、外部から見えないがあの金属の塊の中に生体部品があった、と――まるで卵だな」
「もしくはサイボーグかも」
「それだと、カブトムシ型ロボットや巨大ロボットに生体部品が内蔵されているのではなく、ファーブル星の生物に機械が内蔵されている、と。
だが、先程ダーさんが全ての装甲を外した時、機械しか見えなかったが」
「そうだった。では、前者――頭脳だけ有機体のロボット、か」
「そうだと話は簡単なのだが……もし、電子頭脳だったなら……」
「コンピューターがサイコキネシスを使うなんて……」
「我々は、またもや常識を覆されるのかもしれない」
しばし沈黙が2人を包み込んだ。
それを先に破ったのは美王だった。
「ところで、向かって左側に描かれた三本足の鷹みたいなのは何だろう?」
「それもまだ解明されていない。だが、ポォとダーさんとフォッパーが出現した事で考えられるのは――」
「――第四の鋼虫かッ!」
~ ☆ ~
(僕はどうしようかな)
詳子の指示に従って部員達が班分けされている時、電馬は手持ち無沙汰だった。
最初は彼が仕切っていたが、いつの間にか詳子に代わっていた。部員達も部長の自分より彼女の指示に従う傾向にある。
(やっぱりこうなった。リーダーシップを発揮するのは、いつも天道君だ)
言動が部長らしくない自身に嫌気が差していた時、不意に背後から名前を呼ばれた。
返事しながら振り向くと、第3のメイドが腹の前で両手を重ねて立っていた。
桜姫・桃姫と同じくクラシカルな衣装で、銀縁の眼鏡を掛けている。彼女達と違い、クールビューティーと呼ぶに相応しい美貌と雰囲気だった。やはり、螺子頭の装飾がある。
「初めまして。わたくしは硝子と申します」
自然な動作で丁寧に頭を下げる。
「わたくしのマスターの命令により、あなたをお迎えに上がりました」
そう言われたが、彼女を助手にしている科学者も技術者も知らないので質問する。
「マスターって誰ですか?」
「山藤豊籠斎と申します」
(斎って! 科学者や技術者らしくない名前だな。誰だろ?)
名前を聞いても分からない。そもそも、そんな人がいるのかも知らなかった。
「僕に何の用ですか?」
「今日、あなたが定期点検に出したアイさんに関する事です。
――そして、先程の失恋の件も」
その途端、電馬の顔が強張った。
「本当に、何の用件ですか?」
珍しく口調が少し険しい。
ところが、硝子は意に介さず静かに答えた。
「あなたが人生の分岐点に立っている事をお伝えしたい、との事です」
☆次回予告
心砕かれた電馬は謎の男に招かれる。
詳子達が秘かに進める《ガラテア計画》とは?
そして明かされる祥太郎の謎。
際限無き欲望と禁断の実験が生み出したのは、
制御不能の半人半神なのか?
第16話「奇能力者第13号、斯く語りき」
牢獄の男が語るのは、希望か、滅亡か。




