第30話「魔王会談」
越後。
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雪は、静かに降り続けていた。
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その中を。
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一団が進む。
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尾張の使者。
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織田の旗。
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だが。
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人数は少ない。
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護衛も最低限。
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普通なら、あり得ない。
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ここは。
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上杉の本拠。
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しかも。
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相手は、“魔王”。
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「……舐めておりますな」
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上杉家臣が、低く呟く。
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当然だった。
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警戒しない?
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恐れない?
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だが。
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兼継は、静かだった。
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「違う」
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短い否定。
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「理解している」
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沈黙。
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「ここで殺されないと、分かっている」
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空気が、変わる。
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そう。
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織田信長は、読んでいる。
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上杉兼継は。
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“利益のない殺し”をしない。
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だから。
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恐れず来る。
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「……気に入らんな」
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家臣が、苦い顔をする。
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兼継は、少しだけ笑った。
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「同感だ」
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その頃。
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尾張の使者は、本陣へ通されていた。
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静か。
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広い。
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だが。
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異様に冷たい。
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「……なるほど」
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使者が、小さく呟く。
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「信長様の言う通りだ」
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「ここは、“戦場”だ」
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城ですらない。
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空気そのものが。
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戦。
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奥。
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静かに、一人座っている。
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上杉兼継。
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まだ十一歳。
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だが。
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部屋の支配権が、完全にそこへ集まっていた。
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使者は、笑った。
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「初めまして、上杉兼継」
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兼継は、何も答えない。
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沈黙。
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普通の者なら。
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それだけで、崩れる。
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だが。
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使者は、笑みを消さない。
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「織田信長より、言葉を預かっている」
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初めて。
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兼継の目が、少し動く。
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「言え」
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使者が、笑う。
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「“会いたい”」
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部屋の空気が、止まった。
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家臣たちの殺気が、一気に膨れ上がる。
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「無礼者が!!」
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怒号。
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だが。
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兼継は、手を上げた。
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一瞬で、静まる。
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使者は、それを見て笑った。
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「やはり面白い」
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兼継は、静かに問う。
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「理由は」
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「強いからだ」
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即答。
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「信長様は、“強い奴”が好きだ」
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「戦でも」
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「知でも」
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「時代でも」
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そして。
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使者の目が、細くなる。
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「お前は、全部持ってる」
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沈黙。
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兼継は、黙って聞いている。
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だが。
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内側。
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ほんの僅かに。
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熱が動く。
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「……信長は、何を望む」
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使者は、笑った。
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「天下」
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即答。
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「だが、それだけじゃない」
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部屋の空気が、変わる。
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「“退屈じゃない時代”だ」
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その瞬間。
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兼継の目が、初めて僅かに揺れた。
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理解した。
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織田信長は。
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戦国を終わらせたいのではない。
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“面白くしたい”。
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狂っている。
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武田信玄とも。
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自分とも違う。
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「……災害だな」
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兼継が、ぽつりと呟く。
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使者は、笑った。
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「信長様も、お前をそう言ってた」
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沈黙。
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雪だけが、静かに降っている。
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そして。
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使者は、最後の言葉を口にした。
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「“武田信玄を殺すな”」
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空気が、凍る。
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家臣たちが、一斉に殺気立つ。
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だが。
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兼継だけは、静かだった。
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「理由は」
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使者が、笑う。
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「面白いからだ」
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完全に。
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狂っている。
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だが。
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兼継は、理解してしまった。
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織田信長は。
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“戦国を遊んでいる”。
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だから。
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最も危険。
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「……分かった」
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兼継が、静かに立ち上がる。
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「伝えろ」
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使者が、笑う。
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「何をだ」
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兼継の目が、細くなる。
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「私も、会ってみたい」
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その瞬間。
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使者の笑みが、深くなる。
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戦国。
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二人の魔王が。
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ついに。
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互いを認めた。
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それが。
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どれほど危険なことか。
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まだ、誰も理解していなかった。
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