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愛を捨てし軍神の娘は、魔王に堕つ ―十一歳、上杉兼継 覚醒―  作者: 竜太郎


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53/288

第53話「越後の雨」

雨だった。


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越後。


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空は、重い。


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田畑も。


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道も。


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全部、泥に変わっていく。


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「……進まんな」


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兵が、苦い顔をする。


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当然だった。


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雨の越後は、動きにくい。


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馬も。


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荷車も。


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全部が、止まる。


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兼継は、静かに雨を見ていた。


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「補給は」


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家臣が、すぐに答える。


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「遅れております」


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「北側村落への米輸送も停滞中」


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兼継は、少しだけ考える。


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戦。


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だが。


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今は、雨。


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つまり。


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“動けない”。


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「兵を使え」


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静かな命令。


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「道を作る」


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家臣たちが、一瞬だけ止まる。


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「……戦ではなく?」


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兼継は、地図を見る。


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「道が死ねば、国が死ぬ」


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即答。


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その瞬間。


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老臣が、少しだけ笑った。


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以前の兼継なら。


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まず戦を優先していた。


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だが。


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今は違う。


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国を見る。


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民を見る。


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少しずつ。


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“支配者”になっている。


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その頃。


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甲斐。


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信玄は、泥だらけだった。


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「そこもっと掘れ!!」


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兵たちが、笑う。


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武田信玄。


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自分で川工事をしている。


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「信玄様!」


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若い兵が、困惑した顔で叫ぶ。


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「何故、ご自身で!」


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信玄は、笑った。


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「兵だけ働かせると逃げるだろ」


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即答。


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周囲が、吹き出す。


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これが。


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武田信玄。


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強い。


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怖い。


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だが。


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人間臭い。


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遠く。


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尾張。


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信長は、雨音を聞いていた。


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「止まるな」


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ぽつりと呟く。


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「雨でも運べ」


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鉄。


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火薬。


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兵糧。


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尾張は、止まらない。


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信長の目は。


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もう。


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“戦”ではなく。


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“流れ”を見ている。


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「戦国は、動いた奴が勝つ」


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静かな声。


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その頃。


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越後。


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兼継は、自ら泥道を歩いていた。


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兵たちが、驚く。


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「兼継様!?」


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雨。


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泥。


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冷たい風。


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だが。


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兼継は、止まらない。


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「ここを広げろ」


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道を見る。


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「荷車が沈む」


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即座に判断。


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兵たちが、一斉に動き始める。


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誰も、逆らわない。


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上杉兼継。


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魔王。


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だが。


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最近。


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兵たちは少しだけ感じ始めていた。


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この人は。


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“国を作ろうとしている”。


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雨は、まだ止まない。


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だが。


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戦国も、まだ終わらない。


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(次話へ)


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