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愛を捨てし軍神の娘は、魔王に堕つ ―十一歳、上杉兼継 覚醒―  作者: 竜太郎


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第31話「天才」

尾張。


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夜。


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火が、多い。


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鍛冶。


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商人。


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職人。


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戦国の国とは思えないほど。


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人が動いている。


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「上杉は、どうだった」


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織田信長が、笑いながら問う。


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戻ってきた使者は、少しだけ黙る。


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そして。


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珍しく。


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真顔になった。


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「……化物でした」


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信長が、笑う。


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「知ってる」


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即答。


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「だから聞いてる」


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周囲の家臣たちが、黙る。


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使者は、ゆっくり息を吐いた。


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「静かでした」


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「冷たい」


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「人を見ていない」


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そこで、一度言葉が止まる。


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「だが」


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空気が、変わる。


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「武田信玄の話になると、少し変わる」


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信長の目が、細くなる。


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「ほう?」


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「戦を楽しみ始めてます」


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沈黙。


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そして。


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信長が、吹き出した。


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「ははははっ!!」


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笑う。


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本気で。


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「最高じゃねえか」


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家臣たちの背が、冷える。


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嫌な笑い方だった。


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「信長様」


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側近が、慎重に口を開く。


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「危険では」


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信長は、即答した。


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「危険だ」


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だが。


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笑みは消えない。


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「だから面白い」


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完全に。


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狂っている。


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その時。


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信長が、ふと空を見る。


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「……天才だな」


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ぽつりと呟く。


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誰のことか。


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聞く必要はない。


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上杉兼継。


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軍神。


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知略。


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支配。


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全部を持つ。


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だが。


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信長は、笑った。


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「でも、まだ若い」


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その一言で。


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空気が変わる。


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「完成してるようで、完成してない」


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使者が、顔を上げる。


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「……どういう意味です」


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信長は、火縄銃を弄びながら答える。


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「アイツ」


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「“人間”を知らない」


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沈黙。


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「戦は知ってる」


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「支配も知ってる」


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「恐怖も理解してる」


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「でも」


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信長の目が、狂気じみた光を帯びる。


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「人間の“欲”を、まだ舐めてる」


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その言葉。


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誰も、理解できない。


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だが。


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信長だけは、確信していた。


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上杉兼継は。


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完成していない。


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「だから、面白い」


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越後。


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兼継は、一人だった。


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静かな部屋。


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雪。


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灯り。


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そして。


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机の上には、地図。


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尾張。


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甲斐。


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京。


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戦国全土。


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「……欲」


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ぽつりと呟く。


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信長の使者が残した言葉。


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“退屈じゃない時代”。


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理解できない。


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何故。


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そこに価値を感じる。


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「……戦は、勝つためのものだ」


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当然。


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合理。


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処理。


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だが。


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信長は違う。


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“楽しむ”。


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そこが、異常。


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その時。


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外から、笑い声が聞こえた。


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兵たち。


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酒。


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笑顔。


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兼継は、少しだけ目を向ける。


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理解できない。


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明日死ぬかもしれない。


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なのに。


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何故、笑う。


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「……人間」


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初めて。


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兼継が。


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“戦”以外へ興味を向ける。


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その瞬間。


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雪が、静かに落ちた。


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遠く。


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尾張。


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信長もまた、空を見ていた。


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「会いてえなぁ」


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笑う。


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「上杉兼継」


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その目は。


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完全に、“同類”を見る目だった。


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戦国。


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二人の天才が。


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互いを意識し始めた。


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それが。


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時代の崩壊の始まりだった。


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(次話へ)


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