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第92話 春の囲炉裏
山村。
夜。
囲炉裏に火がある。
それだけで。
少し安心する夜だった。
女が鍋を混ぜる。
子どもが眠そうに目を擦る。
老人が火を見る。
「今年は少し違うな」
誰へともなく言った。
去年は。
静かに死が近かった。
寒さ。
腹。
咳。
皆、近かった。
だが。
今年は少しだけ遠い。
塩が届いた。
薬も届いた。
遅れながら。
それでも届いた。
若者が言う。
「橋も出来るらしい」
老人が小さく笑う。
「そうか」
火が揺れる。
誰かが先を見ている。
それだけで。
人は少し耐えられる。
外では風。
だが。
囲炉裏の周りだけは、少し暖かかった。
春はまだ遠い。
それでも。
少しだけ近づいていた。
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