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第93話 春泥の指
朝。
越後。
曇天。
冷たい風が残っていた。
橋場では、人が動いている。
湿った木材。
泥の匂い。
濡れた縄。
兵も。
村人も。
同じ泥を踏んでいた。
兼継は、その中に立っていた。
袖に泥。
指先には乾いた墨。
「杭を深く」
短い声。
男たちが頷く。
若い兵が息を切らしていた。
手は震えている。
寒さ。
疲れ。
眠気。
全部ある。
それでも。
兼継は止まらない。
誰より先に泥へ入る。
誰より遅くまで残る。
それを皆、見ていた。
老人がぽつりと言う。
「……あの方、寝ておるのか」
誰も笑わない。
分からないからだ。
兼継は橋を見る。
橋が出来れば。
荷が通る。
荷が通れば。
誰かが生きる。
それだけだった。
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