第36話「再侵攻」
甲斐。
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空気が、熱かった。
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冬は終わった。
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つまり。
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武田が動ける。
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「出るぞ」
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武田信玄が、笑う。
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兵たちが、歓声を上げる。
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「越後だ!!」
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誰も、怯えていない。
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本来なら。
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恐怖する。
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あの戦。
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あの吹雪。
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あの魔王。
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普通なら、二度と戦いたくない。
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だが。
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武田軍は違う。
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「信玄様がいる!!」
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それだけで。
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前へ出られる。
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信玄は、槍を肩に担ぐ。
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肩の傷は、まだ残っている。
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だが。
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笑っていた。
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「……上杉兼継」
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名前を口にする。
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熱が宿る。
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あれほど。
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楽しい戦は、初めてだった。
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「次は、勝つ」
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短い言葉。
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周囲の空気が、変わる。
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本気だ。
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その時。
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家臣が、慎重に問う。
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「織田は」
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信玄は、一瞬だけ黙る。
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そして。
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笑った。
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「面白い男だ」
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即答。
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「だが、今は上杉だ」
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武田信玄の中で。
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今。
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戦国の中心は。
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上杉兼継。
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その頃。
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尾張。
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信長もまた、報を聞いていた。
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「武田、再侵攻」
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信長は、酒を飲みながら笑う。
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「いいねぇ」
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楽しそうだった。
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「また始まるか」
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家臣が、慎重に口を開く。
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「止めますか」
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信長は、即答する。
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「止める?」
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そして。
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笑った。
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「何で?」
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沈黙。
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「怪物同士が戦うんだぞ?」
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「見ねえ理由がねえだろ」
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完全に。
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狂っている。
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だが。
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信長の目は、笑っていなかった。
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見ている。
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武田信玄。
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上杉兼継。
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その戦。
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全部を。
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「……学べる」
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ぽつりと呟く。
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信長は。
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楽しんでいる。
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だが同時に。
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吸収している。
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だから。
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危険。
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越後。
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兼継は、静かに報告を聞いていた。
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「武田軍、進軍開始」
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「速度、前回以上」
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「兵の士気、高」
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兼継は、少しだけ笑った。
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「そうか」
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短い返答。
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嬉しそうだった。
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家臣たちが、少しだけ凍る。
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変わった。
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以前の兼継なら。
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“処理”していた。
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だが。
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今は違う。
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「……迎え撃つ」
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その声。
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少しだけ。
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熱がある。
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武田信玄。
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あの男だけが。
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魔王へ、“戦の熱”を教えている。
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「配置は」
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「完了」
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「火輪銃隊、展開可能」
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「偽情報散布済み」
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全部。
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整っている。
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だが。
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兼継は、静かに地図を見る。
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「……今回は、正面から来る」
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家臣たちが、息を呑む。
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理解している。
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武田信玄は。
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もう。
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“上杉の戦”を学んでいる。
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「なら」
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兼継の目が、細くなる。
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「こちらも変える」
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その瞬間。
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空気が、変わった。
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魔王が。
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進化する。
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遠く。
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甲斐。
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武田信玄が、空を見る。
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越後。
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兼継もまた、空を見ていた。
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そして。
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尾張。
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信長だけが、笑っている。
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「さあ」
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盃を掲げる。
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「戦国を見せてくれ」
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怪物たちの時代。
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それが。
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本格的に始まろうとしていた。
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