第49話「死者の数」
川中島の戦は、終わっていなかった。
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勝者なし。
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敗者なし。
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だが。
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死者だけが、増えていく。
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「……酷い」
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百姓の男が、呟く。
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川沿い。
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流れてくる。
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死体。
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馬。
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折れた槍。
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戦国だった。
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だが。
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今回だけは、違う。
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「武田も」
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「上杉も」
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「どっちも化物だ……」
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村人たちは、震えていた。
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今までは。
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“遠い戦”。
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だった。
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だが。
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川中島は違う。
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死が、流れてくる。
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その頃。
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上杉本陣。
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兼継は、静かに座っていた。
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戦は、続いている。
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だが。
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今は、一時停止。
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「死者数は」
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家臣が、低い声で答える。
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「まだ集計途中ですが……」
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そこで。
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言葉が止まる。
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多い。
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上杉も。
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武田も。
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兼継は、少しだけ目を閉じた。
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「……そうか」
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短い返答。
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以前なら。
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数字として処理していた。
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だが。
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今は違う。
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重い。
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その時。
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外から、子供の泣き声が聞こえる。
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兼継の目が、少し動いた。
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「……誰だ」
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「戦で父を失った農民の子かと」
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沈黙。
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戦国では、普通。
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だが。
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兼継は、立ち上がった。
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外へ出る。
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そこには。
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痩せた母親と。
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小さな子供。
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兵たちが、困った顔をしている。
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兼継は、静かに二人を見る。
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子供は、泣いていた。
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「父上……」
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その言葉。
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兼継の胸が、少しだけ痛む。
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理解できない感情だった。
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「……食事を出せ」
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周囲が、静まる。
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兼継が。
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自分から民へ指示を出した。
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「兼継様?」
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兼継は、静かに答える。
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「戦で死ぬのは兵だけでいい」
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その言葉。
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老臣たちの目が、少しだけ変わった。
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その頃。
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武田本陣。
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信玄は、酒を飲んでいた。
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「負けてねえな」
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笑う。
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家臣たちは、疲れ切っている。
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当然だった。
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死人が、多すぎる。
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「信玄様」
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家臣が、慎重に問う。
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「次は、どうされますか」
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信玄は、少しだけ黙る。
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そして。
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笑った。
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「まず食わせろ」
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即答。
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「兵が腹減ってる」
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家臣たちが、少しだけ笑う。
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これが。
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武田信玄。
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戦を知る男。
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だが。
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同時に。
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“人間”を知る男。
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遠く。
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尾張。
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信長は、川中島の報告を聞いていた。
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「決着なしか」
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酒を回す。
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「いいな」
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ぽつりと呟く。
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「まだ終わらねえ」
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その目。
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少しだけ嬉しそうだった。
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戦国は、まだ広い。
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怪物たちは。
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まだ。
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全国へ届いていない。
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だからこそ。
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面白い。
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(次話へ)




