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愛を捨てし軍神の娘は、魔王に堕つ ―十一歳、上杉兼継 覚醒―  作者: 竜太郎


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第35話「京へ届く名」

京。


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腐敗。


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権力。


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沈黙。


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だが。


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最近。


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そこへ、新しい名が流れ始めていた。


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「上杉兼継」


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静かな声。


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公家の一人が、眉をひそめる。


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「越後の娘か」


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「武田を退けたとか」


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「火輪銃、でしたか」


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興味半分。


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嘲笑半分。


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まだ。


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京は、本当の恐怖を知らない。


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だが。


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一人だけ。


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黙っている男がいた。


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足利義輝


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室町将軍。


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その目だけが、静かだった。


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「……違うな」


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ぽつりと呟く。


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周囲が、静まる。


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「武田を退けた?」


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首を横に振る。


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「違う」


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「武田信玄と、“並んだ”」


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その瞬間。


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空気が、少しだけ重くなる。


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理解している。


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武田信玄が。


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どれほど異常か。


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その男と。


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並ぶ。


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それは。


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“怪物”。


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「織田も動いております」


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別の公家が、口を開く。


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「尾張のうつけ」


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「最近、妙に名が広がっておりますな」


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だが。


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義輝だけは、笑わなかった。


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「尾張の、うつけ」


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その名を、静かに繰り返す。


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そして。


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目を閉じた。


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嫌な予感。


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戦場を知らぬ京ですら。


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分かる。


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時代が、変わる。


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その頃。


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尾張。


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信長は、京の報を聞いていた。


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「将軍が、私の名を?」


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家臣が、頷く。


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「はい」


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信長は。


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数秒だけ黙る。


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そして。


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笑った。


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「面白え」


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即答。


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「腐ってても、一応目はあるか」


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周囲が、凍る。


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将軍に対する言葉ではない。


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だが。


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信長は、気にしない。


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「……京」


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窓の外を見る。


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「欲しいな」


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ぽつりと呟く。


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天下ではない。


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“京”。


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権威。


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時代。


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象徴。


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全部が、そこにある。


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その頃。


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越後。


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兼継もまた、京の報を聞いていた。


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「将軍家、上杉への関心増加」


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兼継は、静かに地図を見る。


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京。


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遠い。


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だが。


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必ず届く場所。


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「……まだ早い」


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ぽつりと呟く。


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今は。


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武田。


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北条。


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織田。


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まずは、こいつら。


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「だが」


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兼継の目が、細くなる。


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「いつか、行く」


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静かな声。


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その瞬間。


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家臣たちは、理解した。


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上杉兼継は。


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“越後の大名”では終わらない。


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京を。


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天下を。


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戦国そのものを。


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見始めている。


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その時だった。


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新たな報。


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「武田信玄」


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「越後再侵攻準備」


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空気が、変わる。


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兼継が、少しだけ笑う。


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「来るか」


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嬉しそうだった。


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武田信玄。


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戦を楽しむ怪物。


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そして。


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織田信長。


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時代を壊す災害。


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二人がいるから。


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戦国は、面白い。


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魔王は。


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もう。


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完全に。


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この時代へ魅せられ始めていた。


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(次話へ)


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